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三十二章 心に負う傷‐Ashley‐(7)

 無論アシュレイも。


「そういう訳だから、エマ様の事情もだいたいは知ってたし、合間を見てはいろいろと調べてみたりもしたわ。……結局、殆ど力になる事はできなかったんだけどね」
 これで話したい事は全てらしく、アシュレイは締め括るように纏めた。申し訳無さそうな、けれどそれで良かったのかもしれないというような顔をしていた。
 彼女のそんな表情を見たアクセルは、何となくその思考を察せた気がした。そうなれば、嬉しいような複雑なような気持ちになる。同時に、自惚れても良いのだろうかとも思い始めてきた。
 エマ贔屓はここまでだと言うかのように、そこでアシュレイは申し訳無さそうな色だけを残し、その対象を今度は一行とする。
「本当は最後まで冷静に話そうと思ってたんだけど、結局途中で取り乱しちゃったわね。見苦しいところを見せちゃって、ごめんなさい」
「ううん、そんな事無いよ。話してくれて、ありがとう」
 首を振り、ターヤは正直なまでに礼を述べた。
 他の面々もまた同様の行動を取っており、アシュレイは安堵したような様子になる。
 そんな彼らを何かを思案するような様子でアクセルは見ていたが、やがて決心したような顔でゆっくりと口を開いた。
「あのよぉ、俺も少し話がしてぇんだけど……良いか?」
 この言葉で皆の視線が今度はアクセルへと集中するが、否定する者は誰一人として居なかった。
 その事に安堵しながらアクセルは話し始める。
「俺さ、前に、エマと旅してるのは最初は利害の一致だった、って言っただろ?」
 彼の言う通り、以前アウスグウェルター採掘所で聞いた事があったのでターヤは頷く。
 逆に他の面々は初耳であったが、今知れたので問題は無いと思い口を挟む事はしない。
 アクセルは皆の様子には構わず、回顧するかのように語り出す。
「五年前だったかな、エマ……クラウディアと会ったのは。その頃の俺はさ、エマ……エマニュエルを殺したショックでその時の記憶が抜けてて、エマニュエルのことは名前も何も殆ど覚えてなかったんだ。ただ、学院であいつと出会った事だけは何となく覚えてた」
 それは皆も知っている。クレプスクルム魔導術学院にて、彼の師匠たるキュカとの問答で皆の耳に入るところとなっていたからだ。
「だから、あの日の俺は自分が何をしたのかも解ってなかったけど、自分が何か大変な事をやらかしたって事だけは理解してたんだ。だから、師匠に頼んで自主退学にさせてもらったんだよ。その後はふらふらと各地を回りながら、適当にクエストをこなして今日明日のカーランを稼ぐ、っていう感じの生活を五年くらいしてな……そんな時、あいつと出会ったんだ」
 懐かしげなアクセルの表情が益々加速し、同時に悲しげに歪みもした。
 あいつ、と言うのがクラウディアのことを指しているのは誰もが理解していた。
「あいつさ、俺を見て目を限界まで見開いてやがったんだ。その時の俺は何でそんな顔をするのかが解らなかったけど、今思えば、あいつは弟の仇を見つけて驚愕してたんだな」
「でも、それが何で一緒に旅する事に繋がったの?」
 ここまで聞いたところで、エマが即座に衝動に任せて襲いかからなかった事に感心し、それが犯人という確証が無かったからではないかとも思いつつ、ターヤはずっと感じていた疑問を提示してみた。
 他の面々もまた同じように感じていたらしく、頷く者もある。
 一方、そこに触れられたアクセルは過去に思いを馳せる表情を強めていく。
「ああ、それな……まず、あいつに真っ先に名前を訊かれたんだ。だから事態がよく解らなかったけど答えたら、益々驚かれてな。多分、あいつはエマニュエルから『バンヴェニスト』って聞いてたんだろうな。学院に居た頃の俺は今みたいに苗字を変えるなんて発想にもなれなくて、ずっとバンヴェニストを名乗ってたからな。だからかな、あいつが俺についてきたいなんて言いだしたんだ」
「なるほど、おまえが弟の仇がどうか見極めようとしていたんだろうな」
 レオンスの解釈は皆の総意であり、アクセルもまた首肯してみせる。

「今思えば、あいつは多分そのつもりだったんだろうな。俺も一人はちょっと寂しくなってたし、自分の料理の腕があんまり良くないのも……一応、薄々は気付いてたからな、その申し出を断る理由も無かったんだ」
 誤魔化そうとするかのように目を逸らしたアクセルを見て、一応自覚はあったのかと皆は別の意味で驚かされた。
 これ以上その話題には触れてほしくなかったアクセルは、強引に話を纏める。
「ともかく、そういう訳で俺とエマは五年前から一緒に旅をするようになったんだよ」
「だから、利害の一致って言ったのね」
 ようやく理解したようにアシュレイが呟く。
 ターヤもまたその言葉の内容と意味するところを理解し、二人の関係が言葉通り最初は『利害の一致』だったという事も知った。そしてそれにより、先程の自身の予測が正解であったとも知る。
(やっぱり、エマはアクセルが弟の仇なのかどうか判らなかったんだ)
「ああ。最初あいつは俺を警戒してるみてぇだったけど、だんたんと気を許してくれるようになってよ、俺はこいつとなら相棒になれるんじゃねぇかって思ってた。それに、今こうやって明るくなれてんのも、元はと言えばあいつのおかげだしな。だから、あいつが俺についてきたいだなんて言いだした理由は訊けなかった。訊いたら、そこで何かが終わると思ったんだ」
 アシュレイの言葉に頷きながら、アクセルは嬉しそうで、けれど悲しそうな複雑な色を面に浮かべた。
 それを見たアシュレイは、今にも溜め息を零しそうな顔になる。
「そう言えば、あたしがエマ様と再会した時は既にあんたが一緒に居て、エマ様の顔から復讐の色はほぼ薄れてたわね。三年くらい前だったかしら?」
 どことなくフォローするかのような言葉を紡ぐ彼女を、驚いたような顔でアクセルが見る。
 当の本人は何のそのという顔でそれは無視して続けたが。
「それに五年前って事は、あたしがエマ様に助けてもらってから、そう間が開いてなかった時なんでしょうね、あんたとエマ様が出会ったのは」
「ああ、多分そうなんだろうな。……俺の話はここまでだ。ありがとな、聴いてくれて」
 先程のアシュレイと同じく、話したいことを全て出し終えるとアクセルは一行へと向かって頭を下げた。
 皆もまた先刻同様の態度をとる。相手に自らの内側を曝け出してもらえるという事は、信頼されているのだと理解できて嬉しいからだ。
「それで、これからの事だけど――」
 一段落ついたと見たアシュレイは話題を変えようと口を開くも、近付いてくる気配を掴んだ為、すばやく立ち上がってレイピアへと手をかけながらその方向を睨み付けた。
 彼女から一瞬遅れて、レオンスとスラヴィ、オーラもまた立ち上がったり構えたりしながら、その方向を見る。
 更に遅れてターヤとマンス、そしてアクセルもそちらを振り向いた。
「「!」」
 一行の前方――首都方面からこちらに向かってきていたのは、青を基調とした服を身に纏った男性と女性の二人組だった。
「また〔騎士団〕……」
「セレス……と誰だ?」
「アンティガ……!」
 ターヤは複雑な心境となって呟き、アクセルも似たような心情になりながらも片方の正体が判らず、アシュレイは驚きを交えた警戒の声を絞り出す。
 そうなれば、皆の警戒心もまた一気に跳ね上がった。
「なるほどね、彼が《副団長》なんだ」
「今まで殆ど表舞台には出てこなかったら、顔を見るのは初めてだな」
 スラヴィとレオンスの呟きにより、ターヤもまたセレスの隣に居る男性の正体を知る。
 パウル・アンティガ。〔月夜騎士団〕の《副団長》であり、現在ギルド内を二分している派閥の片方ことアンティガ派の頂点でもある。《団長》とは異なり表舞台に出る事は殆ど無いので顔を知っている者は少ないが、《策略家》という異名を持つ知略に長けた人物であるという話だけは周知だ。
 そのような人物がいったい何用かと、皆は各々の武器に手を伸ばして構えていた。

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