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三十二章 心に負う傷‐Ashley‐(4)

「別におまえが落ち込むのは勝手だけど、そのせいで俺達に迷惑がかかるのだけはごめんだからな。それに、身近な相手に憎悪を向けられたのが自分だけだとでも思っているのかい?」
 この言葉で、ようやくアクセルが動きを見せた。弾かれるような動作をするまでには回復できていないようだったが、ゆっくりとレオンスの方に顔を向けてくる。
 今はこれくらいできれば上出来かと思いながら、彼は先を行く。
「〈デウス・エクス・マキナの悲劇〉を引き起こして召喚士一族の評判を貶める事になった俺が、まさか召喚士一族からは誰からも恨まれずに済んだとでも思っているのかい?」
 アクセルは、無言。だが、その表情は心配するかのように揺れていた。
 まずは自分の心配をしろと内心では苦笑したレオンスである。
「当然、一族の者からも恨まれたよ。これ以上召喚士一族の名を貶めない為の追放処置とは言え、本当は俺を殺してやりたいと思っていた奴も少なくはないと思うな。あの時の俺はかなりのショックを受けていたからちゃんとは覚えていないけど、人殺し、恥晒し、なんて罵倒されたような気がするよ」
 何でもないかのように、寧ろ懐かしいと言わんばかりの様子で語るレオンスに、信じられないものでも見るかのような目をアクセルは向けた。
「この前、俺の追放を解除した事についても、納得できない奴はまだ居ると思うな。二度と俺の顔なんて見たくない奴も居る筈だ。けど、俺はそれでも良いと思うんだ」
「何で……」
 ようやく、アクセルの口から飛び出した声がそれだった。
 少しずつ彼が衝撃からは抜けて出せている事にほくそ笑みつつ、レオンスは素直なままに答えてやる。
「それが、俺の犯した罪の代償だからだ」
「……!」
 ここにきて初めてその事に気付いたかのように、アクセルが両目を見開く。
 後は本人に全て任せる事にして、ちょうどこちらに戻ってくる気配を掴んでいたレオンスは、それをだしにする事にした。首をそちらへと回し、わざとらしく今気付いたと言わんばかりの声を出す。
「お、ターヤ達も戻ってきたみたいだな」
 そのまま彼が流れるような自然さで彼女達を出迎えにいけば、後にはアクセルだけが残された。彼は先程なった表情のまま、再び視線を下方に向けていた。
 そして、戻ってきたところを図ったかのようなタイミングでレオンスに出迎えられたターヤとスラヴィは、何かあったのではないかと何となく察していた。
「エスコフィエ、何かあったの?」
「まあ、少し、な」
 直球に質問したスラヴィには濁したような返答があった為、ふぅん、と彼は同じく誤魔化すかのように返す。
 上半身を横に傾けてレオンスを避けるように顔を覗かせたターヤは、座り込んだままのアクセルを目にする。彼に何らかの変化があったのか否かは、この距離では判別できそうになかった。
「アシュレイは……いや、戻ってきたみたいだな」
 二人しか居ないところから彼女もまだ立ち直れていないのかと踏みかけて、そこでレオンスはこちらに向かってくる姿を視界に捉えた。
 え、と弾かれるように振り向いたターヤの目にも、確かにアシュレイの姿が映る。
 三人の近くまで来ると、アシュレイは普段と何ら変わらぬ様子で声をかけてきた。
「話があるんだけど、ちょっと良いかしら?」
 唐突な頼みに驚くターヤ達の返答を得る前に、彼女はオーラとマンスの許まで行く。そうして同じように問うて、同じように返事を聞かぬまま、最後はアクセルの正面に立った。
「あたしとエマ様のことで、聴いてほしい話があるの」
 今までとは異なる発言に、アクセルどころか皆までもが彼女を見る。
 アシュレイは、真っすぐにアクセルだけを見下ろしていた。
 その視線から逃れようとするかのように、アクセルは再び視線を落とす。

「聴いてほしい話があるの」
 それでも構わず念を押して強調するように、アシュレイは後半部分を再度反復した。
 意地でも梃子でも動かない姿勢のアシュレイに押し負けるようにして、ついついアクセルは首を縦に振ってしまう。
 そうすればアシュレイはそれを待っていたかのように皆を手招きし、自身はその場に腰を下ろした。全員が円を組むように集ったのを確認した後、彼女はようやく本題に入った。
「これでも、あんた達の事は信用してるから。だから、あたしとエマ様の関係について、もう隠し事は無しにして、洗いざらい話させてもらうわ」


(クラウ……)
 本部敷地内の隅の方、その一角に厳かに立つ樹木を見上げながら、ブレーズは現在はどこに居るのかも解らない少女のことを思い浮かべていた。
(御前は今、どこに居るんだ……?)
 彼女が私情から〔騎士団〕を辞めた事は《団長》から聞いており、ブレーズ自身も彼女の事情は理解していたが、それでもこうして時おり会いたくなる時があったのだ。
(だが、やはりまだ、なすべき事すら終える事のできていない俺様に、御前と会う資格など無い)
 しかし同時に、ブレーズは日々募る苛立ちを持て余してもいた。家族であり相棒でもあるクラウディアはここのところ《団長》の命を受けて極秘任務に従事するので忙しく、敵討ちどころか仕事にも行けないからだ。先日もこの本部に侵入者があったというが、その際もクラウディアの傍についていたので何もできなかった。
(あのドラゴンスレイヤーを、この手で倒さなければならないというのに……!)
 想いを振り払って悔しさに歯を噛み締めながらも、以前よりもその感情が萎んでいる事にブレーズは気付いていた。だが、それは気の迷いなのだと今まで通り自身に言い聞かせ、何とかモチベーションを保とうとする。
 と、そこで正門の方角が何やら騒がしい事に彼は気付いた。
「何だ?」
 もしや敵襲か、まさか《副団長》が不在である事を知ってか、などと思考を巡らせながら即座に踵を返して正門の方へと向かうが、目的地へと近付くにつれて、戦闘らしき音も伝令らしき声もしない事に気付く。
(敵襲ではないようだな)
 では何かと考えながら歩調を徐々に落とし、正門まで辿り着いた時、ブレーズは驚愕に目を見開いた。
 そこに居たのは、一人の女性だった。青を基調とした、けれど〔月夜騎士団〕の制服とはデザインの大きく異なる服を身に纏った、二十歳前後くらいの人物である。その青い髪は後頭部で一つに纏められており、彼女が歩く度に左右に揺れていた。
 その姿を目にした瞬間、ブレーズは呼吸も忘れてしまう。
 そんな彼には気付く事無く、女性は真っすぐに入口へと向かっていく。
 見知らぬ闖入者に騎士達は動揺と警戒を隠せないが、その後ろにフローランとエディットがついてきている為、敵でないという事だけは理解できている状況だった。とは言え何者かも判らない為、何となく彼女の行く先を開ける事くらいしかできない。
「よく戻ってきたな、我が忠実なる《番人》よ」
 だが、そこに朗々たる声が響き渡った。
 弾かれるようにしてブレーズや騎士達が見た先に居たのは、ちょうど本部の正面入り口から出てきたと思しきクレッソンの姿だった。彼は女性へと笑みを向けている。
 そしてこの一言により、騎士達の間に衝撃が走ったのは言うまでもなかった。
 番人。それは六年前程まではクレッソンの快刀且つ最強の盾として〔月夜騎士団〕内にも名を馳せていた、一人の騎士を指す。その詳細を知る者は殆ど居らず、名前しか知らないという者が殆どだった程だ。しかし、六年程前にギルドを辞めたと実しやかに囁かれてもいた人物でもある。
 そのような存在が再びギルドに戻ってきたとあって、騎士達は事の成り行きを片時も目を離さないくらい真剣に見守っていた。特に、アンティガ派ともなれば。

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