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三十二章 心に負う傷‐Ashley‐(13)

「〈光槍〉」
 ただし、オーラだけは容赦なくアンティガへと魔術を差し向けたが、それは間に放り投げられたセレスの何個もの爆弾によって阻まれる事となった。
 その隙に、アンティガは踵を返して速足気味にその場を離脱する。本来の目的は全く達せなかったが、相手方の心を一人分でも折れた事に気分を良くしながら。
 騎士達もまた、意識のある者が意識の無い者をなるべく抱えたり支えたりするようにし、慌てて彼の後へとついていくように撤退する。
 セレスは警戒しつつも、どことなく名残惜しそうに一行を見ていたが、すぐに首をふいと背けて同じように彼の後につき従い去っていった。
 後を追おうとしたオーラだったが、やはり彼女もまたアクセルの事が気にかかっていた為、つい足踏みしてしまう。皆が居るから大丈夫だという気持ちと、心配なのでこの場に残った方が良いのではという気持ちが、ぶつかり合い鬩ぎ合っていたのだ。
 その間にも〔騎士団〕の姿は遠くまで行ってしまっていた。
 そうして後に残されたのは、困惑する一行と気を失ったソニアだけだった。


「それにしても、〔ウロボロス〕のアジトは全然見つからないわね」
 その頃、カンビオの酒場にてファニーは唸っていた。
 最近になって他ならぬレオンスの頼みで〔ウロボロス連合〕のアジト捜索にも人員を割いていたのだが、やはり長年〔軍〕の目を上手く誤魔化していた相手だけあって、全く相手の尻尾が掴めないのである。今まで築き上げてきた〔屋形船〕独自の人脈と情報網とを駆使しても、だ。
 レオンスが不在の際には皆の纏め役を買ってでており、立場的には副ギルドリーダーと言っても過言ではないファニーは、今こうして皆から報告を受けていたのだが、やはり有益な情報は何一つとして無かった。
 彼女の言葉には、周囲に居た男達も神妙な顔となって同意する。
「だよな。……くっそ、あいつら、いったいどんな方法使って隠れてやがんだよ」
「やっぱ何かの魔道具なんじゃねぇのか? ほら、ア……何とかって鉱物を使ってどうのこーの、っていう奴があったろ?」
「けど、あれは〈反魔術〉が使えるって話だったろ?」
「それがな、どうにも聞いた話じゃあ、とうとう〈結界〉を使えるっつーのも出てきたみてぇなんだよなぁ、これが」
「まじかよ! そりゃすっげぇなぁ」
「確かにそりゃ良いねぇ。それを使えりゃあ、カンビオの治安も今以上に良くなりそうだしよぉ」
「けどよぉ、そういう魔道具ってのはお高いんだろ?」
「「あー……」」
 どんどん話が違う方向に脱線していっているのだが、これもまた普段通りの事なのでファニーはいちいち口を挟もうとは思わなかった。その代わり、収束するまでは自身もまた別の事に意識を向ける。
「あれから〔軍〕の動向も入ってこないし……本当、いろいろと思うようには上手くいかないものね」
 ふぅ、とファニーは息を吐き出した。それから、メイジェルの許に向かったウィラードは大丈夫だろうか、とふと思う。こちらは上手くいってくれれば良いが、と祈るように思った時だった。
「――ファニー!」
 突如として、男の一人が酒場に駈け込んできたのである。
 その声と様子から瞬時に緊急事態だと判断し、ファニーは即座にそちらを見た。
「どうかしたの?」
「今入ってきたんだが、どうやら〔軍〕が〔PSG〕を襲撃したらしいんだ!」
「「!」」
 途端に酒場内に衝撃が走ったかと思えば、話し声がさまざまな所から出るようになり、その場は再び緊張に包まれる。

「それと、お客さんが来てもいるんだが……」
 このような空気の中で言うのは憚られたのか、男は遠慮がちに後方を窺う。
 その声に促されるかのように、そこからフード付きの外套を被った一人の人物が姿を現し、そのまま酒場の中に足を踏み入れてきた。
 すると声はさっと潜められ、皆の視線がその人物へと集う。
「あんた、誰よ?」
 少々警戒しながら代表してファニーが問えば、その人物は返答とするかのように頭から目元までを覆い隠すように被っていたフードを脱ぐ。そうして現れたのは、無気力そうな目をした男性の顔だった。
 ファニーは彼の顔に見覚えは無かったが、その露わにされた首元に刻まれているタトゥーについては知っていた。円を描くように一回りし、自身の尾を噛んでいる蛇。それに気付いてしまえば、相手の正体を知る事は実に容易である。
「あんた……」
 驚愕から思わず声が上ずってしまう。
 男達もまた一気に警戒の度合いを引き上げたが、男性は構わずどこか意を決した様子で口を開いた。
「あんた達に、大事な話があって来たっす」
 そこにあったのは、紛れも無く〔ウロボロス連合〕の《精霊使い》グィード・ガッツァニーガの顔であった。

  2014.02.28
  2018.03.16加筆修正

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