The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三十二章 心に負う傷‐Ashley‐(11)
(……いや)
だが、すぐにそこで何かがおかしいと感じ、アンティガは慌てて思考を戻した。
(幾ら《神器》に〈星水晶〉が効果を持つとは言え、これ程までに上手くいくものか? 間接的にでも効果があるのならば、そもそも《神器》はリンクシャンヌ山脈にすら入れないは――まさか――!)
「そのまさかです、と言って差し上げた方が良いのでしょうね」
まるで思考を読んだかのようなタイミングで向けられた嘲笑の声に、弾かれるようにしてアンティガはそちらを見る。
苦痛を堪え忍んでいるようであった《神器》は、様を見ろと言わんばかりに嗤っていた。
そんな彼女を支えながら、《神子》もまた首を回してそちらを見ていた。真剣且つ、どこかやり遂げたかのような安堵を滲ませた顔だった。
まさか、と瞬時に悪い予想を思い浮かべた時には遅かった。
相手方を閉じ込めていた〈結界〉が、突如として消失したのだ。まるで硝子が内側から砕かれるかのように粉々に。
「これは……術式に干渉したのか!?」
「ええ、ターヤさんに御助力いただき、術式を書き換えさせていただきました」
驚愕の推測に返されたのは驚愕の事実で、思わずアンティガは言葉を失う。
すっかりと余裕の顔を引っぺがされた彼に見せつけるかのように、ターヤから離れながらオーラは立ち上がる。そしてアシュレイの傍まで歩いていった。
これにより騎士達は立ち止まらざるを得なくなり、相手方を警戒して今度は逆にじりじりと後退していく。
オーラが取った行動とは、ターヤに寄りかかり表情を作る事で不調になっているかのように見せかけ、その隙に彼女を導いて〈結界〉の術式に干渉し、書き換えさせて術式自体を崩す事だった。具体的に言えば、〈結界〉の術式から遡ってソニアが持っている魔道具のコア自体に刻まれた術式に干渉し、適当に書き換えさせて使い物にならなくしたのである。
ただし、魔道具のコアは〈星水晶〉である為、そこに間接的とは言え触れる事となったオーラは、実際のところ僅かながらだが体調を悪化させてもいたのだが。
術式に干渉する行為は実に高度且つ危険を伴うので誰もが心配していたのだが、流石に《世界樹》の恩恵を受ける《神子》ならば、《神器》の手助けがあれば不可能という訳ではないようだった。
無論、アンティガはここまでは予想できていなかった為、いたくプライドを傷付けられる事となっていた。その顔が憤怒と憎悪とに歪められていく。
「この小娘共が……!」
「あら、ようやく本性を現されたのですね。そのように、自分の思う通りに事が進まないと聞き分けの悪い子どもの如く癇癪を起こす姿こそ、貴方にはよく御似合いかと思われます」
対して、オーラは更に煽ろうとするかのように挑発する。彼女は愉快だとでも言いたげに嗤っていた。
「オーラ、凄く怒ってるね……」
「まあ、彼女はなかなかに負けず嫌いだからな」
立ち上がり振り向いていたターヤは唖然としながら、レオンスは困ったように苦笑しながら眼前の光景を眺める。
他の面々も、未だ動けずにいるアシュレイもそれは同じだった。
「あ、そうだ、おねーちゃんを助けないと!」
そこで我に返ったマンスが声を潜めて叫び、アクセルもまた頷く。
「だな、ソニアもこのままにはしておけねぇよ」
「それなら、トリフォノフがヴェルニーを助けてあげれば? スタントンは機嫌を悪くしそうだけど」
「なら提案すんなよ!」
しれっとした様子でとんでもない事を提案してきたスラヴィには、ツッコミを入れざるをえないアクセルであった。ただし声を潜める事は忘れない。
しかし、オーラの挑発にまんまと乗ってしまったアンティガは、外野の様子になど全く気を割けてはいないようだったのだが。
そして勿論、元より五感が鋭く、また獣化している為に更に良くなっているアシュレイにはしっかりと聞こえていたが、意地を張っている場合ではないので聞かなかった事にした。今は冷静さを失っている相手につけ込む隙を見出す事が大切だとし、自身の事は後方に丸投げする事にする。
幸か不幸か、セレスは構えたまま動こうとはしていなかった。
騎士達は主の命を待つらしく、武器を手に構えたまま同じく動く様子は無い。
その間に後方は手早く話し合った後、呪術の解除とソニアの救出をターヤに一任する事にした。強引ではあるが、《世界樹の神子》の固有魔術で一旦憎悪を無かった事にしようというのである。
アクセルは名乗り出たかったが、自分には無理だろうという点と、アシュレイのことを考えて渋々黙っていた。
(どうか、気付かれませんように)
緊張と共に祈りながら、ターヤは詠唱を開始する。オーラがアンティガの気を引いてくれている間に、何としてでも成したかった。文言を間違えないように気を張りながらも、なるべく声を潜めてすばやく紡いでいく。
そうして後少し、となったところで、アンティガがこちらに気付いた。
「「!」」
「アスロウム!」
気付かれたと知った一行が即座に彼女を護ろうとすると同時、アンティガもまた即座に状況を判断してセレスに指示を飛ばしていた。
「了解しました」
瞬時に答えながらセレスは飛び出し、ターヤへと一直線に向かっていく。その顔はどこまでも淡々としていた。
その事に気付くも、すぐに意識の外へと追いやってターヤは魔術の構築の方に集中する。個人的な理由から、ここで止める訳にはいかなかった。
彼女を止めるべくオーラは魔術を構築し、他の面々は武器を構えて接近に備える。
「〈蔦〉」
地面から生じた蔦がセレスの足を絡め取ろうとするが、彼女はアシュレイに匹敵するのではないかという反射能力で避けてみせた。
これは予想外だったらしく、オーラが舌を巻く。それでもすぐに次の魔術構築へと移っていた。
だが、その前に状況を把握した騎士達がオーラへと殺到した為、彼女はまずそちらを先に片付ける事にする。大した相手ではなかったが、全員を無力化させるには瞬時にとはいかなさそうだった。
一方、ターヤの周囲に居る面々は最悪彼女の盾になろうとその周囲を固めるが、セレスは構う様子も見せずに突進してきた。迷いも何の策も無い突撃であった。
相手の行動に面食らった一行だったが、敵方の様子など見えていないかのように距離が詰まってくるとセレスは片腕を大きく振り上げる。
ちょうど真正面に居たアクセルは咄嗟に大剣を盾にするべく構え、その刃で思いきり振り下ろされた拳を受け止めた。鈍く、けれど響く音が鳴り、軽い衝撃波のようなものが発生する。それは、セレスの拳が重いという証明でもあった。
「っ……!」
予想以上の強さと重さだったのでアクセルは押されかけるも、何とか踏ん張ってその場で踏み止まる。
すぐさま他の面々はその間に横合いからセレスを襲撃しようとして、その前にいつの間にか頭上を覆うようにして広範囲にばらかまれていた爆弾に気付けた。その数、何十個。
「しまっ――」
「〈けっ――」
反射的にアクセル以外は武器をそちらに向け、スラヴィは〈結界〉を構築しようとするが、対処するには一瞬ばかり遅すぎた。
「〈無〉!」
その直後、ターヤの魔術が完成した。
そうなればソニアがまるで憑き物が落ちたかのように気を失い、その場に倒れ込む。
そして解き放たれたアシュレイは、自身にできる全ての反射能力と速度とを駆使し、爆弾と一行との間に飛び込んだ。