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三十一章 仮初の現在‐and Emanuele‐(4)

 魔術の使用者であったオーラは眉根を寄せ、ターヤは愕然とする。
(エルシリアが『特別』なら……何で、こんな、自分の手足みたいに扱うの?)
 ターヤには訳が解らなかった。サンクトゥス大聖堂で垣間見たクライドの本心はそうであった筈なのに、現に彼は彼女を手駒のように扱っている。ターヤには訳が解らなかったし、解りたくもなかった。
 影の腕が消えるとゆっくりとエルシリアは立ち上がり、一行を振り向いてから大鎌を振り上げようとする。
「エルシリア!」
 反射的にターヤは彼女の名を呼んでいた。
 それに反応したかのように、ぴたりとエルシリアの動きが止まる。大鎌は顔の下で止まっていた。顔は相も変わらず無表情のままだ。
「その首の魔道具で、操られてるんだよね?」
 必死になってターヤが言葉を紡げば、無言のままながら彼女の表情が僅かに動く。
「エルシリア」
 だが、再度クライドが名を呼べば、彼女は引っ張られるかのように動きを再開した。
「何で……何で!? だって、クライドはエルシリアのことが大切なんじゃなかったの!?」
 確認するようにターヤがそう言った瞬間、クライドの顔色が一変する。
 皆もまた意表を突かれた様子で彼女を見るが、当の本人は眼前の二人だけを見ていた。
「それなのに、何でこんな――」
 最後までターヤが言い終える前に、エルシリアが大鎌を高々と振り上げたかと思いきや、次の瞬間には思いきり地へと向けてその刃の先端を叩き付けていた。突き刺さったそこから瞬時にひびが入っていく――前方、一行の居る方向へと向けて。
「「!?」」
 気付いたスラヴィが慌てて〈結界〉を解き、全員が元来た道を戻ろうとした時には遅かった。
 エルシリアの前方から起こった地割れは、狭い坑道故に瞬く間に一行全員を飲み込み、そして出現した奈落へと次々と転落させていく。
「うわぁっ!?」
「きゃあっ!」
「っ……!」
「くっ……!」
 主にマンスやターヤから悲鳴が、その他の面々からも呻き声などが上がる中、オーラは現状を打開するべく魔導書を構えようとする。
「……!」
 しかし突如としてその顔色が急変したかと思いきや、その身体から一気に力が抜けた。
「「オーラ!?」」
 慌ててレオンスとターヤは駆け寄ろうとし、だが空中且つ落下中なので上手くはいかない。
 それでもレオンスの方は何とか水中を泳ぐかのように無理矢理移動し、彼女を抱え込む事に成功した。
「――〈空中浮遊〉っ!」
 一方、思うように動けないターヤが杖を握り締めてやけくそ気味に叫んだ瞬間、皆の落下がぴたりと止まる。ただし今回は昨日の三人よりも多い六人だった為、魔術の成功と同時にかなりの負担が圧しかかってきたのだが。
「っ……! む、うっ……!」
 無理と言いかけるも、最後まで完全には発音できなかった。
 元々ターヤの限界を超えていた魔術の無理な使用により、再び皆の身体は下方へとずり落ちるかの如く降下していく。
 その事に気付いたターヤは何とかしようと足掻くも、やはり無理な事は無理だった。
 けれども地面は元より案外近かったらしく、速度が加速する展開には進まず、彼らは地面へとしっかり足を付けて降り立つ、あるいは尻餅を付くに留まる結果となった。

「〈結界〉の弱点を突かれるなんて」
 自分達が落ちてきた方向を見上げながら、どこか悔しげな様子でスラヴィが呟く。
 足元も含めた全方位にほぼ絶対的な防御力を誇る〈結界〉の唯一の弱点、それが空中など足場の無い場所には形成も維持もできない点である。無論、龍などの強者が相手であれば〈結界〉自体が破られる事もあるのだが、相手は普通の人間であっただけにスラヴィは悔しさを覚えたのだろう。
「ふ、へえ……」
「おねーちゃん、だいじょぶ?」
 彼の呟きを耳の端に捉えながら、ぺたりと座り込んで大きな息を吐き出したターヤへと、マンスが心配そうに声をかける。
「う、うん。疲れただけだから、大丈夫だよ」
 荒い呼吸を繰り返しながら答えながらも、ターヤはエルシリアのことが気にかかっていた。
(何で、何でクライドは……)
 理解できぬまま混乱しているところで、ふと気になって様子が変だったオーラの方を見る。
 彼女は地面に自らの足は付けつつもレオンスに支えられる形となっており、まるで先日の〔騎士団〕本部での時のようにひどく疲弊している様子であった。
「これ、は……先日と、同じ……!」
 そして何事かを言おうとするも、それは最後まで言葉にはならずに終わる。
「オーラ、大丈夫か?」
「は、はい。少し休めば、回復すると思うのですが……」
 不安げに気遣うレオンスに一旦彼女を任せ、他の面々は周囲の確認に移る。
 一行が落下した先は、見た目としては先程までと何ら大差無い場所だった。オーラが灯す魔術による明かりだけが頼りな、光源が無い為に薄暗く、あまり横幅に余裕があるとは言えない坑道だ。
「ここは……どうやら、リンクシャンヌ山脈の中の坑道の一つみたいだね」
 可視範囲を眺めながらスラヴィが出した結論は、誰もが同意できるものであった。
 付近や数メートル先に〔騎士団〕ないしは〔教会〕の者、あるいはモンスターが居ないかどうかを注意深く確認していたところ、ふとアシュレイはある事に気付いた。
「ねえ、アクセルとエマ様は……そっちに、居る?」
 なぜか震えているようなその声に嫌な予感を覚え、ターヤは慌てて周囲を見回す。けれども、視認できる範囲に二人の姿は全く見当たらなかった。
「この場にも近くにも、俺達以外の気配は感じられないな」
 神経を研ぎ澄ませて確認してからレオンスが首を振り、アシュレイもまた否定はしない。
「!」
 そうなれば、オーラがこれでもかと言うくらい両目を見開いて蒼白となった。
「いけません、御早く御二人を捜し出さなくては!」
 その頃、皆とはぐれてしまったアクセルは無言のエマを仕方なく追っていた。
(ったく……エマの奴、本当に何を考えてんだよ)
 全く理解できず、アクセルは後頭部を乱雑にがしがしと掻き毟る。
 落下中いきなり何かに横合いから引っ張られたかと思いきや、彼は吹き飛ばされたかのように下ではなく横に動き、そのまま岩壁に叩き付けられていた。そして、ぐるんぐるんと回る頭を落ち着かせながら周囲を見渡せば、そこにはエマしか居なかった。彼は何も言わずに踵を返して歩き出し、そこでようやくアクセルはここが坑道の一つだと知り、それから慌てて彼の後を追う事にした。ただし、あまり彼に近付きすぎるのは危険だと、どうにも脳内で警鐘が鳴ってはいたのだが。
 かくして、今現在アクセルは見失わない程度の距離を開けて、先を行くエマについていく形になっているのである。先程まではあったオーラの光源が無い為、あまり離れる事はできなかったのだが。
(多分、俺をこっちに引っ張ったのもあいつだろうし、最近の態度と言い、どうにもあいつは変だ。……確かめた方が、良いんだろうな)
 ふぅ、と深呼吸を一つ。
「なぁ、エマ。おまえさ、俺に何か言いたい事があるんだろ?」
 相も変わらず返答は無かったが、それも予想の範疇なので気にしない事にする。

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