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三十一章 仮初の現在‐and Emanuele‐(12)

 けれど、メイジェルの反応は彼の予想外をいく。
「……何で、もっと早く言ってくれなかったの?」
「え……?」
 絞り出したような声に、思わず間の抜けた声が出る。
 メイジェルは彼の戸惑いには気付かず、感情に背を押されるがままに言葉を紡いだ。
「ウィラードくんが何か言いたくない事を隠してるのは、何となく気付いてたよ。それでも、例えウィラードくんが大罪人でも極悪人でも何だろうと、アタシは受け止めようと思ってんだよ? キミを助けたあの日から、アタシはキミの力になりたかったんだから。それに、元々の『ウィラード』をアタシは知らないし、アタシが知っているのは、今ここに居るウィラードくんだけなんだから」
「メイジェルさん……」
 呆けたように彼女の名を呼ぶ事しかできないウィラードを、そっとメイジェルは抱き締める。
「だから、ここに居て良いんだよ、ウィラードくん。例え相手が誰だろうと、アタシが、キミを護ってあげるから……!」
 ぎゅっと背に回した両腕に力を込める。離さないと言うかのように、大丈夫だと慰めるかのように、どこにも行かないでと引き留めるかのように。その際、それを否定するかのように胸部が強く痛んだが、メイジェルはそれを無視した。
 ウィラードもまた、ゆっくりと遠慮がちに腕を動かして彼女を抱き締め返す。
「仲良き事は美しきかな、とはよく言ったものだな」
 だが、そこに水を差す第三者が居た。
 反射的にメイジェルはウィラードを離し、再び背に庇う。振り向いた先に居たのは、青を基調とした服装と圧倒的な雰囲気を纏う、銀髪の男性であった。
「〔騎士団〕の、《団長》?」
 初めて目にする人物であったが、その格好と雰囲気からだいたいの予測を付ける。
 すると相手は、その通りだと言わんばかりの表情になる。
「いかにも。私は〔月夜騎士団〕が現ギルドリーダー《団長》ことスタニスラフ・クレッソンという。御目にかかれて光栄だ、少年少女よ」
「その《団長》さんが、アタシ達に何の用なの?」
 どこか怪しげなクレッソンに対する警戒心も剥き出しに、メイジェルは彼へと食ってかかる。
「先程の話が聞こえてしまった、と言えば察してもらえる事だろう」
「!」
 聞かれたのだと知った瞬間、メイジェルは相手へと飛びかかっていた。
 慌ててウィラードは止めようとするが、タイミングが悪く咳が込み上げてきてしまい、そちらに意識も身体も奪われる事となってしまった。
 しかし、その手首をクレッソンに掴まれて止められてしまう。振り解けない強い力だった。
「っ……!」
 悔しげに唸る彼女を見下ろしながら、クレッソンは諭すように言う。
「そう警戒する事は無い。私は、少年少女に助言を与えにきただけなのだから」
「どういう事?」
 相手を不審に思う態度は変えぬまま、相手の言う意味が解らずにメイジェルは問い返す。
 クレッソンはそれを待っていたかのように笑みを深めた。
「貴女は《世界樹》という存在を知っているか? 全ての根源たる〈マナ〉を生み出す母体的存在であり、世界を見守る唯一無二の存在だ。それ故に《世界樹》は世界のバランスを崩しかねない闇魔を消すべき対象と認定し、その場からは動けぬ自身の代役として一人の人物を選ぶのだ」
 いきなり何を言い出すのかと更に不審に思ったメイジェルだったが、相手の話を聞いているうちに、その目が上下に動いていく。思わず後方に居るウィラードを振り返りたくなったが、どうしてか眼前の相手から目が離せなかった。まるで、彼が醸し出す雰囲気に飲まれているかのように。
 すっかりと先程の覇気を失いかけている彼女を制したまま、クレッソンは先を行く。
「《世界樹の神子》と呼ばれるその人物は、闇魔を倒す為の加護を与えられた調停者一族よりも強大な力を有し、こちら側の世界に顕れた闇魔を全て消すという任を与えられている」
「!」
 それはつまり、その《世界樹の神子》という人物が、ニーズヘッグであるウィラードを殺す事を示唆しているのだとメイジェルは瞬時に悟った。

「そして、今代の《世界樹の神子》として選ばれた少女の名は、ターヤと言う」
「!」
 今度こそ、限界まで目を見開いたのが自ら解った。まさか、という思いが生じて加速する。
 相手の反応から知り合いである事を確認し、クレッソンの顔に、益々思うがままに事が運んでいる現状に対する優越の色が加算されていく。
「その顔では、どうやら聞き覚えがあるようだな」
「嘘、だって、あの子がそんな事する筈……」
 ウィラードが闇魔だと知った時のように、信じたくないという気持ちがメイジェルの大半を占める。彼女は大切な友人で、優しい子で、だからウィラードを殺したりはしないだろうとメイジェルは思いたかった。
 けれども、クレッソンは希望を抱かせるような甘言など吐かない。
「だが、相手が闇魔ともなれば、あの少女はいっさいの容赦もしないだろう。《世界樹の神子》とは、そのような存在なのだから」
 この言葉がとどめとなり、メイジェルは完全に声を失った。全身から力が抜け、座り込んだり倒れ込んだりする事こそ無かったものの、少しでも押されればそうなってしまうくらいには弱々しい様子で立ち尽くす。
「忠告はした、後は自分で決めると言いだろう。では、また機会があれば会おう、少年少女よ」
 どこか満足げに彼女の様子を眺めてからようやく掴んでいた手を離し、そうしてクレッソンは踵を返して去っていった。
 メイジェルはその事にも気付けぬまま、棒立ちをしたままだ。
「メイジェルさん……」
 思わずウィラードは彼女の名を呼ぶ。
 つい先程までとは打って変わり、また最初のようにウィラードがメイジェルを心配し、気遣おうとするような形となっていた。
「メイジェルさんは……その、今代の《世界樹の神子》と、知り合いだったんですね」
 申し訳なさそうにウィラードが声をかけるが、それすらもメイジェルの耳には届かない。
「ターヤが……ウィラードくんを殺す、《世界樹の神子》……?」
 次から次へと襲いくる衝撃の事実に翻弄されたまま、飲み込む事のできた最大の情報を反芻しながら立ち尽くすしか、今現在のメイジェルにはできなかった。
 またしても胸の奥で、何かが大きく強く蠢いた気がした。

 

  2014.02.16

  2018.03.16加筆修正

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