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三十章 秘境の楽園‐Ora‐(6)

「ってことは……おねーちゃんは、前の人とは違うの?」
 恐る恐るといった感じでマンスが問えば、しっかりとオーラは頷いてみせた。
「はい。私の先代にあたる《神器》は……確か、千年程前の方だった筈です」
「「!」」
 思わず皆が驚愕したのは言うまでもない。先代が千年前とは、予想外すぎたのである。いったい《神器》とは、次の者に転生する際までにどれくらいの時間がかかるのだろうか、とは殆どの者に共通する疑問でもある。
 という事は第二次終末大戦の頃なのか、と誰かが呟いた。
「とにもかくにも、私もそうして廻る筈でした」
 ずれてしまった軌道を修正し、オーラは続きを語る。刹那、その笑みが消えた。
「ですが《世界樹》の不調もあり、ある時、ウルズの泉がリンクシャンヌ山脈の一部と繋がってしまいました。あそこも聖域ですから、《世界樹》さんの力が弱まると世界樹の街と繋がってしまいやすいので。そして、そこに運悪くあの男は訪れた」
 初めて、オーラから敬語が消え失せた気がターヤはした。同時に表情も無くなっている。
「あの男とその仲間は、元より神話などについての興味が強かったらしく、私の正体にもすぐに察しが付いたそうでした。私が廻っている途中の《神器》だと知った彼らは、すぐにその場を世間から覆い隠すようにギルドを作りました」
 そこでふと、エマは思い当たるものがあった。話の腰を折るようで悪いとは感じつつも、確かめたくて口を挟んでみる。
「もしかすると、そのギルドとは……」
「はい、それこそが〔アメルング研究所〕です」
 このようなところでそのギルドの名が出てくるとは、と知る者は驚く。しかしすぐ、あそこは神話などについて研究していたギルドであり、オーラが《神器》ならば変な事ではないと気付く。
「彼らは施設が完成すると、今度は《神器》を使っての人体実験を始めました。その際に私は無理矢理目覚めさせられる事となり、それが故に不完全な《神器》となってしまいました」
 淡々とする事に努めているような声だった。
 ようやく先程の疑問の答えが出たが、皆の意識は『人体実験』という言葉に奪われていた。
「しかし、あくまでも身体は丈夫で自己治癒力も高かった為、文字通り身を裂かれる激痛を味わわされても、私の傷はすぐに治ってしまう。ですから、絶え間無く何度も瀕死に追い込まれました。唯一休めたのは、彼らが寝静まる夜間くらいでしたでしょうか」
 それに気付いているかのようにオーラは語る。あくまでも淡々と、ただし詳細は伏せて。
 だが、ターヤは顔を蒼白にして口元を押さえずにはいられなかった。
「何で、そんな酷い事……!」
「かの《神器》とはどれ程のものなのか、どのような細胞や構造をしているのか……とにかく彼らは《神器》に関するさまざまな情報を欲していたようです」
 と、そこで彼女の表情が僅かに和らぐ。
「ですが、私にはまだ救いが残されていた。研究員の御一人だけは、私を実験動物ではなく実の娘のように見てくださり、心配してくださったんです。ですが、彼は家族をあの男の人質に取られているにも等しい状態だった為、実験を止める事はできませんでしたが。……それでも、嬉しかった。家族など一人も居らず、物として見られる事が当然であった私を、初めて一人の『人』として見てくれた人。気付けば、私はあの人を父として認識していました」
 そうして徐々に綻んでいく顔から、彼女にとってはその人こそがまさしく『救い』であり『父親』であったのだと皆は知る。
 しかし、その表情はすぐに固まる。
「けれど、ある日、あの人は私をそこから連れ出して、家族の一員にしてくれようとしてくれて、あの男に見つかって殺されてしまった。その時、私は頭の中が真っ白になって……そして、気が付いた時には炎の中に居た。お父さんが倒れた所には瓦礫が積み重なっていて、あの男は燃えていて、怖くなった私は逃げ出した」
 普段の『オーラ』としての仮初の顔ではなく、『オリーナ』としての素の表情で彼女は話す。どこかたどたどしく、当時に回帰するかのように表情を歪めて。

「その後は、ただただどうしようもない感情のままに当ても無く彷徨い続けて……そして、あの人と出逢った。お父さんだと、思った。だって、顔が瓜二つだったから。だけど、違った。あの人はお父さんじゃなくて、そこでようやく、お父さんはもう居ないんだと解った。そうしたら、あの時はいっさい出なかった涙が零れ落ちてきて、それが初めて泣いた日だった。いきなり知らない人間に『お父さん』と呼ばれて泣かれて、あの人はきっと戸惑っていた筈なのに、泣きじゃくる私を慰める事を優先してくれた」

 それは、外ならぬ『少女』の顔だった。そこに『女性』としての要素など欠片も残ってはいない。

「きっと、その時、私はあの人に――ヴォルフさんに、恋をしたんだと思う」
 声が、出なくなった。オーラは元〔十二星座〕のオリーナで、ヴォルフが好きで――それは『特別』という事だ。ターヤは思わずレオンスを見る。
 彼は苦しそうで痛そうな、けれど、それで良いとでも言うかのような表情をしていた。未だ抱え続けるその気持ちを、宝物のように大事に丁寧に扱う彼女を尊重しているような、まるで、そんな彼女だからこそ好きになったのだと言うかのようだった。
 そこでオーラは我に返ったように表情を正す。真剣だが、どこか苦痛を含んだ顔付きとなり、脱線していた話を再開する。
「そうして〔十二星座〕に御世話になって、皆さんと出逢って、一緒に過去の傷や問題を乗り越えて絆を深めて、ようやく私にもお父さん以外の『家族』ができて――けれど、私は知ってしまった」
 言葉は、そこで途切れる。
 アルテミシアが、そっとオーラに寄り添った。
 彼女は一度深呼吸をして、ゆっくりと続きを口にしていく。
「あの男の息子が――ニスラが、ルツィーナさんと私を利用して《世界樹》を掌握しようとしている事を」


「「!」」
「ニスラ、とは、もしかすると、スタニスラフ・クレッソンの事か?」
 皆は突き付けられた事実の目的の方に驚きを示し、エマは名前に関して問いかける。
 この問いに対してオーラは頷き、アシュレイが弾かれるようにエマを見た。
「はい。彼は、あの男の……イジャスラフ・アメルングの息子で、小さい頃に何度かギルドに連れてこられていました。あくまで憶測ではありますが、おそらくは、その時にでも親と同様《神器》の――いえ、神の力に魅せられたのではないかと」
 意外なところでまさかの人物に纏わる話が登場した為、一行は動揺し始めていた。
 聞き手には構わず、オーラは続きに移る。
「けれど、私には彼を止める方法が解らなかった。ルツィーナさんを、あんな目に合わせたくなんてなかった」
 ぎゅっと両手が口元の辺りで強く握り締められる。まるで祈るかのように。
「だから、私は《世界樹》さんに頼んで、ルツィーナさんを無理矢理元の世界に帰してもらった。その代わり、次の《神子》が見つかるまでは私がその代役を務める事と、彼への対策を用意する事を条件に」
 そうして、ゆっくりと彼女は両手を下ろし、無表情となって一行を見回す。
「〔十二星座〕を、家族を裏切ったのは……その方が、都合が良かったから。それと、それが私の運命だったからです。私が完全に悪役に徹さないと、人が良いルツィーナさんは帰る決心をつけてくれなかったでしょうし、そちらを選ばなければ、代わりに誰かが死んでいたかもしれなかったから。そのように、読みましたから」
 読んだ、という部分がターヤにも誰にも理解できなかったが、そこに関する説明は入れられずに言葉は紡がれていく。
「ただ、アルテミシアさんだけは私の思惑に気付いて協力してくれたので、一緒にギルドを離反させる事になってしまいましたが」
 申し訳なさそうにオーラがそちらを見れば、気にするなと言いたげに彼女は首を振る。
「だが、一人くらいは理解者が居なければ、オリーナが辛かろう? お主は強そうに見えて、実際のところはかなり脆いからな」
「本当に、ありがとうございます」
 すまなさそうに嬉しそうに安心するように微笑むオーラを見ながら、ターヤはこれまでの一連の話へと思いを馳せる。

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