top of page

三十章 秘境の楽園‐Ora‐(5)

 そうこうしているうちにベルナルダンが戻ってきて、アルテミシアなる人物が起きていた事が主にオーラに対して告げられる。それから彼に先導されて彼女と一行はその部屋を出て、また別の部屋へと向かった。
「オリーナ!」
 その部屋に入った途端、歓喜の叫び声が上がる。その声を上げたのは、室内に居た一人の人物だった。水色の髪と瞳に白いドレスに成人しているらしき容姿と、どこか幼さの残る表情と雰囲気を併せ持つ女性である。
「御久しぶりです、アルテミシアさん」
 彼女の声にオーラは答えた。懐かしさを滲ませた、嬉しそうな声と表情で。
 すると、アルテミシアと呼ばれた女性もまた同様の顔になる。
「うむ、特に変わり無いようで安心したぞ」
「あら、それは少しも成長していないと仰っているのですか?」
 彼女の言葉にオーラは若干不満そうな表情を浮かべた。それがわざとだと一行は気付いたが、アルテミシアはすっかりと騙されたようで途端に慌て出す。
「そ、そんな訳が無かろう! 我はただ、その……」
「ふふ、すみません。やはりアルテミシアさんをからかうのは楽しいですね」
「オ、オリーナ!」
 そんな彼女を見て耐えきれなくなったのかオーラが吹き出せば、途端にアルテミシアは噴火した火山の如く瞬時に真っ赤になった。それから、ぷっくらと両頬を含ませる。彼女は完全に拗ねてしまったようで、オーラが謝ってもしばらくは無視を貫き通していた。
 その間、ターヤは室内へと視線を巡らせる。アルテミシアと呼ばれた女性の自室ではないようで、部屋の中には二人掛けと一人掛けのソファが一つずつと、その中央に置かれた小さなテーブルしかなかった。あとはカーテンくらいなもので、殺風景に近い光景である。
(それにしても、さっき外から見たここってかなり広かったけど、もしかしてあの二人しか住んでないのかな?)
 ようやくアルテミシアが機嫌を直した頃には、とうにターヤは観察を終えてしまっていた。
「全く、お主まで我をからかうようになるとはな……全く」
 ただし完全に直った訳ではないらしく、その頬はまだ膨らみ気味だ。
 からかった側であるオーラは申し訳なさそうな笑みを浮かべつつも、若干の笑いを隠しきれてはいないようだった。否、隠すつもりなど無いのかもしれなかった。
 アルテミシアもその事には気付いており、すみません、ともう一度かけられた彼女の言葉には応えなかった。
「ところで、彼女がそうなのだな? ……なるほど、よく似ておるわ」
 その代わりか、視線がターヤへと移る。懐かしそうな色を含んで。
 思わず彼女は驚いて肩を少し跳ね上げさせるも、すぐにデジャヴを感じて止まった。
(何だか、ヴォルフやレジーの時と似てるような……)
「……ん?」
 そこで彼女は、もしや、と思う。確信は無かったが、そう思い至った時、すぐ遠慮がちに女性へと問いかけていた。
「あの……」
「む? 何だ?」
 一瞬、訊いて良いものなのかという考えが浮かんだ。勘違いだったらとも思った。
「もしかして、あなたも〔十二星座〕の人なの?」
「む、良く解ったな」
 だが、あっけらかんとした様子でアルテミシアは肯定する。
 これには寧ろ、ターヤと一行の方が驚き動揺したくらいだ。
「我は元《蟹座》で、当時はエセラ・シャリエという偽名を使っておった。今はもう、ギルドからは離反したような形になっておるがな」
 ただし、後半部分には懐かしそうな哀愁漂う様子となったが。

 またしても〔十二星座〕の者と出会った事に驚きつつも、何と言えば良いのか解らない一行の中、アシュレイは彼女にしてはゆっくりと躊躇うように口を開く。
「ねえ、一つ、訊いても良いかしら?」
 震える声だった。
 オーラとアルテミシアは同時に互いを見やり、目で会話をしてから頷き合う。
「はい、どうぞ」
「うむ、構わぬ」
 許可が下りればアシュレイはごくりと唾を飲み込み、そして問うた。
「あんたは――いいえ、あんた達は、どうして〔十二星座〕に背を背けたの? 家族、だったんでしょう?」
 まるで今にも泣き出すかのような表情だった。
 はっと弾かれたようにオーラは目を見開き、顔色を失って固まり、そして申し訳なさそうにアルテミシアへと視線を寄越す。
 同時にベルナルダンがアシュレイを睨み付けていた。その手が腰の剣に伸び、
「ベルナルダン」
 鶴の一声により止められる。異議ありとでも言いたげにアルテミシアを見たベルナルダンだったが、すぐに構えを解いた。ただし鋭い視線だけは残されたが。
 それを確認してから、アルテミシアは気遣うようにオーラを見る。
「オリーナ、やはり我が――」
「いえ、これは私の責任ですから……だから、ちゃんと自分で話させてください。」
 ふらつく身体を支える腕を掴み、彼女は首を横に振る。それから、そっと手を離して体勢を元の安定したものに戻した。そして、一行に向き直る。
「昨夜カンビオでは行えなかった話を、今ここでさせていただこうと思うのですが、宜しいでしょうか?」
 全員を、特にレオンスを見回して問う彼女に、皆も彼も頷き返す。
 するとオーラは自嘲した。
「これから御話しする事は全て、背信者の戯言だとでも思ってください」
 聞き覚えのある言葉にベルナルダンは肩を揺らすが、すばやく常の無表情を取り繕う。
 アシュレイは彼を一瞥して、何事も無かったかのようにオーラに視線を戻す。
「ええ、そうさせてもらうわ」
 そして、そう応えた。
 対してオーラは虚を突かれたように彼女を見て、申し訳なさそうに微笑み、話を始める。
「私が《神器》である事は、以前御話しさせていただきましたよね? ですが、私にはある重大な欠陥がありました」
 卑下するどころか蔑みに近い物言いにターヤは眉を顰める。彼女はリチャードから『欠陥品』などと呼ばれていた上、以前から自ら『出来損ない』と称すなど卑屈な傾向にある。それがあたりまえだと言うかのような態度になれる意味が、ターヤには全くもって解らなかった。
(何で、そうやって……)
「それは、純粋な《神器》ではなかったという点です」
 彼女の思いなど知ってか知らずか、そのままの調子でオーラの話は続く。
 この言い方にはアクセルが怪訝そうに眉根を寄せた。
「純粋な《神器》じゃないっつーのは、どういう事なんだよ?」
 言われてみれば確かに、《神器》とは神の一部から創られた存在であり、どうやら一人しか居ないようなのだから、純粋も何も無い筈だ。そのように考えていたターヤ達だったが、オーラは曖昧な表情になるだけだった。
「《神器》とは、確かに《創造神》の一部から創られた存在ではありますが、神そのものではありませんから、龍に匹敵するくらいの寿命はあります。それを迎えた、あるいは何らかの原因により致命傷を負ってしまった《神器》は、《世界樹》の根から繋がる強き浄化の地[ウルズの泉]へと送られ、そこで次の《神器》となるべく廻される――創り変えられるのです」
 まさかの事実に皆は驚き、《神器》が輪廻転生を繰り返している事を知る。そして、その寿命が長くとも千年以上はある事も。

ページ下部
bottom of page