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三十章 秘境の楽園‐Ora‐(3)

 一方、アシュレイの顔色はすっかりと悪くなっていた。彼女は震える声でオーラへと問う。
「……って事は、アンデッドって事じゃないの?」
「死霊系モンスターと一緒にしていただきたくはないのですが、完全に否定はできません」
 訂正しつつもオーラが苦笑しながらおおよそは同意の意を示した瞬間、アシュレイの姿が掻き消えたかと思えば、いつの間にかアクセルのすぐ後ろに回っていた。両手でしわができるくらい彼の服を強く握り締め、ぴったりと密着している。
 とうとうこれには彼が呆れ顔になった。
「おまえな、いいかげん俺を盾にしてるんじゃねぇよ」
「良いじゃない別に! あんたは、その、アンデッド系は別に平気なんだし、図体はでかいんだから!」
 返されたのは悲鳴のような声で、アクセルはあしらうように適当な声を出す。
「へいへい。ま、俺は役得だけどな」
「は、はぁ!? ちょっと、それどういう意味よ!?」
「言った通りの意味だぜ?」
 ぽろりと本音を零してしまったところ、途端にアシュレイから動揺の声が上がり、意味を理解して羞恥に襲われたのだろうと気付いたアクセルは意地の悪い笑みとなる。肩越しに視線を寄越してみれば、予想通りその顔は真っ赤だった。
「良い眺めだよな」
「このっ……!」
 いちゃいちゃしているのだか喧嘩しているのだか判らない二人は置いておき、今度はエマがオーラへと問いかける。
「しかし、貴女はなぜ、このような場所に私達を連れてきたのだ?」
「この先に古い友人が住んでおりまして、御二人に御逢いしに行こうと思ったからです」
「でも、何で逢いに行こうと思ったの?」
 スラヴィの疑問は皆の疑問だった。ただ話をするだけならば、何もこのような場所まで来なくとも良かったのではないだろうか、と。
「私は脆弱な存在ですから、自分について御話しさせていただく時には、それ相応の勇気が必要なのですよ」
 チート染みた実力を持つ彼女には不釣り合いな言葉だとターヤは思うも、すぐにそれが精神的な意味でだという事を察す。昨夜の一件など、彼女は意外と脆いところがあるようだから。
 ところで、とオーラの声が一転して元の飄々とした調子に戻る。
「この樹海には御二人の主がいらっしゃいまして、通り抜けるには彼らと戦って許可を頂く必要があります」
 えっ、と初耳すぎる話題に、皆がそれぞれ驚きを顕わにしたのは言うまでもない。同時に、ズィーゲン大森林で苦戦させられたグリンブルスティの姿が思い浮かんだのも。
「はぁ!? そんなの聞いてねぇっての」
「おねーちゃん……」
「流石はオーラだな」
「あほか。……全く、相変わらず良い性格してるわよね」
「通常運転だよね」
「何かしら番人のような存在が居そうだとは思っていたが、やはりか」
「もっと早く言ってくれれば良かったのに」
 案の定、皆からは文句や呆れ声などさまざまな声が上がった。
「御褒めに御預かり光栄です。……さて、そろそろ姿を現してくれるとは思うのですが」
 それらに纏めて普段通りに微笑んでから、オーラは立ち止まって周囲へと視線を動かす。
 一行もまた足を止め、武器に手をかけたり周囲を警戒したりと戦闘態勢に移行した。
 唯一の音とも言えた一行全員が立ち止まり黙る事により、ヴァルハラ樹海には再び静寂が訪れる。そのまましばらくは何事も起こらなかったが、やがてアシュレイの耳が何かの音を捉えた。
「何か、足音が聞こえてくるわね……二つ……この感じだと、相手は巨体かしら」
「はい、御二人ともかなり大きな方ですので」
 彼女の言葉にオーラが肯定する間も、足音はだんだん大きくなっていく。

「こちらに近付いてきているようだな」
 続いてエマやレオンス、アクセル達もその音を認識した。
「あ、本当だ」
 そしてターヤとマンスにも聞こえるようになった頃、霧に二つの大きな影が映り始める。
「《左の門番》エイクスュルニルと、《右の門番》ヘイズルーンです」
 オーラがそう言うと同時、二つの影が一行の前に完全に姿を現した。
 片や牡鹿、片や牝山羊という出で立ちである。ただし、どちらともアシュレイが予想した通り動物の牡鹿と牝山羊よりは遥かに大きく、身長はアクセルの約二倍という巨体だった。
『ようこそ、旅人達よ、我らが樹海へ』
 口を開いたのは牝山羊ヘイズルーンの方であった。龍と同じくエコーがかかっているように聞こえるタイプの、老婆のような低めでしわがれた声である。
「御久しぶりです、エイクスュルニルさん、ヘイズルーンさん。この度はウルズ庭園に用がありまして、こちらを通らせていただこうと考えている次第です」
 両手でスカートを軽く摘まんで優雅に一礼して見せたオーラを、ヘイズルーンは見下ろす。
『なるほど、主であったか。久しいな、今代の《神器》よ』
 それから牝山羊は後ろに並ぶ一行の方を見て、事態を理解したようであった。
『主だけならば無条件で通すが、その旅人達の見極めはまだ故、選定を執り行おう、主は手を出してはならぬ』
「はい、承知しております。……という訳ですので、御二人と戦って認めていただいてくださいな」
 ヘイズルーンにしっかり頷いてみせると、オーラは背後の面々を振り返り、そう言ってから端へと避けた。あとは傍観者の姿勢と態度に徹する。
 しかし状況が完全には解らず、ターヤはこてんと首を傾げてみる。
「えっと……どういう事?」
『主は今代の《神子》か』
 彼女を目にした牝山羊は興味深そうに唸るも、すぐにその疑問に対する回答を提示した。
『簡単な事、ここは聖域故、我ら番人が認めぬ者には退出を要求する為』
「だから、力試しって事なんだね」
『その通り』
 スラヴィの解釈に頷き、ヘイズルーンは右の前足を僅かに引いた。
 すると最初から無言を貫き通していたエイクスュルニルもまた、左の前足を同じく動かす。
『構えよ、旅人達、我らを認めさせてみよ』
 言うや、牡鹿と牝山羊は同時に一行目がけて突進してきた。
「『展開』!」
「〈結界〉」
 即座にエマは前方へと飛び出し、スラヴィは後方に下がり、二人揃ってそれぞれ盾と〈結界〉を展開する。前者は相手を押し止める為に、後者は後衛組を守る為に。
 その間に後衛組は詠唱を開始し、手の空いている前衛組と中衛組は相手へと向かっていく。
 まず相手の許に辿り着いたのは、やはりアシュレイであった。彼女はすばやく跳躍し、近くの木々を足場にしながら相手の注意を引こうと動き回る。
 けれども、そう簡単に策に引っかかってくれる相手ではなく、彼女に意識を向けたのは牝山羊だけで、牡鹿の方は不可視の盾を破る事に専念している。
 上向きに盾を構える姿勢になっているエマとしては力が入れづらいらしく、押されているようだった。
 アクセルは彼の援護に回ろうかとも思ったが、自分に対してだけは彼がおかしい事を思い出し、仕方なくアシュレイを捕らえようとしている牝山羊を狙う。
 逆に、エマの援護には空気を読んだレオンスが回っていた。
「――〈能力上昇〉!」
 そこでターヤの支援魔術が完成し、全員の全ステータスが上昇する。
 これを受けて、アクセルはヘイズルーンの足へと、思いきり振りかぶった大剣の刃を叩き付けた。
 牝山羊がくぐもった悲鳴を上げ、彼を蹴り飛ばそうとそちらの足を蹴り上げる。
 隙の大きい武器だけに避けれそうにないと察したアクセルは、間に盾の如く武器を構える事で衝撃を和らげる方向に努めた。

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