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三十章 秘境の楽園‐Ora‐(2)

『ここよ、今代の《神子》』
 同じ声に促されるままに視線を正面へと戻し、ターヤはそこに一人の少女を見た。
 燃え盛る火のように赤い髪と目、白を基調としたワンピーススカート、どこか人外じみた雰囲気、周囲に薄く纏われている炎――そして、オーラと完全に瓜二つな、その容姿。
「フレイ、ミナ……?」
『あら、知ってたのね』
 呆然とその名を口にすれば、彼女はくすくすと笑う。
 なぜそこで笑うのかよく解らないターヤだったが、彼女はすぐに本題へと入る。
『止めたいのであれば、彼女の真名を呼びなさい。オルナタ―レ、と』
「オルナターレ……やっぱり、それがオーラの……」
『そう、真実の名よ』
 フレイミナに――《破壊神フレア》に肯定された事で、ようやくターヤは自身の認識は正しかったのだと知る。今まで耳にしてきた情報を総合するに、オーラは〔十二星座〕の元《蠍座》オルナターレではないかと思っていたからだ。
『あなたの声なら届くのでしょうから、これはサービスよ』
 そう言いながら、フレイミナの手がターヤへと伸ばされる。
 そこに纏われている炎を見て思わず身を竦めてしまったターヤだったが、触れてきた手は熱くはなかった。その事に驚けば先程と同じ笑い声が聞こえる。
「!」
 すると一気に意識がしっかりと浮上し、同時に視界もクリアになる。反射的に周囲を見回したり自身の頬を抓ってみたりするが、夢ではないようだった。
「え、これ……」
『言ったでしょう、サービスだって』
 そう言いながら、彼女はするりと横に避けた。
 つまりは、ターヤにオーラの目を覚まさせろと言っているのである。少し間をおいてからようやく理解したターヤであったが、彼女に降ろされているというフレイミナの方が適役ではないのかと思う。だが、すぐにその思考は脇へと避けられ、彼女は大きく息を吸う。
「オルナターレッ!」
 そしてオーラが自力で風を破った直後、自分にできる限りの怒号を放った。
 瞬間、びくんと彼女の全身が跳ねる。そしてぴたりと動きを止め、小刻みに震わせたままの首を、そっと窺うように後方へと回してきた。まるで親に叱られた子のようなその姿にターヤは唖然としかけるも、眉をへの字にしてじっと彼女を見つめる。
 他の面々もまた、驚いた様子でターヤを見たりオーラを見たりしている。
「……わた、くし……?」
 オーラは、やがて夢から覚めたかのように表情を子どもから大人へと変化させていた。呆然とした様子で目を瞬かせたり周囲を見回したりしてから、自身を見下ろし、そして何かに導かれるかのように横を見上げる。そこには、いつの間にかフレイミナが居た。
 あれ、とターヤは隣を見るも、そこには誰も居なかった。
 相手が落ち着いたのを視認してから、《風精霊》はマンスに声をかけて精霊界へと帰る。
「フレア……」
『ちゃんと起きれたみたいで何より。お寝坊さん?』
 からかうようにくすくすと笑うと、彼女は煙の如く一瞬で姿を消した。
「「!」」
 これにはターヤも、オーラにつられた事で初めてフレイミナに気付いた他の面々も驚く。
「あれが、《破壊神フレア》」
 ぽつりとスラヴィが呟く。
 レオンスはそちらよりもオーラの方が気にかかっており、そっと近付きながら声をかける。
「その、オーラ……大丈夫、か?」
 先程の事が思い浮かんで遠慮がちになってしまったが、それでも彼は彼女に問うた。
 彼女はその声で彼の方を見て、同じく遠慮がちに頷いてみせる。どうやら自分が何をしたのかまでは解らないようだが、何かをしたという自覚はあるようだった。

 それを理解し、アシュレイは声をかける。
「オーラ、ちょっと良いかしら?」
 答える声は無かったが、目は首ごと彼女を向いた。
「あんたはついさっきまで、悪夢に魘されて暴走してたのよ」
「!」
 アシュレイがそう言えば、途端にその顔が真っ青になる。自分が何をしたのか――否、何をしようとしていたのか、完全に理解したような表情だった。
 やはり悪夢の内容を覚えていたのか、とアシュレイは予測が当たっていた事を知る。
「いったい、何を見たの? もうそろそろ、あたし達に自分を見せてくれても良いんじゃないの?」
 実に彼女らしい直球な質問だった。ただし、そこには以前とは異なる不満が含まれている。
 対してオーラは弾かれたように視線を逸らし、そのまま下へと落としていく。
「いえ、それは……今は、すみません。ただ、皆さんに、一つお願いがあるんです」
 答える事は拒むも、その先があった。ゆっくりと持ち上げられた顔が皆を見回す。
「明日、私と一緒に行ってほしい場所があるんです。私についての話は、そこでさせていただければ、と。それと……その、御迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
 頼み事を口にした後、オーラは一行全員へと深々と頭を下げた。
 特に断る理由も無かった上、どこか不安定で危なげな彼女の様子につい配慮する気持ちが働いてしまい、ほぼ反射的に一行は了承していた。
 余談だが、その後に戦闘の音により起こされた、あるいは聞きつけたカンビオと〔屋形船〕の人々が敵襲ではないかと心配してこぞって武器を手に現れた為、その誤魔化しにも少しばかり時間を要したのであった。
 翌朝、オーラは昨夜の事など何も無かったかのように普段通りになっていた。
 また、一晩という時間で心中の整理でもついたのか、エマの様子もまた元に戻っていた。ただし、なぜかアクセルを避けているようではあったが。
 とにもかくにも一行はオーラの転移魔術により、ズィーゲン大森林と街道を挟んだ向かいに位置する[ヴァルハラ樹海]の中に足を踏み入れていた。
 ここはその名の通り、一度足を踏み入れると二度と出てくる事ができないと言われている場所である。それだけならばブルイヤール台地と似ているが、死者の魂が集う聖域だと言われているのが違う点だった。
 故に、ここが目的地だと知ってからアシュレイは実に大人しい。そして足を踏み入れてからは、意図的にアクセルの背後をとっていた。ただし、まだ恥ずかしさが勝っているようで、距離を開けてではあったが。
 反対に、ターヤは樹海内部の光景に興味津々だった。
 ヴァルハラ樹海の中にも霧は漂っているが、ブルイヤール台地とは異なり濃度は薄い。けれども、そこがかえって現実味の無い雰囲気を醸し出しており、幾つもの木と合わさって夢の中のような空間を形成していた。また、偶に身体の透けた人々も何人か見かけたが、彼らは一行には近付かないようにしているかのようだった。
 だからこそ益々アシュレイの顔色は悪くなっているのだが、彼らについて気になっていたターヤはオーラへと訊かずにはいられなかった。
「ねえ、オーラ。偶に見かける透けた人達って、やっぱり死んだ人なの?」
 すると彼女は少しだけ困ったような笑みになる。
「厳密には違いますが、一応はその通りです。彼らは《死せる戦士達》と言いまして、来たるべき時の為に《世界樹》さんに集められた死者の魂です。その時までは、ここにこうして居続けるだけですが」
 それから申し訳なさそうに、オーラは近くに居た青年と少女らしき二人組へと視線を寄越す。
「《死せる戦士達》……」
 その名を呟きながら、ターヤは知らない筈の彼らへと思いを寄せる。また、来たるべき時、と言うのは《魔王》と関係があるような気もした。

エインヘリャル

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