The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三十章 秘境の楽園‐Ora‐(1)
オーラは、自分が大して強くはない存在だという事を知っている。特に精神面においては、未だ過去における幾つもの後悔を心の奥では割り切る事もできずに引きずり続け、それを強く認識した日にはその日の事を夢に見るくらいには。
だからこそブライム・アジャーニを自らの手にかけたその日から、彼女は繰り返し同じ悪夢を見るようになっていた。
あの日、彼を殺されたと思った事で頭の中が真っ白になり、気付けばその衝動に任せて相手の女性を惨殺していた記憶。我に返った時には自分の手は血塗れで、それを呆然と見る家族と一命は取り留めたらしき彼が居て、眼前には物言わぬ死体が居て、そして自身を悪鬼の如き形相で睨み付ける少年が居た記憶。
二人は確かに敵で、そこは戦場だったが、それでも少年にとって唯一の世界を奪ってしまったという後悔と、家族の前で汚い自分を曝け出してしまったという恐怖は、十年経過した今も尚変わる事無く彼女の中に存在していた。
だが、今日の悪夢だけは別だった。
気が付けば訳も解らぬままに透明な容器の中に入れられており、全く状況が把握できぬままに誰かに話しかけられ、そして異なる方法で何度も殺されかけた記憶。想像を絶するような激痛に襲われ、それがようやく収まったかと思いきや、すぐに別の方法で死なない程度に殺される記憶。彼女にとって最も原初的な、全ての始まりの記憶。
そして、ただ一人自分を助けようとしてくれた父を、眼前であの男に殺された記憶。
『素晴らしい! これが《神器》の力と言う事か!』
父を殺したあの男の声だけが、脳内で強く大きく響き渡った。
「――!」
瞬間、言葉にならない悲鳴が彼女の喉から迸る。
「オーラ!?」
誰かに呼ばれる事が聞こえたが、それすらも今の彼女には認識できなかった。あるのは父の仇に対する憎悪と、自分を好き勝手に弄られた事への憎悪。ただただそれだけだった。
故に彼女は憎悪のままに叫び続け、そして自分を捕らえる檻を叩き割った。
「……私はっ、貴方達の実験動物なんかじゃない……!」
全ての元凶に対する怒りと憎しみとで構成された言葉を吐き出しながら。そして自由になった状態のそのまま、周囲を確認しようとする。
「オーラ……?」
名を呼ばれた気がして、次の瞬間彼女はそちらへと向かって攻撃魔術を使っていた。相手が誰だとか、何と言っていたのかなどは関係無く、ただ煩わしくて反射的に使っていたのだ。
またしても誰かに名を呼ばれた気がしたが、やはり彼女はそれを認識できなかった。
ターヤは訳が解らずにいた。変な様子のエマが気になって話を聞いてみようとしたところ、魘されているオーラに気付き、そちらに一旦移れば今度は彼女の様子が悪化し、慌てて起こそうとしたところで彼女は自ら起き上がった。けれど不安げに名を呼んだレオンスを攻撃したり、なぜか正気を失っているようで目付きも鬼のようになっていたりと、明らかに様子がおかしかったのだから。
それは他の皆も同じ事で、困惑した様子でオーラから距離を取りつつも、彼女から視線や意識を逸らせなかった。
特に攻撃されたレオンスは、目を見開かんばかりに呆然と彼女を見ている。
そんな彼を、そして彼女をマンスは困り顔で何度も見比べていた。
「お父さんの……仇!」
動揺と困惑に襲われる一行になど気付いていないようで、オーラは叫ぶや真正面へと掌を向けた。同時にその足元に魔法陣が出現する。その標的は――レオンス。
「おい、オーラ!」
慌ててアクセルが名を呼べば、即座に彼女の目と手はそちらへと動く。
「〈流れ星〉!」
その事に気付いて別の意味で慌てたアクセルだが、何をする暇も無く瞬時に魔術が彼を襲う。
「〈結界〉」
だが、寸でのところでスラヴィが飛び込むように間に割って入り防いでいた。
流星は薄い膜に衝突し、互いは拮抗し合う。
「このっ……!」
しかしオーラが更に力を入れるようにして押せば、〈結界〉に衝突部分から細かなひびが幾つも入り、そのまま広がるようにして奔っていく。
うげっ、と声を上げたアクセルは慌てて横側へと転がるようにして避け、スラヴィもまた〈結界〉を放棄して当たらない位置まで動く。
「〈台風〉!」
けれども無詠唱で魔術を連発できるオーラは、その隙を狙って次なる魔術を発動する。
瞬間、突如として現れた渦巻く風が例外無く一行全員を飲み込んだ。
「うっわ――シッ、《風精霊》ぉ――っ!」
『何、マンスくん――ってうっわ、凄い状況だった!』
マンスとしては反射的で咄嗟の行動だったのだが、それに応えて《風精霊》が顕れる。かと思いきや、彼女は現状を見て顔色を変えた。それから慌てて風を操って止め、高速で回されていた全員を助け出し、ゆっくりと地面まで下ろす。
そして突然且つ初体験にも近い攻撃により、ターヤは意識が朦朧として視界がぼやけるレベルまで達していた。
(う、あ……ぐる、ぐる……する……)
上手く動いてくれない思考のまま、ぺたりと地面に座り込みながら彼女は回復を待ちつつ、状況を把握しようと足掻く。
一方、マンスの呼び声に応えて自ら顕れた《風精霊》は、しかしその為に本来の力を出せずにいた。
『ああ、もうっ……これ、わたしだけじゃ、どうにもならなさそうだよっ!』
故に現在は、オーラが再度使用した風属性の上級魔術と格闘中であったが、完全には風を掌握できないらしく、その口からは悲鳴にも似た泣き言が上がる。
「――『我が制約の下その能力を開放し』――」
マンスが急いで制限解除の文言を詠唱する中、アクセルは言葉通りの顔でオーラを見る。
「何かやりづれぇよな。これが本当に、あのオーラかよ」
「ええ、どうにもマンスくらい……いえ、それよりも小さい子を相手にしているみたいよね」
「――『汝の意思で行使せよ』!」
彼に同意しつつ核心に近い発言をアシュレイがしたところで、マンスの魔術が完成した。
「〈風精霊〉!」
『よっし、来たぁぁぁぁぁ!』
制約が解除された途端に《風精霊》は一転して元気になり、思いきり風を操る。
「っ!?」
これにより、今度は逆にオーラが風の中に囚われた。彼女は何とか抜け出すか再び風を操るかしようと足掻くが、風の化身を相手に風を掌握するのは、幾ら《神器》と言えども簡単な事ではない。ましてや、冷静さを欠いている今の彼女ならば尚更だ。
「オーラ!」
そして、ようやく我に返れたレオンスが叫ぶように名を口にし、彼女へと呼びかける。
しかし当の本人には聞こえておらず、寧ろそれにより未だ意識が混濁しかけているターヤが状況を認知する事となる。ふらつきながらも視線を動かして、オーラらしき人物を視界に収める。
「オーラ、止めて……」
声を紡ごうとするが、やはりまだ弱々しく小さなものしか出なかった。
『彼女を、止めたい?』
「え……?」
ところが、突如として至近距離から声が聞こえてきた為、ターヤは驚くと同時に戸惑う。揺らめきながらも周囲を見回してみるが、傍には誰も見当たらなかった。
「……?」
スティルバ
タイフーン