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三十章 秘境の楽園‐Ora‐(15)

「オーラのおねーちゃん」
 と、ここでマンスが参加の意を提示してきた。
 自然とオーラの顔が強張ったようにターヤには思えた。
「ぼくね、あの日からずっと、ふしぎだったんだ。何で、おねーちゃんはあんなことをしたのかって。だから答えて。あの日、どうしてあの人を殺したの?」
 それがムッライマー沼でのアジャーニの件を差している事は、誰の耳にも明らかだった。
 オーラもここまで自分自身を曝け出してしまったのだから逃げるつもりなど既に無く、少年の思いに応える為にも口を開く。
「アジャーニさん……いえ、ジェルヴェ=リュカさんもまた、リベラの被害者だからです」
「ジェルヴェ=リュカ? どこかで聞いた事がある気がするわね……」
「彼は元〔戦神の万事屋〕の一員で、十年前の第一位《石蛇眼》レメディオスさんの良き相棒であり、彼女を過剰なまでに崇拝してもいましたから。……ちょうど、リベラとウェイドにように」
 記憶から掘り起こそうと眉根を寄せたアシュレイには、少し感傷的になりつつもオーラが答えを寄越した。
 次々と明らかになる真実に、ターヤは目が回りそうだと感じてしまう。
「まだ私が『オリーナ』であった頃、御二人と〔十二星座〕が衝突した事がありまして、その時、レメディオスさんの手によって……ヴォルフさんが、瀕死の重傷を、負ったんです」

 事実を明かすオーラの表情は、まるで今そのようになっているかの如く、非常に苦し気だ。

 ヴォルフガングと出会っている一行からしてみれば、結果的に彼の命は助かったのだろうという事は解りきっている。それでも彼女にとっては、それが何よりも恐ろしかったのだという事は薄々感じ取れた。

「その瞬間、お父さんの事が脳内を過り――気が付けば、私はレメディオスさんを殺していました。その時からアジャーニさんにはずっと恨まれていまして、一度は彼に殺された方が良いのではないかと考えた事もありました」
「! そんなの――」
「けれど、私には長期に渡って放置していた使命がありましたから、まずはそちらをと考えて、その思考は隅に寄せる事にしました」
 反射的に口を挟みかけたターヤだったが、オーラは話を続ける事でやんわりと遮る。
「ですが、ムッライマー沼でアジャーニさんと再会した時、彼の恨みの大きさを知って私は思いました。このまま復讐を完遂させた後、彼はどうするのだろうと。元々レメディオスさんへの恋情と崇拝とに突き動かされていた彼なので、私を殺してしまえば生きる意味を失い、廃人のようになってしまうのではないか、と。それならばいっそ、憎き私の手で、レメディオスさんと同じ場所に送って差し上げた方が良いのではないかと、そう思ったんです」
 そこで一旦言葉は途切れ、オーラの表情が先程よりも自嘲に歪む。
「結局はリベラを捨てきれない、根本には殺人衝動を抱えた愚かな女なのですよ、私は」
「それなら、俺も同じ事だよ」
 だが、彼女の言を否定するかのようにレオンスが首を横に振っていた。
「闇魔の囁きに負けて、大切な人達をこの手にかけた上、その事実からずっと逃げ回っていたんだからな」
「それを言うのなら、あたしだって〈軍団戦争〉で多くの人の命を奪ったわ。戦争だったから、なんて言い訳にしかならないわよ」
「それなら……俺だって、アストライオスをこの手にかけたよ。それに……もしかすると、もう一人くらい」
 続けてアシュレイとアクセルも同様の発言をした為、オーラは呆気にとられたように両方の目を丸くして瞬かせる。
 そんな彼女へと、アシュレイは手を差し伸べるように言葉を向ける。
「だから、一段落ついたら、あたし達は全員、しかるべき罰を受けましょう? 失った命はもう戻ってなんかこないんだから、そうやって償うしかないのよ。運命だの何だの言い訳してる暇があるのなら、そうするべきだとあたしは思うわ」
 これには声も無く立ち尽くすオーラだったが、他の面子も次々と彼女に声をかけていく。
「そっか、オーラも凄く大変だったんだね。でも、今はわたし達が居るから大丈夫だよ」
「そうだね。それに君の人生はまだ長いんだから、残りはその為に使うべきじゃないかな?」
「うん。おねーちゃんのことは、もうちゃんと分かったよ。だからアシュラのおねーちゃんやスラヴィのおにーちゃんの言う通り、全部終わったら、レオのおにーちゃんと一緒にぼくを見守ること! それから、困ってる人たちをちゃんと助けること! それで良いよね?」
 最後にマンスがいちいち指を立てながら笑顔でそう言えば、途端にオーラの表情が決壊した。

「ありがとうございます、皆さん」
 それから彼女は微笑む。それは、初めての作り物ではない自然な笑みだった。
 そんな彼女を目にしたレオンスが呆気にとられたように目を丸くして口を半開きにするも、すぐに安堵したような柔らかく優しい表情となる。良かったと、その顔が告げていた。彼は最初から全てを知っていて、故に彼女が心配だったのだ。
 皆もまた同様の顔付きとなり、場の空気はすっかりと和らいでいた。
「……ん? そう言えばエマの奴、どこに行ったんだよ?」
 しかし、レオンスを肘で小突いていたアクセルがふと零した疑問で、皆もまた初めてその事実に気付く。言われてみれば確かに、エマの姿だけがその場には無かった。
 そしてターヤは、嫌な予感に襲われていた。先日の様子のおかしい彼が思い浮かんだ途端、一瞬で生じた焦燥が脳内をパニックへと陥れたのである。
(エマ――)
「――すまない!」
 だが、その直後に〔騎士団〕本部の方から、一行の許へと当の本人が駆け寄ってきた。
「エマ!」
「遅いっつーの。何してたんだよ?」
 思わずターヤは安堵と喜びの声を上げ、アクセルは安堵の隠された悪態をつく。
 けれども、相変わらずエマはアクセルの方だけは見ようとはしなかった。
「すまない、なかなか追手の騎士達がしつこくてな」
「そう言えば、おまえは殿だったものな。悪いな、任せる形になってしまって」
 思い出したようにレオンスが言えば、確かにそうだったと皆は気付く。
「おにーちゃん、だいじょぶだった?」
「ごめん、すっかり忘れてた」
 途端にマンスが労わるように申し訳無さそうな顔となるが、スラヴィはあっけらかんとした様子で堂々と謝るっているのだかそうではないのだか判らない言葉を向ける。
 彼らに苦笑するエマを見て、ターヤは気が抜けて涙腺が緩みそうになっている自分に気付く。
「でも、無事で良かった」
「すまない、皆。心配をかけてしまったようだな」
 一行に向けてすまなさそうに苦笑いを浮かべるエマだったが、まるで存在していないかのようにアクセルだけを無視する彼を、当の本人は不満且つ訝しげな表情で見つめていた。
 そこでふと、ターヤはアシュレイが何も言っていない事に気付き、そっとそちらを窺う。
 彼女はただ一人、どこか達観したような、けれど信じたくないかのような表情をしていた。
 その意味がターヤには解らなかったが、どうしてかそれを目にした瞬間、得体の知れない胸騒ぎが始まっていた。エマだけが居ないと知った時よりも更に強い――クレッソンに感じたような、得体の知れない感覚である。
(何か、凄く嫌な予感がする……)
 思わず彼女は、再びエマを見つめていた。


 同時刻、クレッソンは不敵な笑みを浮かべていた。彼は窓から一行が去っていった方向を眺めながら、ゆっくりと弧を描くようにして口を開く。
「さあ、そろそろ開幕といこうではないか、オルナターレ」
 その笑みが、更に深みを増した。

 

  2014.02.02
  2018.03.16加筆修正

メドゥーサ

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