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三十章 秘境の楽園‐Ora‐(14)

「急ぐんだ! 長くはもたない!」
 主に呆然と立ち尽くすオーラに向けて声を放ち、彼は不可視の盾によって殺到しようとする騎士達をその場に押し留める。
 それでも声が届いていないらしく微動だにもしないオーラだったが、傍に居たレオンスの方が反応して即座に彼女を抱え上げ、急いでアクセル達の後に続いた。
 ターヤはそれよりも早くアクセルに続いていたので後方は視認できなかったが、聞こえてきた声から、ひとまずは全員が居るのだと知る。その事には安堵しつつ、けれど彼女は先刻初めて対面したクレッソンが脳内から消せずにいた。
(あの人……何だか、恐くて嫌だった)
 皆が来てオーラの真実が明かされた辺りではそちらに食われかけていたが、時間が経つにつれて、またしても何とも言えぬその感覚が再発しかけていたのだ。
(どういう人かはよく解らないけど、でも、あまり良い人だとは思えないな)
 再度、ぶるりと全身が震えた気がした。
「――おい、一応武器は用意しとけよ!」
 注意を喚起するアクセルの声で意識が現実に引き戻されれば、眼前からも現れた騎士達が一行目がけて襲いかかってきていた。
「やっぱり来たね」
 またしても感心したように呟きながらスラヴィがさりげなく立ち位置を変えると同時、アクセルが大剣を思い切り一振りする。彼がその衝撃波で眼前に居た騎士達を一掃して道を作ると、相手方も怯んだ。
 それを良い事にアクセルの背に隠れていたスラヴィは瞬時に跳躍し、開かれた空間に降り立つ。突然現れた少年に騎士達が驚くのを待たずにすぐさま〈結界〉を発動、それによって彼ら全員を壁に叩き付けた。
 こうして邪魔者の居なくなった道を、外の面々は駆け抜けていく。
 だがしかし、行く先々に騎士達は待ち構えており、だんだんとアクセルの怒りゲージが溜まっていくのが後方に居るターヤでも解った。
 それでも先日のアウスグウェルター採掘所での一件を知っているのか、一行の姿を見て顔色を変えたり後退ったりする者も居たので、いちいち全ての敵を倒す羽目にはならかなかったのだが。
 ただし、アシュレイ達だけではなく自分の顔を見て悲鳴を上げる騎士が居た事が、ターヤとしてはどうにも納得がいかなかった。
 そのような状況のまま、一行は囮役四人が使用したルートを逆行して立ちはだかる騎士達を蹴散らしながら、とうとう正門から〔騎士団〕本部を脱出した。そのまま首都自体を飛び出し、死灰の森に入ったところでようやく立ち止まる。
「何で、よりにもよってここを選ぶのよ!」
 無論即座にスラヴィが〈結界〉を構築したのだが、先頭であったアクセルは一気に怒りゲージが限界を突破したアシュレイに掴みかかられる事となった。
「わ、わりぃ! けど、クンストまで行くとなるとターヤとマンスがもたねぇかもしれねぇし、首都の中は〔軍〕の事もあるから安心できねぇだろ?」
 慌ててアクセルが弁解すれば、途端にアシュレイは怒りの度合いを急激に下げる。
「解ってるわよ、そんな事。でも、ゼルトナー闘技場とかも選択肢にはあったじゃないの」
 本当は理解しており不服なのはそこだけであったらしく、むっすりと拗ねた表情でアシュレイは不満を述べた。
 確かに彼女の言う通りだったとアクセルは気付くも、ターヤとマンスの体力的な意味での疲労具合、そしてオーラの様子を鑑みて、この場に留まる事を彼女に承諾してもらおうとする。
「けど、多分こっちの方が〔騎士団〕も追ってきにくいだろ? わりぃスラヴィ、しばらく〈結界〉の維持を頑張ってもらねぇか?」
「俺なら大丈夫。まだまだ元気だよ」
 自分にとって最後の頼みの綱であるスラヴィ自身にそう言われてしまえば、アシュレイはもう反論する気も起こらなかった。

 それを確認してから、ターヤは気になっていた事を彼女へと問うてみる。
「そうだアシュレイ、どうしてあんなに早く合流できたの?」
 すると即座に合点のいったらしい彼女はすぐに答えてくれた。
「ああ、それね。何を考えてるのか知らないけど、《死神》と《殺戮兵器》なら途中で厭きたように止めて帰りやがったのよ」
「そう言えば、セレスの奴も途中で切り上げたよな」
 戦い足りなかったのかあまりに呆気無かったのか、若干不満そうに眉尻を上げているアシュレイに苦笑しながら、アクセルも先刻の事を思い返しながらスラヴィやマンスへと視線を寄越した。
「おそらく、俺達をクレッソンの前に誘導するのが目的だったんじゃないかな?」
 頷いてそう言いながら、スラヴィはオーラを一瞥する。
 彼女は未だ蒼白く魂が抜けているかのような様子であり、レオンスに肩を支えられる事で何とか立てているようだった。それでも抱えられたままで居ないだけ、まだましな方なのだろう。
 そして彼の発言により思い浮かぶ疑問点があった為、今度はターヤが口を開く。
「そう言えば、さっきもエディットとかフローランとか、幹部っぽい人達は誰も居なかったよね。何か、最初から逃がそうと……じゃなくて、逃げられても構わない、って感じだったかも」
「そうだね。何か、さっきのおじさんの手の上で踊らされてるみたい」
 彼女の言葉に頷き、マンスは眉根を寄せて気に食わないと言うような顔になる。彼の言う『おじさん』がクレッソンを指しているのだという事は、皆すぐに理解できた。
 他の面々もまた同じ事を感じていたらしく、似たような面になっている。
「ところで、もうそろそろ良いからしら?」
 結局は全てクレッソンの思惑通りだったのかとターヤが悔しさを覚えかけた時、話題を変えるかのようにアシュレイの声が飛んでいた。何事かと向いた先で視界に入ったのは、オーラに視線を固定したアシュレイの姿だった。
 オーラは最初から予期していたように、驚く事も問う事もしない。
「あんたが、リベラ=フルージオなのよね?」
「おい、アシュレイ」
 皆の前で認めさせようとするかのような行動をアクセルは諌めようとするが、アシュレイの鋭い一睨みに黙らさせられる。
 レオンスも何か言いたげだったが、他ならぬオーラが肩を支えるその腕に触れて制止していた。驚く彼に頷いてみせると、彼女は手を離して一度ゆっくりと深呼吸を行い、そして一行全員を一人一人見回していく。
「はい、私は……私が、リベラ=フルージオです」
 そうして、自らその事実を認めてみせた。
「「!」」
 本人の口から紡がれた真実に、皆は言葉を失わざるをえない。
 そんな彼らを見て、申し訳無さそうにオーラは微笑む。
「今から、少し言い訳をさせていただきますね」
 それが彼女がリベラ=フルージオとなった理由についてだという事は誰もが察せた為、横槍を入れようとする者は居なかった。
「あの日、お父さんをあの男に殺された後、ヴォルフさんに出会うまで、ただただ、どうしようもない感情のままに当ても無く彷徨い続けていたと以前言いましたが、その時の私こそが、リベラ=フルージオでした」

 先刻の話と合わせて、皆の中で眼前の少女の過去が浮き彫りになっていく。

「元々精神的に弱い私は、眼前で父を殺された事で発狂しかけ、古代語で『自由な翼』を意味する名を名乗り、あの男の影を感じる相手を次々と襲っていました。あの時は殆ど本能のままに動いていたので、あまりよくは覚えていないのですが、おそらくは、そうする事で精神を保とうとしていたのでしょうね」
 実に愚かな話でしょう、とオーラは自嘲気味に笑ってみせる。皆に同意を求めているかのようでもあった。

 それを止めてほしい、とターヤは思う。彼女が自責と後悔に駆られているのはよく解るが、それでも他ならぬ自らの手で自分自身を追いつめてほしくなかったのだ。
「その途中で、オッフェンバックさんと――ウェイドと出会いました。あまりにあの子が私を慕うものだから、しばらくは連れ歩いてしまいましたね。偶然危機を救う事になってしまっただけだったのですが、あの子には、私が救いの女神のように思えたのだそうです」
「だから、あんなに崇拝してたんだな」
 ある意味感心したかのようなアクセルの呟きには、皆もまた同意する。

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