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三十章 秘境の楽園‐Ora‐(12)

 そうして無言となった三人は、それから道中誰とも遭遇する事も無く、寧ろ不気味なくらい簡単に探索する事ができた。
 無論、それに従ってアシュレイの眉間にしわが寄っていったのは言うまでもない。
「流石に、これは罠と疑った方が良いレベルよね」
「おそらく、この先に導かれているのは確かだろうな。幹部が待ち構えているのか、それ――」
 そこで唐突にレオンスの言葉が途切れた。
 何事かと思ったターヤだったが、すぐに彼の表情の変化の仕方でオーラの気配を掴んだのではないかと察し、その方向を見る。
 アシュレイもまた同様の事を考えていたらしく、口を挟まず彼の行動を待っていた。
「こっちだ」
 他ならぬ自身に言うかのように呟き、レオンスは速足になって先へと進んでいく。
 この様子だと抱えてもらってまで自分が来た意味も無かったかもしれないな、とターヤが若干落ち込みかけた時だった。
「「!」」
 曲がり角の先、視界にオーラの姿が入ってきたのだ。
「オーラ――」
「待ちなさい!」
 更に飛び出しかけたレオンスだったが、それよりも早くアシュレイに制される。
 彼が急停止した事で遠心力により危うく左側に倒れかけたターヤだったが、それによってオーラの隣に立つオッフェンバックの存在に気付けた。彼は彼女をどこかに連れていこうとしているらしく、すぐ傍には開け放たれた扉も見える。
 青年もまた相手に気付いたようで、歯痒そうに警戒態勢になっていた。
「やっぱりね、どうせあんたがべったりくっ付いてると思ったわ」
 ウルズ庭園でのやり取りからオッフェンバックがオーラに傾倒していると睨んでいたアシュレイは、最初からこの状況を予測し、また読み取った気配から推測してもいたのである。
「ふむ、思ったよりは早かったようだな」
 対して、オッフェンバックも驚いた様子は見せない。
 やはり、ここまでもクレッソンの策のうちなのだろうかとターヤは考え、ふとそこでオーラの様子がおかしい事に気付いた。彼女は三人の方を見てはいるが、その姿勢はひどく疲労しているかのように少々前のめり気味になっている。
「オーラに何をしたんだ」
 直後、腹部の辺りから聞こえてきた地を這うような低い声に、反射的にターヤが視線を通せば、そこにあるレオンスの顔には憤怒しか浮かんではいなかった。味方である彼女ですらも、ぞわりと背筋を震わせるくらいの形相であった。
「そこに関しては《団長》に訊いてほしいものだな。自分も――」
「何をしたと訊いているんだ!」
 オッフェンバックの言葉など最初から耳に入っていないかのように、レオンスが声を張り上げる。
 オーラが、それに反応したように彼の方に視線を移した。
 逆にオッフェンバックは、わざとらしく空いている方の肩を竦めてみせる。
「話が通じないとは、随分と困ったものだな」
「それは君にも言える事だと思うけどね」
「……同意」
「「!」」
 それに応えるかのように割り込んできた第三者の声で瞬時にアシュレイは振り向き、いつの間にか自分達の背後に陣取っていたフローランとエディットを見つける。そうすれば顔が笑みに塗り替えられる。
「あんた達も出てくるとはね。随分と豪勢なお出迎えよね」
「〔軍〕の《暴走豹》ともあろう人が、今の今まで僕達に全く気付けてないんだから、見ててとても面白かったよ。ああ、でも〔軍〕はもう辞めたんだっけ?」

「ええ、待遇が辛くてね。でも、もうこれで上司について悩む事も無いわよ。その点あんた達は大変よね、いろんな所に駆り出されるみたいだし」
「あはは、別にそんな事は無いよ。大変だけど安定した職場だし。君の方こそ、良い就職先を蹴ったせいで路頭に迷ってるんじゃないのかな?」
 皮肉の籠った言葉の応酬を繰り広げるアシュレイとフローランは互いに笑顔だったが、それは上辺だけの薄っぺらいものであった。その証拠として、現に二人の間では火花が散っている。
 この状況を良い事に、オッフェンバックはオーラを連れてどこかに行こうとする。
「! 行かせるか!」
 これには、そちらから目を離さないでいたレオンスが即座に反応して追いかけた。
 しかし後方から飛んできた何本もの糸が、それを遮るかのように彼の眼前に突き刺さって檻の如き壁となる。糸とは思えない音と衝撃と光景、そして威圧感であった。
「わっ!」
「ちっ!」
「まだ《団長》に君達を足止めするように言われてるからね。しばらく付き合ってもらうよ」
 ターヤの驚き声に応えるかのようなタイミングで、フローランが主にレオンスへと声をかける。
 行く手を阻まれる事となった彼は舌打ちを隠さず、すばやく短剣を鞘から引き抜きながら背後の敵二人を振り返った。
「上等よ、相手になってやるわ! レオンスはターヤとオーラをお願い!」
 彼が何か言うよりも先にアシュレイは応えると、この場で最も急いているであろう人物へと向けて一際大きな声で名を呼んでやる。彼女なりのサービスのつもりだった。
 一足先に気付いたターヤは、慌てて杖を取り出して詠唱を開始する。
 一歩遅れて気付いたレオンスは武器を手にしたまま深呼吸し、高ぶる気持ちを落ち着ける。
 その間にも、アシュレイは抜刀しながらエディット目がけて突進していた。戦闘要員ではないフローランが端から頭数に入れられていないのは普段通りである。
「あんたの相手は、あたし一人で充分――よ!」
 襲いくる何本もの糸を全て難無く避けながら、アシュレイはエディットの懐に飛び込もうとする。
 だが、簡単にテリトリーに踏み込ませるエディットではなく、すばやく糸をかき集めて防壁を構築した。そこに相手の攻撃がぶつかると同時に解いて糸に戻し、レイピアを絡め取るないしは切り刻もうとする。
 けれどもアシュレイがその行動を察して高速で避けた為、二人は膠着状態のままだった。
「――〈技攻上昇〉!」
 アシュレイが彼らの相手を引き受けてくれている間に、ターヤはレオンスの物理攻撃力を上昇させ、彼はその強化されたステータスにより眼前の障害物を一つ残らず一刀両断した。そしてアシュレイに一瞥だけくれると、後はそのまま二人が消えた前方へと駆け出していく。
 無事に彼らが進めた事を気配で確認しながら、アシュレイはエディットとの交戦を続ける。しかし、どうにも相手がわざとターヤとレオンスを行かせたように思えてならなかった。
「あんた、どういうつもりよ?」
 エディット糸と刃を交えながら、声はフローランの方に向ける。
「さあ、どういうつもりなんだろうね?」
「まあ、最初から真面目に答えるとは思ってないけど」
 相も変らぬ胡散くさい笑みを湛えてはぐらかすフローランを切り捨て、アシュレイはエディットとの交戦に意識の大半を向け直す。
 一方、オッフェンバックに連れていかれたオーラを追うレオンスとターヤは、相手が歩きなのに対して駆け足であった為、すぐに追いつく事ができた。
「オーラ!」
 思わずターヤは名を呼ぼうとしたが、レオンスの迫力のある声に押し負けて口を噤んでしまう。ついつい手で口元を押さえてしまう程であった。
 だがしかし、振り向いたのはオッフェンバックの方だった。
「ふむ、しつこいな。自分達は積もる話もある。遠慮してもらいたいところだな」
「そんな状態の彼女を、おまえ達に任せておけると思うか?」
 困ったような笑みと共に肩を竦めてみせる彼に対し、レオンスは敵意を剥き出しにしている。

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