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三十章 秘境の楽園‐Ora‐(11)

「ならば、私もそちらになろう」
 おや、とターヤは目を瞬かせる。この前から意図的にアクセルを避けているようであったエマが、ここに来て彼と同じチームに属する事を自ら望むとは。
 同じように皆も疑問に思っている中、さりげなく会話の主導権を握ったエマは進行役になり代わる。
「潜入するのは機動力のある者の方が良いだろう。私としてはレオンスとアシュレイと、それから念の為にバランスを考えてターヤの三人を推したい」
 えっ、と声を上げたのはターヤである。
「でも、わたし、足は遅い方だよ?」
「それなら、俺が抱えれば解決じゃないかな。そうするかい、ターヤ?」
 しかし、ここについてはレオンスの冗談交じりな声によって、あっさりと解決された。
 実際のところよく解っていないターヤだったが、そういうものなのかと納得して頷く。
「うん、レオンがそれで良いならお願いします」
「決まりだな。じゃあ、俺とエマとスラヴィとマンスが囮役で、アシュレイとターヤとレオンが潜入するって事で大丈夫か?」
 最終確認としてアクセルは再び全員を見て、異論が無い事を視認するとよしと声を上げた。
「なら、とっとと行こうぜ。案外、オーラの奴も何事も無かったように脱出してるかもしれねぇしな」
「それは無いでしょうね」
 主にレオンスに対して気を使ってのアクセルの言はしかし、アシュレイによって呆気無く一刀両断される。
「あの女が《神器》だと解った上で呼んだって事は、何かしらの狙いがあるって事よ。十中八九、あの女はまだ〔騎士団〕本部に足止めされてると思うわよ?」
「そうなんだ……」
 それをオーラでも苦戦するような相手だと解釈したのか、マンスの顔色が若干悪くなる。
 そんな少年の肩にレオンスは軽く手を置いた。
「けど、俺達には《世界樹の神子》がついているからな、大丈夫だよ。なあ?」
 そうしてウインクを向けてきた為、ターヤは彼の意図を悟って頷いてみせる。
「うん、大丈夫だよ、マンス」
 言葉通り、ターヤは特に不安も恐怖も覚えてはいなかった。クレッソンという人物とまだ直接対面した事が無いからなのかもしれなかったが、とりあえず現時点での彼女は、オーラが言う程は警戒していなかったのだ。
 安定した表情でそう言われてしまえば、少年も安心したらしい。
 それから一行は死灰の森を出ると、なるべく平静を装いながら、その実慎重に首都へと足を踏み入れた。〔騎士団〕は言うまでも無いが、ここには〔軍〕の本部もあるからだ。
 特にアシュレイの気の張り方は凄まじかった。まさに『豹』の名に相応しい目付きだった。
 そうこうして目的地の近くまで辿り着くと、潜入組は正門から外れた塀の傍、囮組は正面へと向かう。ちなみに真正面から行く事にした理由は、おそらく来る事を見越したクレッソンが幹部の誰かを配置しているだろうから話は早い筈、とのアシュレイの言からであった。
 果たしてその通り、開け放たれていた正門から堂々と〔騎士団〕本部に入った囮役の四人は、そこで待ち構えていたセレス、並びに何十人もの騎士達と対面する事になる。
「スタントンの言った通りだったね」
「流石アシュラのおねーちゃん」
「ごめんねー。よく解らないんだけど、《副団長》にしばらく相手してろって言われちゃったんだよ~」
 スラヴィとマンスが感心すれば、セレスが申し訳無いと言うかのように笑ってみせる。
 だが、エマは彼女の言葉に反応を示していた。
「? なぜパウル・アンティガが……?」
「さあな。クレッソンに借りでも作っちまったんじゃねぇの? 対立してるんだろ?」
 発言主はアクセルだったのでエマが応える事は無かったが、確かにそうかもしれないという顔にはなる。それから彼は神妙な様子で周囲を観察し始めた。
 何だかなと言う顔になりつつもひとまずは置いておく事にして、アクセルは背中の鞘から大剣を引き抜いた。

「あれ? そう言えば、何だか人数が足りないような――」
「さて、と。相手してくれるんだろ、セレス?」
 気付きかけたセレスの思考を逸らさせるべくアクセルは声をかけ、開戦を促す。
 すると彼女は彼の思惑に嵌ったのか、はたまた乗ってくれたのか、とにもかくにもその話題に移ってきた。
「ふふん、この前のようにはいかないからね~」
 囮役が正門にて幹部と戦闘を始めた頃、潜入組である三人は、文字通り高所に位置する窓から潜入していた。以前ターヤ達が使用した裏口は押さえられているかもしれないと、アシュレイが判断して没になったからだ。ちなみにターヤの支援魔術〈空中浮遊〉で浮かび上がり、レオンスの手管で鍵を開けて侵入するという手筈だった。
 先に気配で誰も居ない事を確認済みだった為、誰かの部屋と思しき室内は無人である。
「さて、ここからはなるべく気配を消していくわよ。ターヤは無理だと思うから別に気にしなくて良いけど」
 確かにその通りなのだが、何とも居た堪れなくなったターヤである。
 複雑そうな顔になった彼女に苦笑しつつ、レオンスはアシュレイの言葉に頷いてから、足音を立てずに扉へと近寄った。外に気配が無い事を確認してから、無音でドアノブを回して扉を開ける。
「大丈夫みたいだな」
「なら、とっとと行くわよ。早いとこ、あの女を見つけて連れ戻さないといけないんだから」
 音は立てず速足気味に部屋から出ていくアシュレイの背中へと、素直じゃないなと言わんばかりにレオンスは肩を竦めてみせた。それからターヤを手招きする。
 足音を立てないように気を付けながら近付いたターヤだったが、傍まで行った瞬間左腕だけで抱え上げられたので、思わず驚き声を出しそうになってしまった。何とか両手で口元を押さえ、声自体も飲み込んだのでセーフではあったが。
 気付いたレオンスが申し訳無さそうに苦笑した。
「悪い、突然すぎたな。とにかく最初に言った通り、隠密行動をとっている間はこうさせてもらうよ。それに、ターヤとしてもこの方が楽だろうしな」
「あ、うん。宜しくね、レオン」
 後半が冗談なのは解っていたが、そこには触れずにターヤは小声を返す。
 返事を受け取ると、レオンスは彼女を抱えたままアシュレイを追って室外へと出て、少し先の曲がり角で息を潜めている彼女の許まで行った。
「悪いな、少し遅くなって」
「結局抱える事にしたのね。ま、そっちの方が、もしも見つかった時とかに楽で良いんだけど」
 抱えられたターヤを見てアシュレイがそう言えば、それを待っていたかのようにレオンスが話を分岐させた。
「それにしても、エマニュエルも何を考えているんだろうな。確かに戦闘におけるバランスは良いけど、隠密に向かないターヤをこちら側にするとはな。そうは思わないかい?」
 遠回しに足手纏いだと言われているようで、ぐさりと胸に鋭利な何かが突き刺さったような痛みを覚えたターヤだったが、すぐにレオンスがアシュレイを試しているかのような声色と言い方である事に気付く。現に、彼の眼は彼女を捉えていた。
 対して、アシュレイは知らないと言いたげに目は彼を見ず、廊下の曲がった先へと向けていた。この分だと、意識の大半も周囲の気配を探る方に回しているのだろう。
「さあ、あたしだって、エマ様の考えてる事が全て解る訳じゃないもの。それにしても、ここも意外と警備が適当と言うかザルよね。だいたい、外側に窓を作ってる時点で侵入してくださいって言ってるも同然なのよ。鍵をかけてても魔術で開けられるんだから。これを設計した奴はよっぽど自信があったのか、それを許容していたかのどっちかね」
 一見アシュレイは普段通りのように思えて、その実さりげなく話題を逸らしている事にターヤは気付く。この話はしたくないと主張しているも同然であった。
(アシュレイは多分、エマが何を考えてるのか気付いてるんだ)
 レオンスも気付いていたが、現状を踏まえて追及する事はしなかった。

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