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三章 廻り出す円‐omen‐(9)

「お連れの方々とは、どのような関係でして? 見たところ、血縁関係にあるようには見えませんでしたし、お一人は軍人でいらっしゃましたけれど」
 何だかとっても質問責めに遭っている気がして、ターヤは内心どうしたものかと焦る。自分の事の話すのは気が引けたし、何より『記憶喪失』だと口にすると、皆すぐに申し訳無さそうな、同情するような顔になるからだ。そのような顔をさせたい訳でも見たい訳でもないし、そうなると今度は、相手にそんな顔をさせてしまう自分の境遇を謝りたくなってしまう。
 だから、できれば彼女は、その辺りに関わりそうな話は言葉にしたくなかった。とは言っても、既にアクセル達やメイジェルには自ら話してしまったのだが。
 そういう訳で、当たり障りの無さそうな嘘で誤魔化そうと考える。
「あ、えっと、その……」
 だが、残念ながら、どうやら彼女は嘘を得手とはしていないようだった。それに、実際この世界の事も全て理解してはいないし、地名も全く知らないのだ。そのような状況下において、どうやって虚偽の経歴を作り出せるというのだろうか。
「えっと……」
「もしかして、言いにくい事ですの?」
 言葉に詰まる様子を、他人には言えない事情があると解釈したらしく、リュシーは申し訳無さそうに身を縮めた。
「あ、違うの! ただ、みんなとは出会ったばっかりで――」
「うふふ、では、ターヤさんは、お連れの方々と出会って間もないのですね」
「う、うん」
 嘘をつく前に自ら墓穴を掘った上、図星まで突かれてしまい、ターヤは頷くしかない。
 意識しているのかどうかは定かではないが、何気にリュシーは誘導尋問が上手いようだ。現に、彼女は柔らかな笑みを湛えてはいるが、その口元と目は、相手が見事に己の策にはまっている状況を見物する軍師のように楽しそうだった。
 このままだと、全て話さなければならない状況に陥りそうな気がした為、慌ててターヤは話題の転換を図る。
「そ、そう言うリュシーこそ、どうしてここの宿屋に泊ってるの? エンペサルに住んでる訳じゃないと思うから、図書館に用があったとか?」
 明らかでわざとらしい逸らし方だとは思ったが、リュシーはそれ以上を追求してくる事は無かった。
「それもありますが、それだけではないのです。現在、私はとある理由で世界中を旅していまして、ここの図書館に寄るがてら、宿を取ったのですわ」
「へー、そうなんだ」
 思惑に乗ってくれた事に安堵しつつ、旅をしているという部分に若干の仲間意識を覚えかける。けれどもすぐ、そもそも目的も何もかもが違うと気付き、内心で激しく首を振る。
 その心情に気付いているのかいないのか、リュシーは微笑した。
「そうそう、話を逸らしてしまうようで申し訳無いのですけど、一つ確認したかった事がありまして」
「え、何?」
 思わず心臓の鼓動が速度を上げた。
「お連れの方々は《旅人》なのでしょう?」
「えっ! ど、どうして……!」
 予想外且つ、あまりの唐突な言葉にターヤが狼狽すると、リュシーは可笑しそうに声を立てる。
「なぜ解ったのか、と御訊きになりたいのでしょう? 簡単な事ですわ、御連れの方々の身のこなしが、一般人とは思えませんもの」
「え、いつ見てたの?」
「ターヤさん達がこの宿にいらした時ですわ。皆さん御疲れのようでしたけど、表情には出ていませんでしたし、いつ何事かが起こっても対処できるよう、常に気を張っていらっしゃるようでしたので」
 ふふ、と思い出したように微笑むリュシー。

 しかし、彼女の口にする一字一句が、ターヤには到底理解まで及ばないと公言できるものばかりだった。だからこそ、目が丸くなり、何度も瞬きを繰り返している。

「そんな事まで解っちゃうの?」

「ええ。私も《旅人》ではないにしても、世界中を旅する身ですもの、多少は解りますわ。とは言いましても、種明かしをさせていただくと、今までも《旅人》を何人か見てきたから、というのもありまして。ですから、纏う空気で何となく察しがついてしまうのですわ」

「はぁ」

 何とも間の抜けた相槌だとは思いながらも、実際リュシーに圧倒されてしまったターヤは、そうとしか返答できなかった。一般人かと思っていた彼女も、実は結構な洞察眼を持っているとは。この世界で出会う人々は、なかなかに外見だけでは判断できないらしい。

「ふふふ、ターヤさんはとても素直なのですね。思っていらっしゃること、顔に出ていましてよ?」

「そ、そうかな?」

 いきなり話題が自分の事に戻ったからなのか、声が詰まった挙句に裏返る。

「ええ、私には解りますわ」

 その瞬間、何かが背筋を駆け上がった。

 リュシーの微笑みと声を五感で認識した瞬間に襲ってきた、得体の知れない感覚。一瞬で駆け抜けていったというのに、未だ残留する気分の悪さ。自分の奥底全てを見透かされたかのような、強い錯覚。それはまるで、悪寒のようだった。

(何、これ……?)

 思わず両腕で身体を抱き締める。それでも尚、その不快感は拭い去れなかった。

「ターヤさん、どうかされまして?」

 リュシーの声で、我に返る。弾かれるようにして顔を持ち上げれば、眼前には心配そうに眉尻を下げた女性が座っていた。そこに、先程感じた気持ち悪さは無い。

 あれはやはり気のせいだったのかと考え、感じてしまった失礼な胸の内を知られないよう、ターヤは話題を探した。

「ううん、大丈夫。ちょっと疲れが溜まってたみたいで……ごめんね?」

「いえ、それは申し訳ありませんでした」

 律儀に頭を下げてきたリュシーに、慌てて両手を振る。

「ううん、リュシーが気にする事じゃないから! あ、そうだ、そういえば、リュシーは世界中を旅してるって言ったよね?」

「え、ええ、主に〈神話〉について調べていまして」

 急に話題を振られたからか、珍しく彼女は驚いた様子だったが、返答はしてくれる。

 だが、そこでターヤには、またも疑問が生じてしまったのだった。

「神話?」

 脳内をひっくり返してみるも、そのような話は誰からも教えてもらってはいない気がした。そもそも、この世界に『神』という存在が居るのかどうかや、宗教については何一つ聞いていない気がする。

 リュシーもまた、ターヤの反応から彼女が神話を知らないと気付いたらしい。

「あら、御存知なかったのですか。でしたら、まずはそこから御話ししますわ」

「あ、うん、お願いします」

 ありがたい申し出に頷いて頭を下げると、講師となった女性は微笑んだ。

「はい、喜んで」

 しかし、すぐ申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「とは言いましても、神話というのはその名の通り、この世界を創ったとされる神々の物語ですわ。ただ、現在ではあまりに脚色されている物も多いので、どれが真実なのかを見極める途中でして、詳しくは御話できないのですけれど。私の知り得る範囲で宜しいでしょうか?」

「うん、お願いします」

 肯定の意を示すと、では、という前置きと共に話は始まった。

 曰く、この世界と自然、そこに住まう生命などというこの世の全ては、《四神》と呼ばれる四人の神々――始祖神ミシェル、創造神スノウ、破壊神フレア、終焉神ルシフェルによって創られ、見守られていたそうだ。

 しかし、ある時四神は争った後、忽然とこの世界から居なくなった。その見解は諸説様々だが、真実には未だ誰も辿り着けてはいないらしい。

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