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三章 廻り出す円‐omen‐(7)

 彼ら〔月夜騎士団〕は、自分達の事を『敵』であると先のダンジョンで認識しただろう。軍人たるアシュレイと共に居た事もあるだろうが、彼らの行為は決して許容できるものではなかったからだ。故に、見付かれば確実に問答無用で殺される。

 だが、相手の情報が入手できるかもしれないこの機会は、好機と取れた。
 それに、アシュレイは《元帥》から〔騎士団〕の情報を収集するようにと言われていた。彼女の役にも立つ筈だ。
(……よし。わたしにも、これくらいはできる筈だから)
 決意も新らに更に情報を集めるべく、その為にもできる限り耳を近付けようと、ターヤは音を立てないように少しずつ動いていく。一歩、もう一歩――
 ――じゃり、と、足元から音が鳴った。
「「!」」
 三人の視線が、一斉にターヤが身を隠す通路がある方向へと集中する。
「今、音がしたな」
「誰か、居るみたいだね」
「……盗聴」
 フローランとエディットの言葉で、ターヤは我に返った。踏んだ砂を地面にこすり付けてしまった音は、やはり部外者が潜んでいる事の証として成立してしまったようだ。
 なんて、愚かな真似をした。
「聞かれてしまったからには、始末しかない」
「だね」
「……抹殺」
「……っ!」
 ぞわりと背筋を走るもの――紛れも無い、恐怖だ。
(どうしよう……!)
 急速に焦りがその姿を現す。会話に集中している三人は気付かないだろうと、安心する気持ちが巣食り、本人も知らぬ間に緊張が緩んでいたのが仇となってしまった。相手は、かの二大ギルドが片翼たる暗殺ギルドで、自分は隠密の経験も無い素人だというのに。
 自らの存在を示すように、軽快音を鳴らしながら近付いてくる足音。
「……っ」
 ターヤはその場から動く事もできず、ただ突っ立っていた。全身が恐怖に塗り固められ、足どころか全身が言う事を聞いてくれない。エディットを見かけた時点で、追わなければ良かった。少し話を聞いた時点で、この場を離れれば良かった。様々な後悔が脳内を駆け巡るが、それら全てが後の祭りだ。
(逃げなきゃ、逃げなきゃいけないのに――っ!)


 ――じゃり。
 密談中に耳に届いた、明らかに動物の類ではない砂が地を擦る音。
「「!」」
 それに、エディットとフローランは過敏に反応した。勿論、オッフェンバックも同様に。
 その事だけは少々どころか非常に気に喰わなかったフローランだが、それは置いておく。
「誰か、居るみたいだね」
 それは、一種の勘のようなものだった。確信は無い。しかし、〔騎士団〕で裏の仕事をこなしてきたフローランには、それがこの場に相応しくない人物のものであると、瞬時に理解できるようになっていた。
「……盗聴」
 エディットも同じ考えを抱いていたらしく、鋭い視線を部外者が居るであろう通路へと向ける。
「聞かれてしまったからには、始末しかない」
「だね」
 流石に気に入らない相手だとしても、その意見は正しかったので同意する。そして、隣に立つエディットと眼を合わせた。

「……抹殺」

 だらんと力無くぶら下がった彼女の指の先では、よくよく目を凝らしても見えにくい程に細い糸が数本、うねるように不気味に蠢いていた。

 あまりに良すぎる切れ味から、エディット以外の誰も使用できない特注品のそれ。空気に溶けるような色の為に見分けがつかない点と上記の点が作用して、彼女以外には不可視の武器。

(いや、あと一人、『彼』になら可視なのかもしれないけど)

 その様子で察したらしいオッフェンバックが彼女を見た。

「アズナブールが殺るのか?」

「別に譲ってあげても良いけどね」

 皮肉を込めた笑みで返すと、相手は首を振った。

「いや、自分は遠慮しておこう」

「それなら、口は挟まないでよ」

 その場から動かず、お手並み拝見と言わんばかりに佇む彼を置いて、二人は一歩一歩その方向へと進み始めた。

 歩きながら、彼女を見ずに口を開く。

「付けられてたのは知ってたの?」

「……承知。但……先刻……撹乱」

 一度は完全にまいた筈なのに、と呟くエディットの言葉で、少しばかり興味が沸いた。自身とは異なり気配を読める筈のオッフェンバックが黙っていた事は、ひとまず置いておく。

(エディットにまかれても、また追跡できるなんて、ねぇ)

「誰だと思う?」

「……軍人……軍犬」

 そこで小さく首を振る。

「……別人……仲間?」

「豹と一緒に居た人って事? そう思った理由は?」

「……気配……空気……一瞬……素人」

 それは、彼と同じく、幾つもの死線を越えてきた彼女だからこそ感じられるもの。

 それでも最初から部外者の気配に気付けなかったのは、オッフェンバックが馴れ馴れしく話しかけてきた事もあるのだろう。エディットもあからさまに顔を顰めていたのだから。

 だが、それだけではない気がした。一瞬だけしか気配を感じなかったのに、素人だというのも変な話だ。それでもエディットが言うのだから間違いは無いし、先程の追跡の話にも関わってくるのであろう事は推察できる。

「なるほどね。次は誰だか考えてみようか。確かに豹なら、堂々と乗り込んで来るだろうし、こんなミスは犯さないよね。それで、あの剣士も槍使いも玄人みたいだったから……となると、最後に残ったのは治療士かな?」

「……同意」

「なるほど、あの子か。確かに気配は素人だったし、実際に戦ったところは見てないから、そういう〈技巧〉を持ってるかもしれないよね」

 うん、と嬉しそうに頷き、再び少女に視線を向ける。

「エディ、今回はどう殺るのかな?」

 そして、満面の笑顔で隣の幼い少女に問うた。

 明らかに笑いながら口にするようではない問いに、しかし彼女は特に気を悪くした様子も無く、すぐに答えを出す。ただし、その表情は僅かに拗ねているようでもあったが。

「……解体」

「バラバラか……良いね。それなら、殺した暁には、豹達に生首でも贈ってあげようか」

「……了解」

 少しだけ嬉しそうな彼女に微笑んで、彼は徐々に部外者との距離を詰めながら近付いていく傍ら、隣の少女が先刻とは打って変わって機嫌良さそうに指を動かしている事に気付き、思わず顔が綻んだ。

(やっぱり、エディットは『エディット』じゃなきゃ、ねぇ?)

「それじゃあ、盗み聞き犯の顔でも――拝見しようかな?」

 すばやく動いて片足を踏み込み、驚きで相手が硬直しているところを強襲する。

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