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三章 廻り出す円‐omen‐(5)

 最高責任者《元帥》の腹心の部下であるという事は、すなわち実力を認められている事の証明に他ならない。アシュレイの階級があの歳で《准将》であるという時点でも、既に異例の事態であるというのに。
 彼女が自分よりも階級の高い《中将》を部下のように扱えていた理由は、他にもあったという事か。
「何だ、そこは聞いてなかったのかよ? けど、単に歳だけってなら、もっとすげぇ奴も居るんだ。アシュレイは今十五歳なんだけどよ、今の《元帥補佐》は十三歳なんだぜ? で、そいつは『天才にして秀才』って呼ばれてるんだ。多分、天性の才能も持ってる努力家なんだろ」
 アシュレイに匹敵するかそれ以上の人物も居るようで、ターヤの驚きは収まるところを知らない。
「……〔軍〕って若い人が多いの?」
「いや、今は偶然、若い奴の方が実力があったってだけだな。しかも、今の《元帥》なんて見た目は少年なんだぜ?」 
 今度こそターヤは言葉を失った。
「ま、実年齢は二十歳を越えてるらしいけどな」
 だが、悪戯が成功したと言わんばかりの笑みで付け足したアクセルに、脱力すると同時、仄かな安堵も覚える。
「何だ、吃驚した……元帥も十代なのかと思ったよ」
「流石に〔軍〕もそこまで特殊じゃねーよ。十代で偉い地位に居るのも、アシュレイとその《元帥補佐》くれぇだしな」
 それでも、僅か十代前半という若さで巨大ギルドの高位についているという事実は、並大抵の事ではない。無論、それに伴う周囲からの理不尽なやっかみ、若さ故の苦労なども付いて回るのだろうが。
 そして、すっかりと〔軍〕の話で流されてしまったが、エマとアシュレイの間にある何か。それはアクセルも薄々感付いている事で、けれど踏み込む事のできない、何か。だからこそ、彼は他の衝撃的な話題を持ち出してまで、ターヤの注意を逸らそうとしたのだ。
(わたしも記憶喪失だし、いろいろと変な事を起こしたりしてるみたいだけど、みんなもそれぞれ抱えてる事があるんだろうな)
 そのようにして思考に浸っているうちに、二人は武器屋の前に辿り着いていた。
 アクセルは愛用の大剣を修理するまでの代替品を探すという目的があるが、彼に連れ出されたターヤとしては特にする事も無いので、ぶらぶらと店内を見回っていた。最初はメイジェルに声をかけようと思って捜したのだが、既に彼女は〔ユビキタス〕に帰ってしまったのか、その姿は見当たらなかった。
(もう一度、メイジェルに会いたかったなぁ)
 小さく息を吐いて、アクセルに一言告げてから図書館にでも行こうと考える。
「――!」
 そこで窓の外に、ある人影を見た。
「……!」
 見覚えのある人影に、反射的にターヤの身体は動く。アクセルに伝言を残していくだとか、彼を呼んで一緒に行くだとか、そういった選択肢は思い浮かんでこなかった。ただ、今すぐ追わなければ見失うと、その確信しかなかったのだ。


「――いったい、これはどういう事でしょうか?」
 一方、〔PSG〕に向かったアシュレイはと言えば、アクセルの予想通り、受付の女性を捕まえて、インへニエロラ研究所跡での連絡不備について詰問していた。
 彼女の斜め後ろでは、若干の不安を覚えたエマが待機している。
 軍人自体が〔PSG〕に居る事は別に珍しくもないようで、人々はさほど注視してはいなかったが、既にアシュレイは声色に怒気を孕んでいる。彼女が怒りを露わにするのは時間の問題であり、そうなれば周囲の注目を集めるのは必然だった。
 故に、彼は一定のラインを越えるまでは彼女に任せ、自らはそのタイミングを見計り、そこで止めようと考えて、今は無言を貫いているのだった。

「今回の討伐については、事前に〔軍〕本部から連絡が来ていた筈です。そして、あなた達がそれを受諾したのも、こちらで確認済みです」
 口調は対外用の丁寧語ではあるものの、その表情と声色からは冷静さの欠如が窺える。
「はい、確かに〔モンド=ヴェンディタ治安維持軍〕から、そのような連絡は頂きました」
「でしたら、なぜ一般人にクエストとして提示したのですか?」
 その言葉に、ゆっくりとアシュレイの眼が据わっていく。
 対して、受付の女性は変わらぬ笑みを湛えていた。
 だが、その笑顔は今となっては張り付けられた仮面のようにしか見えず、エマは微かな身震いを覚えた。
「上の指示でしたので。それから、この件は一般人にはクエストとして提示はしておりません」
「は――?」
 思わぬ言葉に、軍人としての顔をアシュレイが忘れかけた瞬間、周囲の様子が一変した。
 先程までの喧騒とも呼べる、いっさいの声や物音が掻き消えていた。人々もまた、まるで時が止まったかのように個々のポーズで固まっている。
 その光景にアシュレイは驚愕するも、エマは覚えがあった。
「これは……」
「ここからは、私が説明します」
 突然の声に振り向けば、受付嬢の隣にはリチャードが立っていた。
「あんた、遺跡の……!」
 アシュレイを見ると、彼は一礼した。
「先刻は名乗りもせず失礼しました。私はリチャードと申します。以後、お見知り置きを」
「なるほど、あんた〔PSG〕と関係があったのね。どうりで、その髪色に既視感を覚える訳だわ」
 確かに、リチャードと受付嬢の髪の色は同じ黄色だった。
 彼女の言葉に、彼はわざとらしく首を傾げてみせる。
「おや、そこは血縁かと尋ねるところではないのですか?」
「〔PSG〕はいろいろと特殊だもの。それに、あんたと彼女、別に顔が似てるようには見えないけど?」
「それもそうですね」
 ばっさりと切り返すアシュレイに肩を竦めてみせ、リチャードは彼女の言を肯定した。
 そこでエマが口を挟む。
「それで、貴様が出てきた上、時属性の魔術まで使っているという事は、私達に話があるのだろう?」
「ええ。まず、この度の一件は、私が仕組んだ事です」
「あんたが出てきた以上、そうじゃないかと思ったわ」
「これに関しては、お二人並びに〔軍〕の方々、そしてこの場には居ないお一人には、多大なご迷惑をおかけしまして、すみませんでした」
 そう言うと、リチャードは深々と頭を下げた。
 しかし、先程の挨拶といい今の謝罪といい、彼の言葉は文字だけ見るならば丁寧だが、そこには感情が感じ取れなかった。これは必要な事件だったとでも言いたげで、とても反省の色は窺えない。
 故にアシュレイは彼に対し、胡散くさいとの評価しか持てなかった。
「では、なぜそのような事をしたのだ? ターヤに、関係があるのか?」
「そうです。この件は、ケテルの覚醒を促す為でした」
 やはり、とエマは思う。
 逆に、アシュレイはやるせない感情を生じさせていた。
「人は危機的状況に陥る程、自らの真の力を発揮します。故に、かの〔月夜騎士団〕の猛者である《殺戮兵器》並びに《死神》と対面させれば、あるいは彼女の力が呼び起こせるかと思ったのですが……彼女の命を危険に晒してしまったので、今回の件は失敗でした」

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