The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三章 廻り出す円‐omen‐(4)
「――失礼します!」
先程退室したばかりのアジャーニ中将が、扉を壊しかねない勢いで戻ってきた。
予測もしていなかった事態に皆が個々の驚きを表す中、彼は慌てた様子でアシュレイに一礼すると、今度は彼女ではなく、三人の方に向き直ったのだった。
何事かと構える一行だったが、彼は落ち着いたのか、今度は軍人らしく態度を改めていた。
「先程は挨拶も無く、また一時退室という形を取り、失礼しました。改めまして、私は〔モンド=ヴェンディタ治安維持軍〕所属、ブライム・アジャーニ中将と申します。この度は、准将に御助力の程、ありがとうございました」
感謝の言葉と共に一礼されて、ターヤは戸惑う。彼女にとっては唐突な事だったのだ。
「しかし、今回の件は完全にこちらの不手際です。つきましては、何かしらの謝礼をと考えております」
述べられた言葉で、更にターヤは目を丸くした。礼を言われた上、何かしら見返りを貰える程の事だとは意識していなかったからである。それより、急にそのような事を言われても、どのように反応すれば良いのかが解らなかった。
アクセルはここぞとばかりに調子に乗りかけて、事前にエマに鉄拳で防がれていたが。
アシュレイはアジャーニに一任しているのか、口は挟んでこない。
「いや、そこまで大事にされる程の事ではない。人が困っているのなら、助けるのはあたりまえだろう?」
「ですが、それではこちらの顔が立ちません」
やんわりとエマは彼の申し出を断るのだが、アジャーニは頑なに了承はしなかった。
困り果てて互いに視線を交わすターヤとエマだったが、そこにアクセルがすばやく割り込んでくる。今度は阻止する間を与えない、鮮やかなまでの流れだった。
「なら、聞きてぇ事があるんだけど良いか?」
「はい、何でしょうか?」
了解を得たとなるや、彼は鞘から大剣を抜き、相手によく見えるように横にして持った。
「こいつを作った奴、誰だか知らねぇか? 多分〔ユビキタス〕のどいつかだとは思うんだけどよ」
失礼、と一言断りを入れると、アジャーニは大剣を受け取ってまじまじと観察し始めた。
物を見ただけで製作者が解るのだろうか、とターヤは少なからず疑問を感じる。だが、そのような〈技巧〉もあるのかもしれないと考え、黙って彼の判断を待つ。
件の大剣を一通り確認し終えると、アジャーニはアクセルに返却した。
「間違いありません、これは《鍛冶場の名工》の作品ですね」
「やっぱりな。ここに刻んである紋章からして、薄々そんな気はしてたんだけどよ、確信は持てなかったんだ。けど、〔軍〕の奴なら俺より詳しいと思ってな」
「それで、お礼代わりにその人に訊いたんだ」
「ま、そーゆー事だ」
どうやらアクセルは、最初から検討はついていたらしい。
「って事は、その人ってそんなに有名なの?」
そんな彼女の質問に答えたのは、アジャーニだった。
「ええ、〔ユビキタス〕の《鍛冶場の名工》スラヴィ・ラセターといえば、気紛れで、基本的に気が向かないと武器を作る事はありませんが、その武器の完成度と耐久力から『神にも匹敵する武器を作る』との誉れも高く、まさに『天才』と称するに相応しい方ですね。故に、彼が作った武器には常に高値なのですが……」
そこで、アジャーニは言葉を切ってアクセルを見た。ようは、どのようにしてそれ程の貴重品を手に入れたのかと問いたいのだろう。
しかし、アクセルは意味深な表情を浮かべて誤魔化すだけだった。
「あー、それは……秘密って事で」
そう言われると更に知的好奇心を満たしたくなるのが人間という生き物の性だが、そこは軍人としてアジャーニは自制した。その衝動を誤魔化し抑制する意味合いも兼ねて、懐から紙と筆記具を取り出すと、一度アシュレイを見る。
彼女は好きにすればとでも言いたげに、手を軽く振っただけだ。
それを了承の合図と取ると、彼はその紙上に筆記具で何事かを書き連ねていった。
何事かと思うアクセル達ではあったが、黙ってその行動を見守る他ない。
「こちらを」
筆記を終えると、アジャーニはその紙をアクセルへと差し出してきた。そこには、彼の名と〔軍〕の紋章、そしてこの紹介状の提示者が〔軍〕に身分を保証されている、などといった旨が記されている。
「かの《鍛冶場の名工》の属する〔ユビキタス〕と、私達〔軍〕とは同盟下にあります。その紹介状を提示すれば、人前に姿を現さない《名工》ではありますが、姿は見せなくとも、武器の修理は行ってもらえるのではないかと」
「おっ、さんきゅ」
「では、今度こそ私は失礼します」
アクセルが嬉しそうに礼を告げれば、アジャーニは頭を一度下げてから、言葉通り今度こそ〔軍〕へと帰還していった。その際、視線が寄越されたようにターヤは感じたが、そう思った時には既にアジャーニは退室した後だった。
扉が閉まってから、アクセルは紹介状を丸めて懐に仕舞い込む。
「ともかく、これで剣の修理も何とかなりそうだぜ。流石は軍人様々ってか!」
彼の態度に呆れ顔を浮かべてから、アシュレイは取り外していた武器を装備し直した。
その様子から出かけると判断したのか、アクセルは彼女に声をかける。
「どっか行くのか?」
「ええ、少しばかり〔PSG〕にね。今回の不備について問い質さなきゃならないし」
「じゃ、俺は代わりの大剣でも買いにいってくるか。ターヤ、一緒に行こーぜ?」
「あ、うん」
いきなり話を振られて驚くターヤだったが、反射的に頷いてしまう。
しかし、その事に気付いて訂正するよりも速く、アクセルは彼女の首根っこを掴むと、引きずるようにして室外へと連れ出したのだった。
「そっちは任せたぜー。あ、あと戸締り宜しくな」
ご丁寧に、ターヤ同様、呆気に取られている二人に言葉まで残して。
そうして、あれよあれよという間に連れ出されたターヤは、若干不満そうな顔でアクセルの隣を歩く。
「何だよ、機嫌わりぃなぁ」
隣を行く青年は後頭部で腕を組み、ぶらぶら観光するような調子だった。自身の動作がますますターヤの沸点を突いている事に、本人は何の自覚も無いようだ。
誰のせいだと反論したくなる衝動を抑え込んで、ターヤは問う。
「ねぇ、アクセル」
「ん? 何だ?」
「別に武器を買うだけなのに、どうしてわたしまで連れてきたの?」
「あー、それな、アシュレイとエマだけにしてやろーかと思ってな」
何と、とターヤは目を大きくして何度か瞬かせた。エマに対しては過剰なまでに人の変わるアシュレイの様子に、誰よりも辟易していたのはアクセル自身の筈だ。それとも、自身の感じ方と人の気持ちを汲む事とは、また別物なのだろうか。
そんな彼女の表情から、アクセルはだいたいの考えを察す。
「おまえ、何か誤解してるだろ。別に俺は、あいつの恋路を応援してる訳じゃねぇぜ? 寧ろ邪魔してぇくらいだな」
溜め息を吐いたと思いきや、表れたのは意地の悪い笑み。
前言撤回。アクセルはやはり真正の苛めっ子だと、ターヤは確信したのだった。
この思考もまた読まれていたらしく、彼は呆れたような顔になって――次の瞬間、どこか物憂げな笑みを浮かべる。
「ただ、何かあった時にアシュレイの奴を止められるのは、エマしか居ねぇからな」
「何かって?」
「例えば、PSGの奴らの機械的な態度に、アシュレイがブチ切れた時とかだ。あいつ、結構プライドがたけぇし、今の世界の上位に立ってる〔軍〕の准将で、しかも《元帥》の懐刀でもあるからな。ま、だいたいエマから聞いてるとは思うけどよ」
さらりと何でもない事のようにアクセルが発した内容に、ターヤは驚嘆する。
「……《元帥》の懐刀って、アシュレイ、かなり凄かったんだね」