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三章 廻り出す円‐omen‐(2)

 すぐに追い付いたアシュレイもまた、その事に気付いて更に何とも言えない表情になるも、自らの方にもトランプが向けられた為、そちらの対応に追われる事となる。
 後方の二人にも敵の武器は飛んできたが、それは全てエマが難無く対処した。数が少ない事もあってか、そちらはすぐに無効化され、持ち主の下へと戻っていった。
 そのように全体に気を配りつつ、不調ながらも繰り出され続けるアクセルの攻撃を、オッフェンバックはトランプでいなしていたが、遂に、ある横殴りの一撃を何枚か重ねたトランプで弾き返すと、残っていたトランプでアクセルを取り囲み、陣を作り上げる。
「! 魔術だ――ターヤ!」
 エマの声でターヤはすばやく詠唱を開始、対象を前方のアクセルに設定、防御魔術を発動しようとする。
「興醒めだな」
 途端、オッフェンバックの手の中にトランプが収束していく。アクセルを取り囲んでいた物も、アシュレイを足止めしていた物も、全てが所持者の手元へと返る。
 それにより、魔術を発動しかけたまま、口を半開きにした状態でターヤは停止する破目になった。
 彼女を一瞥してから、武器を仕舞ったオッフェンバックは、唖然とする一行を放って一人また去っていく。振り向きもしない背中は、この場にもう用が無いと直に語っていた。
 男性の姿が完全に見えなくなってから、ようやくターヤは硬直を脱した。
「……何だったの?」
 エマを見上げるも、今回ばかりは彼にも理解不能だったようで、言葉での返答は無かった。
「あんったねぇ! 刃毀れしてて使いづらいってんなら、どうして一人で突っ走ったのよ!?」
 そこでタイミング良く発された怒号は、自らに対してでないとはいえ、ターヤを竦ませるには十分な大きさと迫力だった。
 振り返った先では、アクセルへとアシュレイが詰め寄っている。
「あー、いや、試してみたら、意外といけるかもしれねぇとか思ってよ」
「そんな訳あるか!」
 再びの怒号でアクセルをも固まらせると、アシュレイは呆れ顔で溜め息を吐く。
「だいたい、駄目だったから明らかに変だったんでしょう? 剣を振るう事を躊躇してるの、見てて丸解りだったわよ」
「まじかよ……」
 彼もまた息を吐きながら、地面に突き刺していた大剣を引き抜くと、柄を持つ利き手とは反対の掌に刃を乗せた。
 その刃を見て、皆が驚きを表す。
 アクセルが持つ大剣は、刃の中央付近が小さく削り取られていたのだ。しかも、それは綺麗なまでの長方形という形で。
「これ、《殺戮兵器》の仕業ね」
「あの少女の糸は、武器をも切断しかねないという事か」
 苦い顔をしたアシュレイの言に反応したエマは、考え込むように顎に手を当てた。
 ターヤもまた二人の言葉から、改めてエディットの力量と異常さを思い知る。あの年齢でここまでの芸当ができるとは、幾ら一族自体が特殊とはいえ、才能による部分も大きいだろう。
 そこで、ターヤは疑問を一つ覚えた。
「ねぇアクセル、ちょっと刃が削れただけで、そんなに剣って使いにくくなるものなの?」
「あたりまえだろ!」
 戦闘初心者な彼女としてはごくごく普通の疑問だったのだが、アクセルは目敏く彼女を振り向くと瞬時に反論する。
 その大声に、またも少女の両肩が跳び上がったのは言うまでもない。
 気付いているのかいないのか、アクセルは胸の前で腕を組んだ。
「良いか、武器ってのは少しの破損とかでちょっと重さが変わっただけでも、今までとは勝手が違く感じられるんだ。それが使い慣れた武器なら尚更なんだよ」
「威張るな」
 解ったか、とアクセルが偉そうに胸を張るより速く、その後頭部にアシュレイの手刀が落ちた。最高速度を誇る彼女らしく、すばやく叩き込まれた一撃は相当痛そうだ。
 現に、アクセルは攻撃を喰らった直後、しゃがみ込んで両手で後頭部を押さえていた。

「いってぇ……何しやがんだよ、アシュレイ」
「黙れ、猪突猛進男。今回はオッフェンバックがあんたの醜態に厭きて去ってくれたから良かったけど、もし同じ『厭きて』でも、去るんじゃなくて殺されてたらどうするつもりだったのよ?」
 恨めしくアシュレイを振り向き見上げたアクセルだったが、彼女の冷たい視線と的確な言葉に、反撃へ至る道全てを失う。
「う……そ、それはだな……」
 それでも尚、必死に思考するアクセルに落とされたのは、痛烈な一撃だった。
「弁解できる要素も持ってないくせに、無様に足掻いてんじゃないわよ、みっともない」
 更に冷たい視線は相手の思考を封じ、切り捨てる如き言い方は相手の戦意を奪う。
 こうして、アクセルは完全に沈黙させられたのだった。


「――今回モンスターの討伐に向かった部隊は、准将を残して全滅でした。全ての遺体の状況から考えて、全員が《殺戮兵器》に殺害された模様です。また、准将が仰っていた遺跡ですが、その入り口と思しき部屋どころかインへニエロラ研究所跡自体が崩壊しており、件の遺跡も〈空間転移装置〉も確認は不可能でした」
「それも十中八九、あいつらの仕業でしょうね。あの遺跡に何か用があったみたいだし、あたし達ごと証拠を抹消しようと考えたのよ」
「准将の仰る通りかと」
 今回の事件に関するアシュレイと軍人の会話を、残りの三人は離れた位置で休みながら聞く形となっていた。
 あの後、エンペサルまで戻った一行は、ひとまず宿屋で部屋を取って休憩する事にしたのだ。そこに〔軍〕の使いとしてブライム・アジャーニ中将と名乗る男性が訪れた為、アシュレイは彼と二人で事務的な話を始めた訳である。
 残りの三人はといえば、少し離れた場所に置かれた椅子に座り、その様子を何となく見つつ、休息を取っていた。
「エマ」
 それまでは何となく二人の話を聞いていたターヤだったが、ふと思い立ち、隣に座る彼の袖を引っ張った。
「どうした?」
「准将って、どのくらい偉いの?」
 訪れた男性は、アシュレイを『スタントン准将』と呼んだ。そこから彼が彼女と同じ〔軍〕の人間で、敬語を使っている事から彼女の部下である事は解った。だがしかし、階級名を口にされても、それがどのくらいの地位に立つのか知らないターヤには、実感も何も湧かないのだ。
 彼女の問いに、エマは苦笑いを浮かべた。
「なるほど、確かに軍の階級は解りにくいからな。では、アシュレイが話している間に、簡単な講義といこうか」
「うん、お願い」
「まず、〔軍〕の最高責任者は《元帥》と呼ばれている。その次に大将、中将、少将ときて、アシュレイの《准将》が来る訳だ」
 エマがゆっくりと口にしてくれた階級名を指折りで数えていき、目的のところまで来た時、ターヤはすぐには信じられなかった。
「五番目……って事は、結構偉かったりする?」
「ああ、准将の下には十三の階級があるからな。他にも《元帥補佐》という特殊な地位もあるが、それを入れて考えても、彼女の地位は高い方なんだ」
「アシュレイ、あの歳でそんなに偉いなんて、凄いね……」
 一瞬、エマの表情が歪むも、それは誰にも気付かれなかった。
「だが、あの歳でそのような地位に就いてしまうと、なかなか〔軍〕内部での妬みも多いようだ」
「そっか、アシュレイも大変なんだね」
 若くして高位に立つという事は、同時に、周囲からの理不尽な視線や態度に直面する機会も多くなるという事か。

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