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三章 廻り出す円‐omen‐(1)

「あんた、何でこんな所に居るのよ?」
 一行の前に現れた男性へと、警戒心も剥き出しにアシュレイが問う。噛み付かんばかりの態度どころか、その手は今にもレイピアを抜刀しようとしており、相手が彼女にとっての『敵』である事をターヤにさえ伝えていた。
「そのままそっくり返させてもらおうか、《暴走豹》」
 一直線に向けられた剥き出しの殺意には、しかし何ら堪えていないらしく、その男性は飄々とした態度のまま、答える事はしなかった。

 最後の単語はターヤにとっては訊きなれないものだったが、アシュレイを差している事は流れから理解できた。
 無論、その対応にはアシュレイの眼が更に据わっていくが、それを察知したエマがさりげなく庇うようにして彼女の前に出る。
「貴様は何者だ」
「そういう君こそ何者だ? ……ふむ、君はどこかで見た事があるような気もするが」
 またしても質問に質問で返してきた男性に、アクセルが面倒くさそうに眉根を寄せた。
「こいつ、真面目に答える気はあんのかよ?」
「自分は至って真面目だが?」
「いや、反応するとこそこじゃねーし」
 何とも噛みあわない会話である。男性は不敵な笑みを湛えたまま答え、その的外れの回答にアクセルは眉間のしわを押さえて辟易した。
「いいかげんにしなさい。いったいここに何しに来たのよ、《道化師》」
「「!」」
 だが、痺れを切らしたアシュレイの一言で、場の空気は一変する。
「げっ、まじかよ……!」
「その男が《道化師》ディオニシオ・オッフェンバック……〔月夜騎士団〕の中からも恐れられ、異端視されている危険人物、か」
 その言葉に、アクセルは更に警戒を強め、確認するかのようにエマは呟く。
 反対に、オッフェンバックは愉快そうに笑みを深めたのだった。
「自分のことを知っているとは、やはり君達も軍人か?」
「そう見えるのかよ?」
「いいや、そうは見えないな」
 肩を竦めてみせたアクセルには、あっさりと前言を冗談だとする返答が来た。
「何つーか、こいつ、やりにくいな」
「だからといって気を抜くな。相手はあの《道化師》だぞ」
 僅かながらも緊張の色を見せるエマの様子で、ターヤは改めて仮面の人物が危険である事を知る。しかも〔月夜騎士団〕とは、先刻のダンジョンで会い見えた二人と同じギルドではないか。
「自分はただ、アズナブールとヴェルヌが行った事の顛末を見にきただけだ。近くに《暴走豹》の姿を見かけたのは偶然だったがな」
 まるでターヤの思考を読み取っていたかのようなタイミングで、ようやく紡がれた解答に、彼女は跳び上がりそうになる。
 それに気付いていたのかいないのか、オッフェンバックは全員を見渡した。
「だが、悪い選択ではなかったようだ。何せ、強者らしき人物もそこに居たのだから」
「!」
 瞬間、アシュレイが抜刀して構え、ターヤだけでなくエマとアクセルもが驚きを示した。
「おいアシュレイ、何やってんだよ!?」
「あんた達も構えなさい! こいつ、やる気よ」
「けど、先に構えてんのはおまえ――っ!」
 苦虫を噛み潰したような顔をするアシュレイを止めようとして、そこでアクセルは自分達を円形状に取り囲むトランプに気付いた。今度こそ、彼は即座に武器を手にする。

「い、いつの間に!?」
「いつの間にとは、君達と話している間にだが?」
 思わずブローチを握り締めたターヤには、残りのトランプをきりながらオッフェンバックが答える。一気に警戒を強めた一行とは真逆に、彼は至って余裕に見えた。
 その事に苛立ちを覚えながらも、アシュレイは意識を眼前の仇敵に固定し、一方で視線にてトランプの位置と数とを大まかながらに把握する。確認できるだけでも十枚は越えており、自身の死角になる後方の分も考えると、軽く三十枚近くはあると推定できた。
(結構多いわね)
 そもそもトランプとは五十二枚で一セットなので、オッフェンバックが手にしているのは多くて二十枚程度だろう。
 しかし、たかが遊戯用道具とはいえ、使い手はあの〔騎士団〕の《道化師》である。
(あいつの操るトランプは、一枚だけでも厄介だっていうのに――)
「せいぜい楽しませてほしいものだ」
 更に苦々しげな表情になった相手へと笑いかけるは、件の男性。
 瞬間、トランプがいっせいに襲いかかってきた為、アクセルとアシュレイとエマがそれぞれ対処する。
 その間にターヤはブローチから杖を取り出すと、早口気味に詠唱を開始する。
「――ほう」
「〈防護膜〉!」
 遅れて気付いたオッフェンバックが感嘆の声を上げたのと、彼女の防御魔術が発動したのはほぼ同時だった。
 気付いた三人もすぐに彼女を中央にして下がり、残りのトランプは全て薄い膜に阻まれる。
 大した事でもなかったようで、気にした様子は見受けられないオッフェンバックはすぐに全トランプを手元に戻すと、今度は自らの周囲に盾にするが如く展開した。
 今までは真っ先に先陣を切っていたアクセルだが、今回は相手との間合いを測るだけで動く様子はない。
 疑問に感じつつ、それだけ相手が恐ろしく強敵だという事なのか、とすぐにターヤは思い、内心で結論付ける。杖を握る手に汗が溜まっているのが実感できた。
 エマとアシュレイもまた、攻撃に転じるタイミングを慎重に見定めているようだった。
「何だ、攻撃してこないのか?」
 一行は無言を押し通す中、オッフェンバックだけは気楽そうに口を開く。
「では、今度もこちらから――」
「――あぁくそっ、どうにでもなれ!」
 言葉も攻撃への転換も遮り、やけくそ気味にアクセルは突進していった。彼らしいといえば彼らしい行動なのだが、いかんせん始めるのが遅すぎた。
「な、ちょっ――」
「アクセル!?」
 同じ事をアシュレイとエマも思っていたらしく、ターヤが驚いた傍ら、二人もまた驚きに顔を顰めていた。
 後方は気にせず、アクセルはオッフェンバックへと一直線に向かっていく。しかし、その動作にはどこか迷いが感じられた。
 全くもってらしくない彼をカバーするべく、遅れてアシュレイも飛び出す。
「あぁ、もう!」
 何なのよ、という本心は胸中で吐き捨てられるが、顔にはありありと浮かんでいた。とにもかくにも、アシュレイはアクセルを追って今にも開戦しそうな戦闘へと飛び込んでいく。
 一方で、アクセルはオッフェンバックに肉薄すると、頭上まで持ち上げていた大剣を振り下ろしていた。
 しかし、やはりと言うべきか攻撃はトランプに阻まれる。しかも、たった一枚で。
「ふむ、思っていたよりも軽いな。君はどちらかといえば、攻撃力を重視しているように見えたのだがな」
 冷静且つ残念そうな相手に対し、彼は言葉を返すどころか次なる攻撃に移る。だが、その動きは武器を使う事に躊躇があるようで、彼は、誰の目から見ても何かしら調子が悪い事は明白だった。

クラウン

​ショッフォーリャ

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