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三章 廻り出す円‐omen‐(15)

 かのレングスィヒトン大河川は、名前の通りに巨大な川らしく、エンペサルを出た時点でも薄らと視界の先に入っていた。橋らしき物はまだ映らないが、エンペサルから橋までは大して遠くはないと聞いているので、じきに見えてくるだろう。
 歩きながらそう思考を回していたターヤだったが、ふと視線を動かした先にアシュレイが映った。
 すると脳内で、昨日自分が口にした言葉が鮮明に思い起こされる。
 途端に羞恥に襲われて、頬が熱くなるのを感じ、自然と頬を覆い隠すように手が触れた。それでも熱が冷める筈も無く、寧ろ更に火照っていく。顔が俯きがちになった。
(昨日は、あんなこと言っちゃったけど……)
 視線を少し持ち上げて、アシュレイを見る。
(実際、どうしたらアシュレイと仲良くなれるんだろ?)
「ターヤ」
 突然、眼前に腕が出され、ターヤは小さな声を上げてぎりぎり立ち止まれた。
 何事かと右隣に顔を向ければ、真剣な表情をしたアクセルが眼前を睨み付けていた。その頬を、一筋の汗が滑り落ちる。そして右手は、大剣の柄に伸びていた。敵を――しかも、かなり厄介な相手を見付けてしまったような、そんな表情だった。
 また、二人の前方ではエマとアシュレイも同様に停止し、警戒の色を見せていた。
「どうしたの?」
 故に、彼女は声を潜めた。
「橋、見えるか?」
 言われて前方を見れば、いつの間にか橋が見えていた。考え事をしながら歩いていたので、景色が頭に入ってきていなかったようだ。
 頷くと、アクセルが続ける。
「その橋のところに、人影が見えるだろ?」
 言われてみれば確かに、橋の辺りには幾つかの人影が窺える。ただ、それ程数は多くないようだ。
「今は話せねぇけど、ちっとばかし厄介な奴らなんだ。あいつらとは、正直あんまし関わりたくねぇし、わりぃが火山の方を通らせてもらうぜ」
 その言葉はターヤに向けているようで、実際はエマとアシュレイにも向いていた。
 だが、二人も同意見なのか、反論も無く静かに後退し始める。
 明らかにおかしな皆の様子に、ターヤは改めて橋を陣取る一団を視界に収めた。現在一行が居る場所から橋まではそれ程距離も無いので、顔と正確な人数は把握できないが、何となくは解るのだ。
 人影の大半は、男性のようだった。しかも、その全員が何かしらの武装をしている。
(でも、何か、〔騎士団〕の三人よりも強そうには思えないけど……)
 感覚的にそう思うターヤではあったが、 ともかく三人は彼らとは関わり合いになりたくはないようで、音も立てずにこの場を離れようとしている。
「あらぁ? そこに居るのは〔軍〕の《暴走豹》よねぇ?」
 けれども唐突に、その一団の中からアシュレイへと向けて飛ばされる一声があった。
 瞬間、アシュレイが足を止め、非常に面倒くさそうに溜め息を吐く。同時に何事かも呟いたようだったが、それは本人以外には届かなかった。
 そして彼女に比例する形で、皆も止まらざるを得ない。
「全くぅ、このあたくしを無視しようとするなんて、良い度胸だわ」
 声は尚も飛び、同時に男達が左右にすばやく避けて、道を作る。
 そこから現れたのは、四足歩行をする一匹のモンスターと、その背に腰を下ろした一人の幼女だった。

 幼女の方は、美しい金の髪に、宝石のような赤い瞳、そしてレースをふんだんにあしらった服装という、良いところのお嬢さんのような出で立ちである。
(……へ?)
 ターヤは訳が解らずに間の抜けた顔をするしかないが、残り三人は更に警戒の色を強めている。
 特に名指しされたアシュレイに至っては、一歩前に進み出ると、心底嫌そうな顔で幼女を睨み付ける。雰囲気からして、既に拒絶の意思を放っていた。
「悪いけど、あたし達を、あんたの部下と同列に考えないでくれるかしら?」

 その鋭い眼光を一直線に向けられても、幼女は眉一つ動かしていない。寧ろ、それがどうしたとばかりに笑みを浮かべている程だ。

「〔君臨する女神〕の《女王陛下》ヌアーク・カソヴィッツ」
 どこか苦々しげに吐き出された言葉に、そう呼ばれた相手は嘲笑を返したのだった。

 

  2010.02.26
  2013.01.02改訂
  2018.04.06加筆修正

アドヴェント・ドミナ

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