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三章 廻り出す円‐omen‐(14)

 だが、ここで予期せぬ事態が起こる。

 突如として〔騎士団〕側が協定を放棄、同盟からも脱退し、当時から〔軍〕とは良好な関係でなかった〔聖譚教会〕と手を組んだのだ。
 その行為を〔軍〕側は敵対と解釈し、また〔騎士団〕側も一切の弁明も否定も行わなかった為、戦争の再発とまではいかないもの、以降二大ギルドの仲はますます険悪なものと化していき、現在に至るまで、互いに裏で苛烈な攻防を繰り広げている。
 その巨大な二大勢力が互いに衝突し合っているのを良い事に、現在では再び犯罪者が増加してきているのもまた事実だ。彼らを取り締まる為に〔軍〕は公務に忙殺されて〔騎士団〕との水面下の攻防を破棄、結果として〔騎士団〕と〔教会〕が徐々に力を強めてきている。
 それが、彼女の知る歴史。
(だから、今は昔よりも簡単に人を信用できない。幾ら平和な世界に見えたとしても)
 だからこそ、アシュレイはエマ以外に心を開こうとはしない。アクセルのことは彼よりも信じてはいないが、少なくとも口喧嘩をするくらいには信用しているつもりだ。だから何の迷いも無く、彼らについていく事を決心した。
 だからと言って、ターヤのことも無条件で信じた訳ではない。彼女は一見すると人畜無害に見えるが、それでも安易に信用して良い訳ではないのだ。
(それが、私達軍人の――いいえ、あたしの掟。……なのに)
 知らず、ぽつりと言葉が吐き出される。
「何なのよ、あいつ」
 頭の中に浮かんでいるのは、先程のターヤの表裏の無い様子だった。その表情と言葉が何をしても頭から離れてくれず、彼女はそれを振り切るようにして天を仰ぐ。
 建物と建物の隙間から見る空は狭いが、どこまでも青かった。
 瞳を閉じれば、思い出すのはあの記憶。

『この、人殺し、が……!』
『――さよならよ』
『貴様のせいで! ……貴様がぁっ!』
『無力なあんた達が悪いんでしょ?』
『こ、の――軍の犬がぁっ!』
『それがどうしたの?』
『これ、が……《狩猟豹》……!』
『あははははっ! ……本当に、なんて世界――!』

 自身にとっては最も深層に値する回想を半ば強制的に終えてから、彼女は目を開けて本当に小さな呟きを漏らした。
「本当に何なのよ、何で、こんなに苛つくのよ――」
 答えをくれる者は、居ない。


 翌朝、一行は机上に地図を広げていた。
 主な目的は次に向かう場所を定める事だが、アシュレイに昨日決まった事を話し、彼女の意思を確認するという目論見も隠されている。
 故に、説明はエマが請け負っていた。
「昨日の話し合いで、私達はターヤの目的地である[世界樹の街]を目指す事に決めた。私にもアクセルにも、今のところ急ぎの用は無いからな」
「ですが、あそこは実在しているかどうかも解りませんし、何よりどこにあるのかも解りません」
 アシュレイの意見は一般的な視点で見れば尤もだったが、エマは首を横に振った。
「いや、あの街は実在していると、私は今確信を持って言える。昨日出会った『リチャード』と名乗る男が良い例だ。彼は使い手の居ないとされる時属性の魔術を扱えるどころか、謎の多い〔PSG〕とも繋がりがある上、ターヤのこともよく知っているようだった」

 その名に、彼女が反応を示す。

「その男が、彼女に〈世界樹ユグドラシル〉の許まで来るように言ったという事は、かの街が実在している事の証明になるのではないかと、私は考えている」

 エマの見解を聞き終えたアシュレイは、思わずターヤに目線を移した。
 急に見られた方は吃驚して思わず身構えてしまうが、アシュレイはそのような事などお構いなしだ。珍しく驚きを顕にしながらも、思考を巡らせているようだった。
「あの男が、彼女にそのような事を?」
「だからこそ、アシュレイには今一度確認しておきたい。今の話を聞いても、貴女は私達と共に来るか?」
 真剣な声と顔で言われ、しばらく思案していたアシュレイだったが、決意を固めた表情でアクセル、ターヤと視線を移していき、最後にエマを見上げた。
「行きます。ニールから、しばらく〔軍〕に戻らず情報収集に務めるよう言われましたし、何より、あの男についても気になっていたところです」
 力強い眼差しが、エマを捉える。
 自分だけでなく他の二人を見た意味を知り、最初は驚嘆していたエマだったが、そこから彼女の意思を汲み取って理解すると、柔らかく笑んだ。
「そうか、ならば宜しく頼む」
「はい、お任せください」
 胸に拳を当てたアシュレイを眺めながら、アクセルはそっとターヤに耳打ちする。
「案外、心配する事も無かったかもな」
「そうかもね」
 思わず苦笑したターヤに、アクセルもまた同様の表情を浮かべる。
 ともかく、これで全員の意思を確認し終えた事になり、ようやくエマは本題に入る。地図のある一点に人差し指が触れた。
 同時に、皆の視線がそこに集中する。
「まずは、アクセルの大剣を修理する為に、芸術の都クンストを目指そうと考えている」

 確かに、思うように武器も振るえないようでは、どのような事態に繋がるか判らない。それは先日のフィナイ岬での一件で、ターヤもまた感じていた。

「だが、エンペサルからクンストに向かうルートは二つある。一つは、このままこの中央大陸を縦断する[レングスィヒトン大河川]を渡らず、北に聳える[テーミ火山]を抜け、そのまま[リンクシャンヌ山脈]側を通って[ラ・モール湿原]を迂回するルートだ」
 話しながらエマの人差し指は地図上を動く為、この世界の地理に疎いターヤでも、何となくではあるが、どのようなルートを通っておくのかは解った。
「もう一つは、エンペサルの西部にかかる橋で大河川を渡り、大河川の西方を行くルートだ。こちらの場合は必ず[ガハイムズフォーリ鍾乳洞]を抜ける事になるが、火山に比べれば楽である事は間違いない」
 そこで彼の指は止まる。
「どちらしてもダンジョンを通る事にはなるが、山脈側だと少し遠回りになる上、灼熱の火山内部はあまり通過したくはないからな。エンペサル橋を使って大河川を渡り、そちら側を行こうと考えている」
 一通り話し終えてから、彼は一同を見渡した。その目が、賛否、あるいは別意見を示せと言っていた。
 別意見も何も、反論できる要素も文句も無いターヤは、即座に賛成の意を表す。
「わたしは賛成。まだ地理はよく解らないし、エマの案なら大丈夫だと思うから」
「ええ、エマ様の意見でしたら問題ありません」
 アシュレイも続いて肯定した為、皆の視線は残ったアクセルに向けられる事となった。
 そのような状況に追い込まれる形となった彼は、茶化すような笑みを浮かべる。ついでに肩も竦められていた。
「おいおい、二人揃って即決かよ。ま、俺も火山は通りたくねぇしな、エマの意見に賛成って事で」
「そうか。では、大河川の西方を行くとしよう」
 かくして、進路もまた決まった。
 一行は用意を済ませて宿を出た。回復薬などの消費アイテムは、既に昨日のうちにエマとアシュレイが〔PSG〕に寄った後、そのまま道具屋まで行って購入していたので、特に何をするまでもなく彼らはエンペサルを後にする。

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