top of page

三章 廻り出す円‐omen‐(13)

「でも、何で名前は伝わらなかったんだろ?」
「その世界樹の民だっけか? そいつらが黙秘したんじゃねぇの? ターヤが聞いた話だと〈結界〉まで張って隠してんだろ?」
「そっか、やっぱり、悪巧みをする人が居ると、護る人は大変なんだね」
 彼らの立場に立って考え共感していると、アクセルが肩を竦めてきた。
「そんなの当たり前だろ。何たって、この世の全てを支えてる存在なんだぜ? それを使って一儲けしたり悪事を働こうと考える奴なんて居るだろうし、純粋に研究したいっつー奴も居るんだぜ? けど、護る側としちゃ〈世界樹〉に何かあっても困るだろーし、魔術でも何でも使って隠そうとするのは当然だろ」
 彼の言葉は簡素ながらも正論で、間違った事を発言した訳でもないのに、返す言葉が見付からなくなったターヤである。しかも、その様子を見たアクセルが、ここぞとばかりに意地の悪い態度を取った為、今度は脹れっ面になる。
 戯れる二人という光景を見守りながら、エマは呆れ笑いを浮かべる。
「ともかく、これで『ユグドラシル』の正体ははっきりしたな。あの男がターヤに来るように示したのは、世界樹ユグドラシルの聳え立つ地――世界樹の街という事になる」
「だな。で、ターヤはどーすんだよ? あいつの言葉を信じて、そこに行ってみるか? 場所は解らねぇけど、俺とエマが居れば何とかなるだろ」
 アクセルの問いに、ターヤは顔を俯けた。リチャードのことは信じているが、そこに辿り着く為の道のりがどれ程のものかは予測も付かない。しかも、自分は一人で旅するには不安要素が多すぎる上、この世界の事もまだ把握できてはいない。
 だが、これは自分一人の問題でしかなく、危険が伴うかもしれないので安易に他人を巻き込む訳にはいかないのだ。
 自分一人では不安だからアクセルとエマにも来てほしい。そうは思うのだが、ターヤは決心を付けられずにいた。
(ど、どうしよう……)
 ふと、二人が気になって恐る恐る顔を上げれば、彼らは彼女を待っていた。
 信頼を感じ取れるその表情を見ると同時、脳裏に蘇るものがある。

『それとも、同行者が私とアクセルでは不満か?』
『せっかくの縁だからな、気にせず頼ってこいよ』

 最初に貰ったその言葉で、また一歩、踏み出す勇気を貰えた気がした。
「世界樹の街は〈結界〉に隠されてるみたいだし、もしかすると他にも侵入者用の罠とかがあるかもしれないから、凄く危険かもしれないよ。それでも、二人はわたしと一緒に来てくれる?」
 意外にもすんなりと言葉は形成されたが、返答を待っている間、終始心臓の鼓動は鳴り止まない。もしも断られたらどうしよう、そのような不安が途切れる事無く脳内を動き回り、彼女の緊張を高めていた。
 内心の焦りを顔にまで滲ませている少女を見て、青年二人は互いに顔を見合わせて笑む。
「何言ってんだよ、俺らの仲だろ? それに、ターヤだけだと心配だしな」
「アクセルの言う通りだ。もう私達は仲間なのだから、遠慮しなくとも良い」
「……!」
 その言葉に、更なる気力を貰った気がした。
「ただ、そうなるとアシュレイが問題になるな。まだアクセルのことは多少信頼しているようだが、ターヤとは上手くやっていけるかどうか……」
「だよな。あいつのことだし、エマについてくとか言いそうだけどよぉ。あいつの他人不信具合って、相当なもんだしなぁ。さっきもターヤにちょっと当たりかけてたし、またターヤに当たらねぇかが心配だよな。つーか、あれで信頼されてるって言われても、信じられねぇっての」
 困ったような顔でエマが考え込めば、アクセルは展開を想像したのか面倒くさそうに眉根を寄せた。付き合いが長く彼女の性格を熟知している二人には、この話をした時の彼女の反応が簡単に想像できてしまうのだろう。

 本人が居ないところで、このような会話をするのも気が引けたが、自らにも関わってくる事なので、ターヤもまた他人事とは思えなかった。それに、先程再び二人から胆力を貰った時から、彼女は考えていたことがあるのだ。

「エマ、アクセル」

 名を呼べば、二人は一旦思考を中断して、彼女に意識を向けてくれた。

「アシュレイがわたしのこと信用してないのは、本人の態度とか二人の話でよく解ったけど、せっかくの女の子同士なんだし、わたし、アシュレイと仲良く……なるのは無理かもしれないけど、普通に話せるようになるまでは頑張ってみるね!」

 途中で少しばかり尻込みしつつも意気込んだターヤを見て、アクセルとエマは思わず吹き出していた。

「そんなこと言うなんて、思ってたより度胸があるじゃねーかよ、ターヤ!」

「今回の単独行動の件といい、意外とターヤは行動派だったのだな」

 この言葉には、ううん、と首を振る。

「違うよ。だって、今わたしが持ってる勇気は、二人が何度もくれたものだから」

 その頃、アシュレイは宿屋を出て、比較的近くにあった人気の無い裏路地に入っていた。街の綺麗さとは裏腹に、無造作に置かれた挙句倒れてしまったごみ箱からは残骸が顔を覗かせており、それを漁る野良猫や烏が堂々と歩き回っている、そんな場所で。誰も追ってはこない事を知りつつも安堵し、自らを落ち着かせるべく深呼吸を繰り返しながら、彼女は壁に背を預けたまま思考を巡らせる。

(簡単に、人を信じてはならない)

 それは彼女の信条だった。十年前に『彼』との間で取り決めた、彼女にとって唯一の気休めであり、約束。

 十年前の、北大陸を人の住めぬ地へと変貌させた大災害〈竜神の逆鱗〉以来、この世界モンド・ヴェンディタは緩やかに荒れ始めていた。

 それまで実質的な統治者であったリューリング家の当主が失踪し、家自体も没落同然となった事や、ギルドの台頭によって貴族が力を失った事も要因の一つだが、何よりも当時《世界最強》の誉れを取っていたギルド〔十二星座〕が、実質的解散となった事が主な原因である。貴族中心政治を終わらせるきっかけを作ったとされている、かのギルドが。

(でも、詳しい理由は誰も知らないのよね)

 実際のところ、その事実に誰もが耳を疑った。彼らを妬んだ輩による他愛の無い噂だろうと言う者さえ居たが、それは紛れも無い事実だった。神の血を引くとされる人物すら有していたと言われている〔十二星座〕が、なぜ実質的とは言え解散となったのか。元メンバー達は頑なに回答を拒み、中には表舞台から完全に姿を消したメンバー、ギルド自体を裏切ったとされるもメンバーも居た程だ。

 彼らを知る人々への取材から作成された『十二の星々』という本に記されている内容が事実だと見なされる事が多いが、そこに記載されている全てが事実である筈がない。

 ともかく、真相は未だ闇の中なまま、最大の抑止力は消え去ったのである。

 しかし、それが世界を混沌の渦中へと突き落とす結果となった。その名を馳せる事によりぎりぎりのラインで世界均衡を保たせていた彼らが居なくなった事で、それまで駆逐や討伐により隠居を余儀なくされていた殺人鬼や詐欺師などの違法者、犯罪者が急増したのだ。

 その上、不仲の続いていた〔軍〕と〔騎士団〕が、とうとう五年前に《世界最強》の居なくなった[古都ヴィエホハ]にて衝突し、ここに〈軍団戦争〉開戦の火蓋が切って落とされた訳である。その戦火により古都は廃墟と化し、両ギルドも多大な損害を出した。

 しかも〔軍〕に至っては、主に獣人や魔人などのハーフを無理矢理徴兵して従わせていたのだ。中には年端のいかない子どもも多く、家族や友人を人質に取られていたケースも少なくなかった。それがきっかけとなり、元々当時の《元帥》に不満を抱いていた《元帥補佐》を中心として内部革命が勃発、彼が《元帥》の座に付き、相手に和議を申し入れた事で、ひとまずの停戦となったのである。

 また、それだけではなく、人々の生活を脅かす犯罪者が増加の一途を辿っていた事も、一因であった。

 故に、終戦後も絶えず睨み合っていた両ギルドは渋々ながらも協定を結び、治安回復へと向けて動き出した。当時、世界で最も力を所持していた二つのギルドが手を結んだ事、そして主要ギルドが集まって〔ヨルムンガンド同盟〕が締結された事により、概ね治安は良い傾向に進み始めていた。

ドゥラーニ

​ゾディアック

ページ下部
bottom of page