The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三章 廻り出す円‐omen‐(12)
それから、一旦昂ぶった内心を鎮めるべく、何気無く天を仰ぐ。この空間に窓は無く、いっさい外は見えないというのに、どうしてか男性には暗雲が立ち込めているように感じられた。
故に、静かに唇が音を紡ぐ。
「嵐に、なりそうですね」
「――で、いったいぜんたい、どーいう事なんだよ?」
アクセルに引きずられて部屋に戻ると、そこには既にエマとアシュレイも戻ってきていた。
しかし、アシュレイはベッドに腰かけて険しい顔で何事かを思案しており、エマはエマでそんな彼女を気にかけているようだった。
何があったのか気になったターヤではあるが、今は机を挟んで眼前に座るアクセルの威圧が恐ろしく、訊く事すらままならない。まずは彼に事情を話そうとも思ったのだが、そこで正直に話すと更に怒られそうな予感がしたので、ますます口が開かなくなった。
その様子を反抗と取ったのか、アクセルの頭からぶちっという音が聞こえた。
あ、と気付いても時既に遅し。
「ターアーヤー?」
「いたたたたたた!?」
すばやく手が伸びてきて両頬を掴まれたと思いきや、強く引っ張られてしまう。むにーん、と餅のように伸びている頬だったが、その持ち主としては結構痛かった。
「ほめんなひゃい! いひゃいー!」
「あ? どの口が言ってんだよ? もっと真剣にへぶっ!?」
若干楽しそうにターヤのほっぺたを広げていたアクセルだったが、見かねたエマに後頭部へと手刀を落とされる。
その反動でターヤは彼の手からは介抱されるが、痛みはまだひりひりと付き纏っていた。
「てっめ! 何しやがんだよエマ!」
一方、アクセルは普段のように後頭部の痛みに悶絶はしなかったものの、即座に噛み付く対象を変更していた。恨めし気な目で相手を睨み付けている。
「何で俺が怒られるんだよ?」
「確かに、悪いのは無言で居なくなったターヤだが、おまえはやりすぎだ。だから止めたまでにすぎない」
呆れ顔を浮かべ、赤くなったターヤの頬に視線を向けてエマが言う。
少々やりすぎたという自覚はあったのか、その発言にアクセルは反論の言葉を失った。それから、恐る恐るといったふうに彼と同じ方向を見た。
二人から注視を受けたターヤはといえば、事の発端は自分である事を改めて自覚し、罪悪感から縮こまる。
「えっと、その、勝手に居なくなって、ごめんなさい」
「あー、いや、俺も怒りすぎた。わりぃ」
ターヤがぺこりと頭を下げれば、アクセルは気まずそうに顔を逸らした。
「それで、どうしてターヤは一人で店を出たのだ?」
「あ、えっと――」
エマの問いに口を開きかけて、やはり話せば怒られるのではないか、という再び浮上してきた思考に邪魔される。結局、あー、だの、うー、だのという単語を成さない声だけが、音として成立するのだった。
しばらくは彼女の言葉を待っていたエマだったが、一向に話が進まないと知るや、そうか、と呟いた。
「私達には言えないような事情ならば仕方ないが、次は誰かしらに伝言を残しておいてくれ」
「え? あ、待って! 違うの! 話せないんじゃなくて、話しづらくて――」
「という事は、何らかの事件に巻き込まれた、あるいは首を突っ込んだのか?」
思わず口を突いて出てしまった発言で、エマはターヤと目を合わせた。図星だったらしく、慌てて口元を押さえて動揺する彼女を探るように、彼は視線を外さない。
そして、そこまではばつの悪そうな顔をしていたアクセルだが、二人の会話を聞くや否、ターヤに追及の眼を向けてきた。
またしても四つの眼に凝視され、少女は固まる。逃げようと視線を巡らせた先で、いつの間にか思考の海から抜けていたアシュレイと目が合うも、彼女は呆れ顔を浮かべているだけだ。やはり、彼女は救いの手を差し伸べてくれるどころか、助け船を出してくれる気も無いようだ。
「いいかげん白状したら? 見ててみっともないわよ」
二句目が効果覿面だった。
しかも、そこにアクセルが追い打ちをかけてきた為、気が付けば武器屋でアクセルと分かれる事になった理由から今に至るまで、ターヤは殆ど白状する結果となっていた。
ただ、三人に見つかりそうになった事と、そこを謎の少女に助けられた事だけは何とか隠し通せたのだが。
「……あんたねぇ、先の遺跡と岬で、あいつらの恐ろしさは思い知ったんじゃなかったの?」
そんなこんなで現在、ターヤは椅子に座りながらも、正座して説教されているような心境になっている訳である。
エマに変わり叱り役となったアシュレイはといえば、未だベッドに腰を下ろしたままだ。
それは傍から見ると、何とも奇妙な光景であったが、アクセルとエマはアシュレイに一任しているのか、無言を貫いている。
「で、でも、何か解るかもしれないって思ったから。それに、アシュレイは、その……《元帥》に〔騎士団〕の情報を集めろって言われたんだよね? だから――」
「何よ、あたしの為だとでも言うの? そうやって恩を売ろうって訳?」
苛々する。エマが何か言いたげな渋い顔をしている事には気付いていたが、アシュレイは敢えて気付かない振りをした。
「ち、違うよ! そうじゃなくて、その、わたし研究所跡で迷惑かけちゃったから、その代わりに何かできたらって思って……」
「何よそれ、結局はただの恩の押し売りじゃないの」
別に彼女が下心を持っておらず、純粋にそう思っている事は頭では理解できていたが、どうにも苛立ちは止まらなかった。というよりも、これは彼女だけに対する怒りではなく、自分をも含めてのものだ。無謀に走った彼女に対する諌めと、頑なに他人を不信しようとする自分への。
そこまで考えて、内心で首を振る。
(……馬鹿馬鹿しい)
「少し、風に当たってきます」
エマに対してだけ言伝を残し、彼女はすばやく立ち上がると、部屋を後にした。
残された三人、というよりもターヤは、訳が解らずに首を傾げるだけだ。アクセルとエマは何か知っているようではあったが、雰囲気的には聞けなさそうだった。
そうして会話は途切れ、何ともいえない空気が流れる。
どうしたものかと少し居心地の悪さを感じたターヤだったが、意外にもその打破を行ったのはエマだった。彼はターヤに顔を向けると、話題を振ってくる。
「ところで、隣の部屋の人に『ユグドラシル』について訊いたと言っていたな」
「あ、うん。その人、神話を調べて世界中を旅してるんだって。だから〈ユグドラシル〉のことを知らないかって訊いたら、知ってる事を教えてくれたの」
教えてもらった通りに二人にも伝えれば、興味深そうな反応が返ってきた。
「なるほど。〈世界樹〉の話は聞いた事があったが、その名が『ユグドラシル』だったとはな」
「世界樹の方は有名なの?」
「あぁ、何せ、子ども向けのおとぎ話にもなってるくらいだぜ? この世の源〈マナ〉を生み出す大樹なら、そこらのガキだって知ってるんじゃね? まぁ、世界樹自体どこにあるのかも解らねぇし、空想だと思ってる奴も居るみてぇけどな」
「そんなレベルの話だったんだ」
この世界の童話における『世界樹』の存在さえ知らなかったターヤとしては、目を点にして驚くしかない。