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二章 堕ちた遺跡‐asassin‐(17)

「まだそのネタを引っ張る訳? あんたの中のあたしって、どんだけ嫉妬深くて鬱陶しい女なのよ?」
 はぁ、と終いには大きな溜め息を吐いて、アシュレイは心の底から面倒臭そうにアクセルを睨み付けた。そこで、そういえば、とふと思い至る。なぜかアシュレイが彼をいつまでも信用できないと感じるように、アクセルもまた、彼女に対しては事あるごとに突っかかってくるのだ。
 まるで、何かしら因縁めいたものがあるかのように。
(ああ嫌だ、何でこんな奴なんかと)
 密かに嘆くアシュレイの内心など知らず、アクセルは顎に手を当てて真剣に考え込み始めていた。
「あ、いや、そんなつもりは無かったんだけどなぁ」
 困惑したように、意外と真面目に向き合っている彼を見ていると、適当に流す事にした自分が居た堪れなく思えてきたので、アシュレイは話題を取り換える事にした。
「逆に訊くけど、どうしてあんたはエマ様と彼女の間に割り込もうとしたの? あんた、もしかして彼女に気がある訳?」
 アシュレイとしては、先程の仕返しとして若干の揶揄を込めた、何気無い質問のつもりだった。
 しかし、尋ねられた方のアクセルはといえば、瞬間的に大きく首を横に振る。
「ちげぇ! それはねぇよ! あいつは……何か、妹みてぇな感じなんだ」
 その全力で行われた否定に、そこまでする必要があるのかと一驚を喫したアシュレイだったが、すぐにどうでもいい事に分類し、思考の果てまで追いやった。
「じゃあ、何であんな事したのよ?」
「いや、単にターヤの中での俺のイメージが、おまえやエマと変わりないものになってるみたいだからよぉ、ちょっとここらでかっこいいとこ見せてやろうと思ったんだ。まぁ、おまえに邪魔されちまったけどな」
「……ばっかじゃないの?」
 恥ずかしがるでも言いにくそうにする事も無く、あっけらかんとした態度で言いきったアクセルに、訊いた自分が馬鹿だった、とアシュレイは心底呆れたと言わんばかりの顔になる。
 反対に、彼女の反応はアクセルの怒りを誘ったらしい。
「何だとてめぇ」
「やっぱり、あんたと話してると頭がおかしくなりそう」
 睨み付けてきたアクセルを軽くあしらい、置いていくべく速度を速めると、ますますむきになった彼もまた速足になって対抗してきた。ついでに何事かを叫んできてもいるが、アシュレイはその全てを耳から奥に通さない。
(あー、鬱陶しい!)
 引き離すべく更に加速すると、彼も同じだけ速度を上げてついてくる。そうやって競い合うようにして二人は先へ先へと進んでいき、後方の二人を置いてきた事にも気付かぬまま、遂には通路の外へと飛び出す事になった。
「――はぁっ、はぁっ……!」
「あー、疲れたな。やっぱおまえ、はえぇよな。体力はからっきしだけどよ」
 大きく呼吸を乱しているアシュレイとは対照的に、アクセルは座り込んではいるが、全く疲れてはいないように見えた。
 その事が若干悔しくて、けれどもプライドの高い彼女はそれをおくびにも出さない。
「煩いわね……そう言う、あんたこそ、あたしの速度についてこようとした、その足は、大丈夫なのかしら?」
 整わない息のせいで言葉は途切れがちになるが、それでもアシュレイの表情は不敵だった。わざとらしく彼の足に視線を向けて、さも自分は余裕であると言わんばかりの態度を取る。
 これには、彼女への対抗心を燃やすアクセルが反応しない筈も無い。
「何言ってんだよ、俺がその程度でへたる訳無いだろーが」
 呆れたように両肩を竦めてみせると、ゆっくりと立ち上がる。ただし、そのまま立ったは良いものの、彼の足は明らかに小刻みに震えていた。
 それを見たアシュレイは、ここぞとばかりに嘲笑う。
「その割には、足が、震えてる、みたいだけど?」

「はっ、そう言うおまえこそ、呼吸が乱れまくりじゃねぇかよ?」
 プライドと意地をかけて言い争う光景を繰り広げる二人を、ようやく通路を抜けて外に出れたかと思えば、景色よりも先に目にしてしまったエマは、右手でこめかみを押さえて息を吐き出し、最早何も言うまいと決めたのだった。
 ターヤもまた二人の様子には苦笑したが、すぐに意識を景色へと移す。
 一行が居る場所は、緩い傾斜が続く高台だった。上方には塔のような建造物が見え、下方には古びた巨大な建造物と街らしき存在が窺える。
「あれって、エンペサルとインへニエロラ研究所跡……?」
 残念ながら、まだこの世界の地理については全く知らないターヤは、知っている地名を当てはめてみるかしない。
 だが、隣でエマが頷いた。
「ああ、その通りだ。そして、ここはフィナイ岬という。リチャードもそう言っていただろう?」
 確かに、彼もそう言っていた。
「ここがフィナイ岬なんだ」
「そして、あれが――」
 上方の灯台の説明に移りかけた瞬間、自分達以外の気配を――しかも、明らかにこちらに存在を示しているとしか思えない気配を感じ取り、エマは即座に振り向いて武器に手を伸ばした。
 アクセルとアシュレイも争いを一旦中止し、同様に警戒態勢に入っている。
 やはりターヤは気配を感じる事は無かったが、皆に触発されて緊張し、杖を取り出した。
(みんなが警戒してるって事は、モンスターが来たの?)
 警戒はしながらも訳が解らないターヤの視界の先に、岬の下方から歩いてくる一つの人影が見えた。
(モンスターじゃなくて、人みたい)
 となれば、先のダンジョンで邂逅したフローランとエディットのような強者なのだろうか、と考える。ならば、そこらのモンスターよりも怖いかもしれないと感じ、杖を握る手に力が籠る。
 人影は自身の速度で一行の前まで来ると、一定の間を開けて立ち止まる。そして全員の顔を見回し、最後にアシュレイにしっかりと視線を定めた。
 彼女の頬を、疲れからではない一筋の汗が流れ落ちる。
「これはこれは、なかなかに面白い事になっているようだな」
 現れたのは、明らかに異様で独特な雰囲気を纏い、顔半分を仮面で隠した男性だった。
 

  2010.01.31
  2012.12.09改訂
  2018.04.04加筆修正

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