The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十九章 拭えぬ過去‐Axel and‐(7)
だからこそ、不肖の弟子はしっかりと首肯しておく。
「はい、解ってます」
けれども、カンビオが目視できる距離まで来たところで、一行は思いも寄らぬ人物と遭遇する事となった。
その人物こと《精霊使い》は、一行――特にマンスの姿を目にするや否や、魔道具である筆を右手に持ち、その手で左手の袖を掴んで戦闘態勢となる。
「ま、待って!」
この前の彼の不審な様子が頭の片隅に残っていたマンスは、慌てて彼を止めようとする。あの時のエマやレオンス、《鋼精霊》が感じたものが本当なのか、自分自身で確かめたくもあったのだ。
しかし、彼は聞く耳など持とうとはしなかった。纏わり付く何かを振り払おうとするかのように左腕の袖を勢い良く捲り、その下に潜んでいたブレスレットを掲げてみせた。
「《鉄精霊》!」
瞬間、そこから鈍色の光が飛び出し、アルマジロの姿を形成する。
それを目にした一行は即座に警戒態勢や戦闘態勢へと移行するが、マンスはそれでも武器を取れなかった。今までの件から《精霊使い》のことは大嫌いだったが、もしかしたらという僅かな希望を捨てきれなかったからだ。
「おにーちゃんは、この前、アシヒーのことを捕まえようとしてなかったよね!? それって、人工精霊もちゃんと生きてるんだって、気付き始めてるからなんじゃないの?」
今までのように睨み付ける事もすぐさま臨戦態勢になる事も無く、歩み寄るかのような姿勢を見せたマンスに皆は驚きを顕わにするも、彼の邪魔をしないよう行動ではなく待機を選ぶ。ただし念の為、警戒は解かなかったが。
だが《精霊使い》は構わず左手を振り、直後アルマジロが高速で回転しながら突進してきた。
「〈結界〉」
即座にスラヴィが最前に飛び出て〈結界〉で阻むが、これにより相手方には応じるつもりなど無いのだと皆の知るところとなる。そうなれば待機に甘んじるのは自殺行為になる為、アシュレイやアクセル、エマはすばやく薄い膜を通り抜けて敵目がけて駆け出していった。ターヤはマンスとエマが気にかかりつつも詠唱を始め、スラヴィは〈結界〉の維持に努める。
そしてマンスは、どうして解ってくれないのという顔になっていた。
「もうこんな事は止めて! もうたくさんだよ! みんなが……精霊がかわいそうだってわからないの!?」
「黙れ!」
返されたのは、普段の口調とやる気の無い様子からは大きくかけ離れた、彼の素顔だった。
「精霊と契約できる《召喚士》で……しかも四精霊を従えているおまえなんぞに、俺の気持ちが解るものか!」
解っていた、つもりだった。自分は多大なる素質に恵まれているのが当然の事で、またそのような素質を少しでも持つ者を多く見ていたが、それは全体から見ればほんの少数でしかない事を。マンスは、頭では理解していたつもりだった。
けれども、その言葉は思いの外少年の胸を抉り、大きな痛みを与えた。理解した気になっていただけだったのだ。
「っ……でも、精霊だって生きてるんだよ!? ぼくたちと同じ命なんだよ!」
それでも、マンスはそう叫ばずにはいられなかった。全ての精霊を愛するが故に、彼の行為を否定する為に、そう叫ぶしかなかった。
相手は応えず、右手の筆を振る。
「〈反魔術〉!」
「〈反魔術〉」
即座に〈結界〉が狙われたのだと皆は気付くが、同時にオーラが同じ魔術で《精霊使い》の魔術を打ち消していた。
一時揺らぎかけた〈結界〉は彼女のおかげで事無きを得る。
ちっ、と相手から舌打ちが飛び出した。再び筆を持つ腕が振られ、今度はその周りに薄い膜が張られる。
「〈結界〉まで――使えるのね!」
背後から奇襲しようとしていたアシュレイの目論見は外され、そこに《鉄精霊》が突進してきた為、彼女はすばやく後退する。
アルマジロはそのまま地面にめり込むように衝突し、そこで高速回転する事で無理矢理飛び上がり、方向転換してアクセルとエマを狙う。
「『展開』!」
アクセルは横に動いて避けたが、エマは不可視の盾を展開して真正面からこれを受け止める。
「エマ様!?」
普段とは異なり無謀とも言える行動に走った彼に、アシュレイが驚きの声を上げる。
様子のおかしい彼には他のメンバーも意識を奪われてしまい、それはターヤも例外ではなかった。思わず詠唱を中断してしまうくらいには動揺した。
(やっぱり、まだ全然大丈夫なんかじゃ――)
「〈切り刻む草〉!」
「〈反魔術〉」
彼女の思考を遮るように《精霊使い》が動けないエマを《鉄精霊》ごと魔術で狙うが、これもまたオーラによりあっさりと阻まれる。
またしても《精霊使い》から舌打ちが聞こえた。今までとは明らかにその様子が違う事に、焦り自暴自棄になっている事を、勘の良い面々だけではなくターヤとマンスもまた察していた。
それを見たアクセルは、近くに居たアシュレイへと声をかける。
「エマの方は一旦置いとけよ、あいつなら問題無いだろ。それにしても、あっちも様子が変だよな。いつもの淡々としてるっつーか、どうでも良さそうっつーか……とにかく、余裕がねぇみてぇだ」
「そうね。――付け入る隙になるかもしれないわ」
す、と目が細められた時にはアシュレイの姿は消えていた。
怖い女だと内心で肩を竦めつつも、アクセルも同じことが言いたかったので特に問題は無い。
「――〈睡眠付加〉!」
「〈反魔術〉!」
そこで、未だ《鉄精霊》と力を拮抗させたままのエマを助けるべくターヤが相手を眠らせようとするが、それは即座に気付いた《精霊使い》により消滅させられる。
だが、これにより一瞬だけ《鉄精霊》の動きが鈍り、エマはその隙に後退していた。
「エマ!」
ターヤが思わず彼の名を呼んで駆け寄る声と同時、突然《精霊使い》の真正面にアシュレイが現れる。その際、オーラへとほんの一瞬目線が寄越された。
「っ――〈防護膜〉!」
彼女の攻撃は咄嗟に《精霊使い》が反応できた事で防がれるが、その隙にアクセルもまた肉薄していた。かくして二人から猛攻を食らう事となった男性は、慌てて《鉄精霊》を呼び戻そうとする。
「〈光の檻〉」
しかし、それよりも早くオーラの声が響き渡る。
瞬間、アルマジロを幾つもの光の線が縦横無尽に覆い、ある程度自由だが、その実殆どの動きを制限してしまう球体の檻を作り出す。
「! 《鉄精霊》!」
即座に《精霊使い》は名を呼び、《鉄精霊》を一旦〈精霊壺〉に収める。それから攻撃を続けている眼前の二人を倒すべく、彼らへと向けてブレスレットを構えた。
「〈体感停止〉」
しかし《鉄精霊》を呼ぶよりも早く別の声が聞こえ、次の瞬間《精霊使い》は全身が硬直してぴくりとも動かせなくなった。両足は元より、筆を持つ右腕どころか、ブレスレットを着けている左腕すらも。
「しまっ……!」
「うおりゃぁぁぁぁぁ!」
彼が相手の意図に気付いた時には既に遅く、思いきり振り上げられ力任せに振り下ろされた大剣が透明な膜に叩き付けられていた。その重さと威力に耐えかねてか、その表面にひびが入る。
ハードチャップ
ライトケイジ