top of page

二十九章 拭えぬ過去‐Axel and‐(10)

「でも〔軍〕が襲ってるのは〔ヨルムンガンド同盟〕に加盟してるギルドだけみたいだし、あんたのところは大丈夫なんじゃないの?」
「そうだな。けど、念の為に警戒しておくのは別に悪い事じゃないだろ? 杞憂だったなら、後で酒の肴にでもすれば良い話だからな」
 さりげなく食い下がろうとしたアシュレイだったが、レオンスに正論を返されてしまい、ぐうの音も出ないと言うような顔になる。
 その傍らでは、腕を組んだアクセルとファニーが火花を散らしていた。青年の方から見下ろすように睨み付けた事で、少女の方もその性格が災いして対抗してしまったからである。無言で視線と視線がぶつかり合う。
 そちらに気付いたターヤはどうしたものかと思うが、同じく気付いたレオンスとアシュレイもスラヴィに倣って傍観していた為、とりあえず今は見守るだけにした。
「おまえ、何であの時、俺の財布を盗ったんだよ?」
 先に口を開いたのはアクセルの方だった。
 いや一番前に居たからなのでは? とターヤは思うのだが、予想外な事に加害者の出した答えは違った。
「それは……あんたが、あいつと似てたから、つい……」
 あれから申し訳なく思うようになっていたファニーは、思わず対抗する事も忘れて気まずそうに視線を逸らす。あれが八つ当たりであった事は既に自覚していたからだ。
「探す手間が省けました、〔屋形船〕のギルドリーダー」
 だが、あいつって誰だよとアクセルが問う前に、突如として割り込んでくる声があった。
 一行がすばやく振り返り、〔屋形船〕の二人が視線を移した先に居たのは、一人の少年だった。ターヤとスラヴィとレオンスとしては初めて見る顔に等しかったが、アシュレイは彼を良く知っており、そしてアクセルは既視感を覚えた。
 聞こえてきた内容からレオンスを守るように立ち位置を変えたファニーは、硬直した。
 また軍人が姿を現した事で、街の空気も一気に張り詰められる。
「あんたが寄越されるなんてね、カルヴァン元帥補佐」
「それが《元帥》の命令ですから」
 苦々しげなアシュレイに対し、その人物ことユベールは淡々としている。
「カルヴァン……?」
 一方、アクセルは見覚えのある顔と合わせて、聞き覚えのある名を耳にした事により、益々思考を巡らせていた。そして、とある一つの結論に行き当たる。
「! ユベール! おまえ、カルヴァンのところのユベールだろ?」
 突如として嬉しそうな声を上げたアクセルに、その場の空気が霧散させられる。
 皆の視線が彼に集うが、当の本人はどこか感慨深げに頷くだけだった。
「随分と大きくなったもんだなぁ。つっても、最後に会ったのは親戚の集まりだったから大して顔も合わせなかったし、おまえが一歳にもならない時だったから、覚えてる筈もねぇだろうな。しっかし、あれから十二年経ったからなぁ、すぐには気付けなかったぜ」
 その言葉により、皆は二人が知り合いなのだと知る。そして、眼前の軍人が調停者一族なのだという事も。
 そしてファニーは、ここでようやくアクセルを最初に見た時、なぜ彼を想起してしまったのかという理由に気付く。親戚だからこそ、この二人には顔や雰囲気など共通点が多かったのだ。
 ユベールもまた、眼前の赤い服の青年の正体に予測がついていた。
「貴方は……まさか、アクセル・バンヴェニストですか?」
「ああ、そうだよ。……もしかしなくても、今の俺は一族では裏切り者だの脱走者扱いになってんのか?」
 相手の反応から良くない予想が浮かび、アクセルは表情を正す。
 なぜかそこに現族長の姿を重ねてしまい、反射的にユベールは姿勢を正して首肯した。
「は、はい、私が居た頃はそうでしたけど……ただ、私も三年前から家には帰っていないので、今はどうなっているのかまでは……」
「そっか、おまえも、あそこを出たんだな」
 自分から振っておいた本題よりも、彼もまた同じなのだという事を悟ったアクセルはそちらの方を気にする。

 そして、彼が口挟んだ辺りからすっかりと張り詰めた緊張感は迷子になってしまっており、まるで〔軍〕が他ギルドを次々と襲撃しているという話など嘘のようだとすら思ってしまうターヤであった。
 ユベールもまたその事に気付いたらしく、一度咳払いをして自戒する。そして腰の剣へと手を伸ばし、同時に体勢も変えた。
 これにより空気は復活し、皆もまた戦闘態勢をとる。
「《元帥》の命令により、これより〔盗賊達の屋形船〕を裁かさせてもらいます」
 淡々とする事に努めているかのような声だった。
 アシュレイが相手に聞かせようとするかのように舌打ちする。
「ったく、この《元帥》馬鹿……!」
 それは聞かなかった振りをし、抜刀したユベールは眼前の相手へと目がけて駆け出した。
 一方その頃、その場に残った三人は無言だった。マンスは《鉄精霊》の件からまだ完全には立ち直れておらず、エマもなぜか様子がおかしいままであり、オーラもまた元より会話をするしないの落差が激しいからだ。
 しかも、マンスは無理にでも立ち直ろうと気張り始めていた。先程休んでいて良いとは言われていたが、今はそのような事をしている暇はないのではないかという思考が前面に出てきていたのだ。
 その様子を四精霊は無言で見守っていた。ここが彼にとっての正念場だと思い、次の主としてどうするのか見届けようとしているからだ。
 一番に彼を心配する筈のモナトは彼らに言いくるめられ、とうに姿を消していた。
「カスタさん」
 そのような中で、口火を切ったのはオーラだった。
 彼女が相手だからか、マンスはぴくりと反応はしつつも、そちらを見ようとはしない。
 それでも構わず彼女は先に行く。
「命というものは有限です。人間でも、ドウェラーでも、龍でも、精霊でも……《神器》でも、どのような種族にも必ず終わりはあります」
 だから《鉄精霊》の死を今すぐにでも割り切れと言うのか、とそう解釈したマンスは怒りを覚えかける。
「ですが、大切な人を失うという事は、誰にとっても悲しい事ですから。ですから、無理に受け入れようとはしなくても良いんです。まだ、貴方は泣いていて良いんですよ」
 諭すような声だった。普段のような拒絶する為の敬語ではなく、素と思しき優しく労わるような敬語だった。
 もう、マンスは彼女自身に対して何も言う気は起きなかった。代わりに、ぽろぽろと再び目尻から幾つもの涙が零れ落ちてくる。そして、胸中に抱えていたものが口から顔を覗かせた。
「でも、ぼくはまだアシヒーのことも何もできてないし、アシヒーやフェルマの親のミネラーリのことだって、まだ……」
『あら、アシヒーなら問題無さそうよ。何せ、我らが《精霊女王》直々に〈マナ〉の供給を受けているみたいですもの』
「!」
 しかし《水精霊》が口を挟んだ事で、マンスの表情から悲痛さが吹き飛びかける。涙はぴたりと止まっていた。
『ったく、あの方は無茶しやがるよな、ほんとに』
『でも、だからわたし達はあの人についていくんだよ。それに、ミネちゃんならまだ大丈夫だよ。ぽやぽやしてるけど、芯は強い人だから』
『だが、急ぐに越した事はないだろう』
『あら、水を差すなんて空気の読めない人ね』
 安心させようとする《風精霊》の言葉には《火精霊》が釘を差した為、《水精霊》が笑顔のまま呆れたように言った。
 厳しいのか甘いのか解らない四精霊を見てマンスは微笑む。そして、ゆっくりと立ち上がった。
 それに気付いた《土精霊》が声をかける。
『何だ、もう大丈夫なのか?』

ページ下部
bottom of page