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二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(7)

「チコが『レイフ・カヴァーディル』をどう思っているのか、そもそもそいつが両親の仇だと知っているのかは判らなかったから名乗る事はできなかったし、しようとも思わなかった。おそらく俺は、おまえに面と向かって糾弾される可能性が怖かったんだろうな」
 それが、レオンスが今の今まで真実をひた隠しにしてきた理由だった。
 マンスは、何も言わない。
「そしてチコが〈マキナの悲劇〉の犯人を……俺を殺したい程恨んでいると知った時、俺は甥の手で裁かれるべきなんじゃないかと思った。その時にはもう覚悟は決まっていたのか、怖くはなかったよ。だから、俺はチコに殺されようと決めたんだ」
 もうレオンスは、とうの昔に笑ってすらいなかった。彼はただ真っすぐにマンスを見ていた。相手からの答えを待つかのようにそれ以上は何も言わず、それで全てだとばかりに青年はそこで判決を待ち望んでいた。
 けれども、少年は何も言えなかった。ずっと捜していた相手が――親の仇が目の前に居ると言うのに、どうしてか制止と熟考を促すもう一人の自分が居るのだ。早まるなと、彼を殺すなと叫ぶ自分が確かにいるのである。
「俺の処遇は、おまえに預けておくよ」
 それを察したのか、レオンスは申し訳無さそうな笑みを浮かべてから踵を返し、その場を去っていった。
 マンスは、もう何を信じれば良いのか解らないと言うかのような表情になっていた。


 その夜、召喚士一族の里に泊めてもらう事にした一行だったが、レオンスだけは頑なにそれを拒んで秘密の抜け道へと入っていってしまった。オーラがさりげなく後を追ったので大丈夫だろうと、皆は彼女に任せる事にした。
 そしてマンスは皆とは別に、実家と言っても過言ではない長の自宅に居た。久方振りに足を踏み入れた自室の床で、少年は膝を抱えて座っていた。
『……オベロンさま』
 いつの間にか肩に乗っていたモナトが、寄り添うように頬をすり寄せてくる。それを受け入れながらも、マンスはぐちゃぐちゃに混乱したままの思考を整理しようと先程から奮闘していた。
 しかし、一向に思考は整理されない。寧ろ、それどころか益々掻き混ぜられているかのようでもあった。
(ぼくは、あいつを捜して殺す為に旅をしてた筈なのに……でも、おにーちゃんは……)
「チコ、居るな」
 唐突に扉の外から声がかけられたかと思いきや、ノックもせずにそれは開かれた。マンスが止める間も与えられなかった。
「おばーちゃん、訊くならちゃんと返事を待ってよ」
 はぁ、と思わずそれまでの事を一旦忘れてマンスは溜め息をつく。
 だがしかし、部屋に入ってきたマリサは相も変わらず微塵も気にしていないようで、全く持ってそうは思っていない事が丸判りの声で謝る。
「それはすまなかったな。ところで、答えは出たか?」
 閉めた扉に背を預けるようにして寄りかかりながら、マリサが向けてきた問いの意味するところをマンスは知っていた。レオンスを赦せるのかと、彼女は尋ねていた。
 この質問に、マンスは即答できなかった。それは今まさしく、彼の脳内を混乱させている事柄であったからだ。
 モナトはその肩の上で、動かず何も言わずにいた。
 元より答えが出ているとは思っていなかったらしく、マリサは無言で待ち続ける。
「理由が、わからないんだ」
 そうしてしばらく経った時、マンスは呟きを口から落としていた。
「おにーちゃんは、何でみんなを殺したのかは言わないから、ぼくはおにーちゃんを許すか許さないかも決められないんだ。何で、おにーちゃんは……」
 未だ纏められていない思考で喋った為か、マンスの言葉はそこで途切れた。

 マリサはそんな少年を眺めたまま何も言わないでいたが、ふむ、と唐突に彼の注意を引く。
「チコよ、おまえは私が課した『課題』を覚えているか?」
「あ、うん。『《精霊王》になりたいのならば、自信と実力を身に付けてこい』だったよね」
 いきなり飛んだ話に面食らいつつも、マンスは里を出る前に言われた言葉をそのまま反芻する。
「そう。おまえは、その目標を達成できたか?」
「わからない、けど、旅に出る前よりは、身に付いたと思う」
 思ったまま率直に答えれば、マリサはそれで十分だと言わんばかりに笑みを浮かべた。
 それを目にしたマンスは思わず固まる。マリサは淡々とした表情を浮かべているのが常であり、笑うところなど彼でさえ滅多に見た事が無いからである。
「ならば、試練を受けてみないか、チコよ」
 何かを企んでいるかのように笑うマリサだったが、幸か不幸か、既に頭の中はいっぱいになっていたマンスがそれに気付く事は無かった。
「試練って、四精霊の……?」
「そう。《精霊王》になる為には、避けて通れない道だ」
 確かめるように恐る恐るといった様子で問うたマンスに返されたのは、首肯だった。
 途端に少年は慌て出す。
「でっ、でも、ぼくはまだ、ぜんぜんだめだし――」
「できないのか?」
 必死になって取り繕い断る方向に行こうとするマンスに対し、マリサは取り合わずに挑発的な言葉を向ける。
 その言葉でマンスは頭に血が上った気がした。
「でっ、できるよ!」
 ついつい弾かれるようにしてむきになって答えてしまってから、はっと我に返る。
 しかし時既に遅しとはこの事で、マリサは更なるしたり顔へと化す。
 ここでようやく、彼も彼女の表情が意味するところに気付いた。
「おばーちゃん、もしかして……」
「おまえは意外と心配性なようだが、ものは試しと言うだろう?」
 意図的且つこの結果を狙っていた事をあっさり認めたマリサに、マンスは唖然とするしかなかった。
「では明日、精霊の祠まで来ると良い」
 相手に反論する暇を与えないようマリサは続けてそう言うと、流れるように扉から背を離してマンスに背を向け、そのまま室外へと消えていった。
 眼前で扉が閉められたところで、がっくりと少年は項垂れる。すっかり騙されてしまった事に対する情けなさと、わざわざそのような手段で嵌めてくる育ての親への怒りと、そして試練に対する不安と恐れとで、胸中は先程以上にぐっちゃぐちゃになっている気がした。
『オベロンさま……』
 心配そうに見上げてくるモナトに大丈夫だと言うかのように笑いかけ、その頭を撫でる事しか今のマンスにはできなかった。
 その何とも言えぬ気持ちのまま翌朝を迎えたマンスだったが、いざ今日だと自身に言い聞かせれば、やけくそではあるが割り切れたような感覚になれた。よし、と無理矢理気合いを入れてから、彼は家を出る。
 目的地たる[精霊の祠]は、その名の通り精霊を祀った場所だ。里から少し離れた場所に位置するそれは、召喚士一族にとっての『聖域』であった。
 里の中を歩いていると、マリサから話を聞いたのか里の者達がマンスを見つめてくる。ある者は不安そうに、ある者は応援するように。
 けれども、それらは今のマンスにとっては煩わしいものでしかなく、故に彼は皆の方を極力見ないように努めながら、なるべく速足で目的地へと向かう。
 ようやく里を抜けて精霊の祠へと続く道に差しかかったところで一息ついたマンスだったが、その顔はすぐに強張る事となった。

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