The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(6)
「だから、あいつを『召喚士一族の面汚し』なんて呼んでたのね」
「そう。その後、あれがどうしていたのかまでは私は知らない。後は本人に訊く事だな」
それだけ言うと、マリサは踵を返して里に戻っていった。これでもう話は終わりだと、その行動もが告げていた。
その背中を見送りながら、一行は靄の残る胸中を持て余す。後は本人に訊けと言われても、自暴自棄になりかけている彼に問うて大丈夫なのかという不安があったからだ。マンスに至っては、彼と普通に話せるのかどうかさえ怪しいところだった。
だが、去っていく女性と入れ替わるように一行の方に向かってくる人影があった。
「レオン……」
ターヤの呟きに違わず、まさしく彼は渦中の人レオンスだった。
彼は一旦マリサと視線を交わしてから、また一行の許へと歩いてくる。そうして目的地まで辿り着くと、彼は皆を見回した。そして困ったように、けれど安堵するかのように少しだけ息をつく。
「その様子だと、長から俺の話を聴いたらしいな」
「ええ、聴いたわよ。里を出ていった後の事は、あんたに訊けって言われたけどね」
「それは、長らしいな」
率先してアシュレイが会話を請け負えば、レオンスは思い当たる節があるかのように苦笑してみせる。それから、今度は仄かな笑みは浮かべたまま、真剣な瞳で問うた。
「それで、君達は俺の話を聴くかい?」
「うん。わたしは、レオンのことが聴きたいよ」
間髪入れず、アシュレイよりも速くターヤは答えていた。ここで悩む様子を見せてはいけないような気がしたのだ。
返答を寄越したのが予想外の人物だった為にレオンスは数回程目を瞬かせたが、すぐに表情を直してゆっくりと応じ始めた。
「里を追放された後、俺は行く当てもなく彷徨ったよ。だけど、遂に疲労が限界まで達して行き倒れたんだ。ここで死ぬんだと思ったよ」
まるでそれが当然だと言うかのように語るレオンスは、そうなってほしかったのか残念そうな顔をしているようにターヤには見えた。先程から胸に溜まっている彼への言葉を吐き出したい衝動に駆られるが、まだ駄目だと何とか抑え込む。
「だけど、次に目が覚めた時、俺はまだ生きていた。どうしてなのかすぐには解らなかったけど、しばらくして助けられたんだと解ったよ」
「それが、今の〔盗賊達の屋形船〕の奴らだったのか?」
殆ど確信を持っているらしきアクセルの問いに、レオンスは頷いた。
「ああ。彷徨っていた俺を助けてくれたのは、カンビオのスラムの奴らだったんだ。……七年前まで、カンビオが貴族の支配下にあった事は知っているかい?」
話を一度横に置いてから問うてきた彼に、ターヤはこくりと頷いてみせた。
七年前――〈デウス・エクス・マキナの悲劇〉が起こった年まで、流通中心街カンビオは貴族により治められていた。最大の名家たるリューリング家は既に没落していたが、残った貴族達は何とか今までの体制と自分達の利益を保とうと必死に足掻き、カンビオの統治もしぶとく継続されていたのだ。特に〔十二星座〕が居なくなってからは、圧力から解放されたかのように彼らは傍若無人な振る舞いをするようになっていた。当時のカンビオは労働者の扱いが酷く、そこに住む人々は大半がスラム、つまりは貧民街に押し込められていた程である。
しかし、そんなある日、それまでは貴族にこき使われていた労働者達が、突如としていっせいに蜂起した。有志の青年達によって先導された彼らは貴族を悉く街から追い出す事に成功し、その先導者達は〔盗賊達の屋形船〕というギルドを立ち上げた。そうして彼らが中心となって街を仕切り、貴族を好まない外部からの協力者も現れた為、カンビオは今も『流通中心街』として機能している訳だ。
現在では〈盗賊反乱〉と若干の皮肉を込めて称されるその事件をターヤが知ったのは、レオンスと出会って〔屋形船〕が世間一般にはどう思われているか知ってからの事だった。それまで歴史の勉強を怠っていた訳ではないが、貴族や〔教会〕が隠蔽しようとしたのか、本にはあまり載っていなかったのである。
とは言え、ターヤ以外の面々も何かしらの手段で知りえていたらしく、聞いた事が無いなどという反応を見せた者は居なかった。
皆が知っていた事に安心したのか、レオンスの顔はほんの少しだけ綻んでいるようだった。
「彼らにはとても世話になったから、俺は彼らを同じ人とも思わないような貴族や〔教会〕が嫌いだった。だから、俺は彼らや俺の思想に賛同してくれる人達と一緒に蜂起して、奴らを追い出して、〔盗賊達の屋形船〕を立ち上げたんだ。名前は〈革新革命〉の時の英雄である海賊団から貰ったんだけどな」
そう言えば、〈盗賊反乱〉という呼称は〈革新革命〉に少しだけ引っかけられている、とどこかで読んだ事がある事を思い出したターヤである。
「それからはずっと〔屋形船〕に身を置いていたけど、〈マキナの悲劇〉の話を聞く度に罪悪感に襲われたよ。だけど、臆病な俺は自分が犯人だと名乗り出る事も、皆の墓参りに行く事もできなかった。……そんな時だったかな、《雷精霊》と出会ったのは」
その顔が、更なる自嘲で歪む。
「最初はひどく驚いたよ。何せ、彼女は俺が最後にこの手で殺したクロリスと、瓜二つだったんだから」
その視線が、右の掌へと落ちる。そちらが彼女にナイフを突き立てた手なのだと、その瞬間誰もが悟った。
「そしてひどく混乱して、次は恐怖に震えたよ。彼女は俺を強く恨んで死霊になったのかと思ったからな。けれど、違った。彼女は精霊に転生した事で、クロリスとしての記憶を喪っていたんだ。その時の俺は都合の良い事に、これはやり直せるチャンスなのかと思ったよ。だから、自分の護衛を名目に彼女と契約を結んだんだ。《召喚士》としての素質は無かったけど、一応は召喚士一族の端くれだったからな」
「でも、レオンは一度も召喚魔術は使ってないよね?」
ターヤが思い返すに、海底洞窟の時も先程も、彼は詠唱文言はいっさい唱えていなかった筈だ。どちらとも突然その場に《雷精霊》が顕れたような感じだった。
すると彼は、確かにそうだと言わんばかりに苦笑交じりの顔になる。
「俺がトゥオーノと結んだ『契約』はイレギュラーなものなんだ。詠唱を必要としない代わりに、俺の意思では召喚できないんだよ。勿論、俺の呼びかけに彼女が答えて出てきてくれれば話は別だけどな」
彼の説明に皆は唖然とする。なぜそのような自身に不利すぎる契約を結んだのかと、誰もが口にせずともその面で語っていた。無論、その理由がクロリスに対する負い目からだとは理解できていたが。
また、ターヤは〈契約〉にはさまざまな形があるのかとも思っていた。
「どうして、そんな契約にしたの?」
案の定スラヴィが皆を代表するように問うていたが、レオンスは曖昧な表情を向けるだけで、その質問には答えなかった。代わりに話を戻して進める。
「けれど、トゥオーノにはクロリスと混同するなと何度も怒られて上手くいかなかったよ。そのまま、結局、俺はその問題を有耶無耶にしたままだった。そんな時、君達が現れた」
視線がターヤを捉えたかと思いきや、次々に他のメンバーへと移っていく。
「そして、ペルデレ迷宮でマンスールが俺の甥のチコなんだと知った」
それまでマンスの視線には気付かない振りをしていたレオンスだったが、ここでようやく少年と目を合わせた。
これに少年は思わず驚いて後退しかけ、ターヤとアクセル以外の面子は今になってようやく、当時彼が見せた不自然さの理由を知る。あの時、彼はマンスが精霊術の使い手である事に反応を示していたが、それは少年が自身の甥だと気付いたからだったのである。
「元々使い手の限られる精霊術を使える奴は今は一人しか居ないと、俺はトゥオーノから聞いていたからな。実際甥の事は名前しか知らなかったけど、年齢から考えてマンスールがそうなんだと確信したよ」
どうやら精霊術には、飛び抜けた素質ではなく類稀なる素質が必要だったようだ、とターヤは驚愕した。