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二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(5)

 マンスは反射的に視線を逸らし、マリサは首を縦に振った。
「そう。話を聞いた瞬間、私はチコを里に置き、数人を連れて急いで現場まで向かった。そこで私達が見たのは……」
 そこまで言って、躊躇うかのようにマリサは突然口を閉ざす。
 だが、その反応から皆は彼女が言おうとしていたその先が読めていた。
「殺戮の現場と、そこに一人居るレオンス、かしら?」
 ゆっくりと、アシュレイは思い描ける通りのイメージで、けれどあまり直接的ではない範囲で状況を言葉に変換する。
 マリサもまた、ゆっくりと頷いた。
「そう。そこで私達が見たのは、殆ど原型を留めていない幾つもの死体が沈む広い血の海と、その中心に茫然と座り込むレイフだった」
「……!」
 実際にその現場を見た訳ではないが、想像だけでもそれは悲惨な光景だった。自らのイメージながら口元に手を当てたターヤだったが、そこでふとマンスが気になって視線を移す。
 少年は、怒りを必死に食い縛っているかのように小刻みに震えていた。
「誰がどう見ても、レイフが犯人である事は明らかだった。それでも信じたくはなかった私達は、レイフの傍に駆け寄った。だが……」
 またしてもマリサの言葉は途中で途切れる。
 今度は、彼女の言わんとしている事が確定できるまでは読み取れなかったので、誰も口を挟む事はしなかった。
「だが……あれの下には、同僚らしき一人の少女が倒れていた。彼女は……」
 それ以上は言えないらしく、マリサは再び口を噤む。その顔は、それまでポーカーフェイスを保っていた彼女らしくはない蒼白さだった。
『本来子宮がある筈の場所を、無残にも抉られていた、だろう?』
 しかし、そこに説明を担う第三者の声があった。
 弾かれるようにしてそちらを見た皆の視界に移ったのは、先程四精霊の攻撃からレオンスを守った、彼と契約しているらしき精霊こと《雷精霊》だった。
 いつの間に契約者から離れてここまで来ていたのか、と皆は驚く。
「トゥオーノ!」
『いかにも。私は《雷精霊トゥオーノ》さ』
 思わず声を上げたマンスに応えるように、若干茶化した様子で《雷精霊》は言う。
 けれども、それよりも皆は、その前の彼女の発言の方に意識の大半を奪われていた。だが、聞こえてきた内容が内容だけに誰も口にはしたがらない。
 だからこそ、アシュレイはまず息を吐き出した。そうしてから《雷精霊》を見上げ、まさかという思いで浮かんでしまった考えを口にする。
「あんたは……もしかして、〈デウス・エクス・マキナの悲劇〉の時に殺された人なの?」
『ああ、そうだとも。どうやら俺は「クロリス」という名前で、そのサーカスギルドの一員だったらしいな』
 その名に、皆は聞き覚えがあった。
 サーカスギルド〔機械仕掛けの神〕の空中曲芸の名手《天の花》クロリス。これまでの話から総合して考えても、彼女のことであるとしか思えなかったのだ。
『だが、その日、俺はレイフに馬乗りになられて左目を潰され、子宮にナイフだったかを突き刺されて、そのままぐちゃぐちゃに掻き回されて抉られ――』
「もう良い! それ以上は……言わないで」
 あっさりと何でもないかのように肯定したどころか、その時の状況を詳しくすらすらと口にする《雷精霊》を、慌ててアシュレイは止めた。これ以上は、自分の方が聴いていられなかったからだ。
 皆もまたそれは同じ事で、各々顔を蒼くしたり、耳を塞いだり、顔を逸らしたりしている。
 だがしかし、当の本人である筈の《雷精霊》だけは何ともないようで、少々つまらなさそうな表情をしていた。
『何だ、最後まで聞いておかないのか?』
「おまえな……よく自分の死因を、そうも楽しそうに語れるよな」
『「クロリス」は俺の前世でしかないからな。今の俺はただの「トゥオーノ」さ』
 盛大に皮肉ったつもりのアクセルだったが、《雷精霊》はあっけらかんとした声でそう返しただけだった。随分と綺麗に前世と現世を割り切っているのだと、ターヤは感心の念すら覚えてしまう。

「しかし、七年前に死んだ者が今現在精霊になっているとは、いったいどういう事なのだ?」
 その空気を変えようとするかのようにエマが《雷精霊》に向けた質問は、言われてみれば確かにとても気になる点だった。
 問われた方の《雷精霊》はと言えば、拍子抜けしたような面になる。
『何だ、知らなかったのか? 精霊とは、元々は生命として生きていた者から、素質のある者だけが選ばれてなれるものなのさ。人工精霊はまた別だがな』
「精霊が……」
 思うところがあるらしきスラヴィが呟く。
 ターヤはちらりとマンスの様子を窺ってみたが、彼はそこで初めて合点がいったような顔をしていた。
「そっか、だからみんなは……」
 何かを理解したかのように彼もまた呟くが、それは独り言故にとても小さく、後半部分はターヤの耳では拾えなかった。
「ともかく、貴女はレ……彼に殺されたのだな。しかし彼を恨んでいる訳ではない事は解ったが、なぜ彼と契約したのだ?」
 ついつい普段の調子で本人の名前を出しかけるも、一応は眼前の彼女に配慮するべきかと思い、エマはすばやく訂正した。
 それを見越して《雷精霊》は嗤う。
『俺がレイフと契約した理由、か』
 しかし、今度はすぐに自嘲するような笑みになる。
『そうだな……おそらくは、俺の中に「クロリス」として部分が残っていたんだろうな。「クロリス」はレイフが好きだったようだからな。だから、自分達を殺してしまった事で呆然自失状態になっているレイフを助けたかった、というところなんだろうな。まあ、確かにあの頃のレイフは、スラムの奴らと出会うまでは人形のようだったからな』
 トゥオーノが明かしたのは、皆にとっては意外すぎる理由だった。
 思わずターヤが顔も知らない彼女の立場になって、感傷的になってしまうくらいには。
「それくらい、クロリスさんにとってレオンは『特別』だったんだね」
 これに対して《雷精霊》は、肩を竦めるという曖昧な態度をとってみせただけだった。
「ところでよ、スラムがどうのって辺りはどういう事なんだ? まさか、そいつらが今の〔盗賊達の屋形船〕のメンバーになってたりするのか?」
『そこはレイフ本人から聞くと良いさ』
 アクセルの質問には時間切れだとばかりに全く答えず、現れた時と同様に《雷精霊》は空気に解けるかのように姿を消した。まるで最初から、そこには居なかったかのように。
 答えを貰えなかったアクセルは若干不満そうだったが、すぐに意識をマリサへと戻す。
「で、おまえらはあいつを見つけた後、どうしたんだよ?」
 ただし、言葉の方はゆっくりと紡いでいたが。
 それによりマリサも当初の話題へと脳内が回帰したようで、ゆっくりと話を再開した。
「あれの下に横たわるクロリスという少女の死体と、その血に染まったあれの両手とその傍に転がるナイフを見た事で、私達はレイフが犯人だと認めるしかなかった。しかも私達が彼らの埋葬を行った事で、元々召喚士一族に良い感情を抱いていなかった人間達は、ここぞとばかりに〈マキナの悲劇〉は私達召喚士一族が魔物と共に仕組んだ事だと言うようになった。幸か不幸か、一旦里に帰していたレイフもその事件で死んだ事にされていたが」
 だからこそ、召喚士一族は『人間の敵』として差別されるようになっているのか、とターヤは合点がいった。しかし死者達を埋葬してくれた彼らを無理矢理な難癖で犯人に仕立て上げようとする悪意には、一応同じ人間とは言え薄ら寒さすら感じられた。
「皮肉にも、それは遠からず真実だったんだね」
 スラヴィの言葉が全てのように思えたのは、おそらくターヤだけではなかっただろう。
 マリサもまた同意するかのように首肯していた。
「だからこそ、私達はこれ以上召喚士一族の名を貶めない為にも、レイフが犯人である事を黙す代わりに、一族から追放する事に決めた。あれもまた、まるでそうなる事を望んでいるようだった」

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