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二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(4)

「さて、まずお前は、なぜここに私が来たのか、その理由に目途がついているか?」
 少年の横まで移動したマリサは彼へと問いかけるが、当の本人にも何となく察しはついていた。
「そう、レイフの事だ」
 やはり、と声には出さずマンスは呟く。召喚士一族の害となりえそうな存在には容赦の無い彼女のことなので、彼を擁護するとは思えないが、彼に関する説明をくれるのではないかとは思っていたのだ。ごくり、と知らず知らずのうちに喉が鳴っていた。
 少年のその反応を見逃さなかったマリサは、それを了承ととった。
「なぜレイフが自らの所属していた〔機械仕掛けの神〕を虐殺したのか、なぜ《雷精霊》と契約しているのか、知りたいだろう? ……お前達も」
 不意にマリサの声が別所に向けられたような感覚に陥ったマンスが、思わず頭を持ち上げて振り向かせれば、そこは特定の二人を除く一行が居た。
 彼らへとマリサは問いかける。
「聴いていくか?」
「マンスが、それで良いのなら」
 マリサに答えたのはターヤだった。彼女は、真っすぐ真剣に少年を見ている。
 その顔を見たマンスは、思わず気圧されたかのように頷いてしまった。
「ならば、お前達も聴いていくと良い」
「その前に、あたしはあんたの名前について知りたいんだけど?」
 本人の許可も下りたところでマリサは五人を歓迎するが、その話はアシュレイが一旦脇に寄せていた。その眼はマリサに向けられている。
 そこで自己紹介もまだだった事を思い出し、マリサは合点のいった顔になる。
「ああ、まだ名乗っていなかったか。私はマリサ・ベアガーラ。この召喚士一族の里を纏める長であり、チコの親代わりでもある」
 皆が何となく思っていた通り、彼女こそが以前マンスが言っていた『親代わりの人』であった。
「それにしても、訊いたあたしが言えた義理じゃないけど、素性の判らないあたし達に、ここが召喚士一族の里だなんて教えちゃって良かった訳? あんた達の事を『異端者』だなんて嫌ってるのかもしれないのよ?」
「レイフは私達に危害を加えるような者は連れてこない。あれはそういう男だ。それに、お前達はトープが認めた者でもあるからな」
 ほんの少しの皮肉と多くの忠告と心配とで形成されたアシュレイの発言に、それを察したマリサは問題無いという旨を返す。
 今度はアクセルが彼女の言葉に反応する。
「トープって、あの門番代わりの土竜の魔物だったよな」
「あれは目が見えない代わりに、精霊と同じように相手の善悪を見抜く事ができるからな。あれが認めたお前達にならば、話したところで問題は無い。それに相手が悪だと判れば、あれは容赦無く抜け道を崩落させるだろう」
 話に聞く限りでは実に優秀な門番のようだ、とターヤはトープに対する認識を改めていた。
 しかしスラヴィは疑問が生じたようで、マリサに問いを投げかける。
「でも、それだとカスタとか……外に出てる人達は帰ってこれなくなるんじゃないの?」
 マンスの名に続けて何事かを言いかけ、けれどもすぐにスラヴィは言うのを止めた。何事も無かったかのように質問を先に進める。
 おそらくレオンスの名前を出しかけたが、マンスに配慮して噤んだのだろうと皆は推測する。
 同じく気付いていたからこそ何か言いたげな顔でスラヴィを見るマンスだったが、結局彼は何も口にはしなかった。その代わりか、一人だけ座っているのを止めて立ち上がる。
「レイフは元から帰ってくるつもりなど無かっただろうし、チコには四精霊がついているから問題は無い」
 少年の質問に答えてから、改めてマリサは聴衆を見回した。
「それと、先程私は『なぜ』という疑問を並べ立てたが、あの二つについては本人の口から聴くと良い。私は、そのヒントとなりえるだろう事実についてのみ述べる」
 軽い詐欺じゃねぇかよとアクセルがぼやくも、それは華麗にスルーされる。

「あれは……レイフは、その姉ハナと同様に召喚士一族の閉鎖的な掟に縛られる事を嫌い、同じく自由を望んだダリルと三人で召喚士一族を出ていった。当時は人間とそこまで対立していなかったとは言え、異界から精霊や魔物を召喚できる私達は一般人から見れば『異質』らしく、あまり良くは思われていなかったからだ」
 例え同じ人であっても、人間は異質な存在を恐れて忌み嫌う。それを端的に表しているのかもしれないと、ふとターヤは思った。
「ともかく、その先でハナとダリルは結婚し、彼らは〔機械仕掛けの神〕を設立した。最初は小さなギルドだったが、メンバーが集まってきてからは一気に大きくなり、有名になったらしい。それから少ししてチコが生まれたが、ギルドの仕事が忙しかった彼らは私にチコを預けた」
 うん? とターヤはそこで疑問を覚える。
 同時にエマが、マリサに問うべく口を開いていた。
「先程、三人は一族を出ていった、と聞いたのだが?」
「彼らは私と話をして、穏便に外へ出ていっただけだ。別に一族の害になった訳でも、袂を分かった訳でもないのだから、私達に拒む理由など無かった」
「別に勘当されたって訳じゃないんだ」
 スラヴィの呟きに頷き、マリサは話を進める。
「だからこそ、チコは殆ど両親の顔も覚えていないし、親戚の顔も知らないで育った。何の因果か、レイフ達の親は既に他界していたからな」
「あれ? でも、マンスはあなたを『おばーちゃん』って……」
 先程から疑問ばかり思い浮かぶターヤである。確かにこの里に来た時、現れたマリサを見てマンスは『おばーちゃん』と呼んでいた筈なのだが、と彼女は思い返す。
「いや、私とチコは血が繋がっていない。その子はエルフだが、私はドウェラーだ。ドウェラーの二年は人間の一年だという事は知らなかったか?」
 しかし答えは簡単な事だった。
 そこについては初耳だったターヤだが、聴いた通りに考えてみる。
(えっと、人間の一年がドウェラーの二年って事は、ドウェラーは二年で一歳って事だよね)
「……って事は、ドウェラーは人間よりも二倍の時間を生きるって事?」
「そう。だから私は今人間に換算すれば軽く五十は超えているが、ドウェラーとしてはまだ若い方だ」
 思い付いた結論に若干不安を覚えたので恐る恐る訊いてみれば、応という答えが返された。途端に驚きに襲われ、ターヤは唖然としてしまう。
 そんな彼女に代わり、アクセルが口を開く。
「って事は、言葉通りの『親代わり』って事だったんだな」
「と言うか、マンスはエルフだったのか」
「あ、うん。言ってなかったよね」
 驚きを含んだエマの呟きに頷くと、マンスは帽子を頭から取って小脇に抱えた。それから髪を纏めていた右の髪留めを外し、その髪を全て耳の後ろにかける。そうして顕わになった耳は、エルフの証として有名な尖った耳だった。
 これには一行も驚かざるをえない。
「ほ、本当だ」
「エルフである事を隠す為に、そんな髪型にしてたのね」
「うん。召喚士一族だって知られても困るけど、エルフだって知られても困ると思ったから」
 そう言って髪型を元に戻すマンスからマリサへと、アシュレイは視線を戻した。
「ちょっと話が脱線しちゃったけど、先をお願いしても良いかしら?」
「問題は無い」
 首を縦に振ってから、マリサはどこまで話したかを思い出す為に少し間を置いた。
「それで、チコを預かる事になったところまで話したか。そうして私はチコを預かったが、この子が五歳になった時、事件は起こった」
「それが、〈デウス・エクス・マキナの悲劇〉なんだね」
 無意識のうちに、ターヤは後を引き継ぐかのように声を零す。

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