The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(3)
それを目にして驚いたような顔になるレオンスだったが、そうだな、とまるで今にも泣き出してしまいそうな笑みを浮かべたまま呟く。
「おまえになら、殺されても良いかもしれないな」
まるでその方が良かったと、暗に言っているようでもあった。
自身の命を何とも思っていないかのようなその物言いは、再びマンスの沸点に触れた。
「っ……おにーちゃんの、ばかっ!」
感情のままに叫ぶや否や、マンスは踵を返して墓地から飛び出していった。
それと同時にマリサも彼の後を追う。
かくして、その場にはマンスを除いた一行だけが残される。しかし先刻の爆弾発言もあってか、誰も進んで口を開こうとはしなかった。五人は互いに目を見合わせながら、レオンスの様子を窺っているだけだ。
彼は少年が去った方向を眺めたまま、微動だにもしていなかった。
「レオンスさん」
そんな彼へと、ようやく口を開いたオーラが声をかければ、返事は無かったが顔を向けてくるという反応はあった。その事に内心で少し安堵してから、彼女は残りの面々を振り向く。
「申し訳ありませんが、少しばかりレオンスさんと二人きりにしていただけませんか?」
これまた急な申し出であった為、皆は顔を見合わせる。
「うん、良いよ」
そんな彼らを差し置いて、ターヤは一人頷いていた。
珍しく、まるでアクセルやアシュレイのように自らの判断で勝手に決めてしまった彼女に皆は驚くが、当の本人はそちらは気にせずに「でも」と付け加える。
「その前に、一つだけ訊いても良い?」
「はい、どうぞ」
同じく少々面食らいつつも、オーラは先を促した。
「ここって、やっぱり召喚士一族の里なの?」
「はい。ここは召喚士一族の住まう地、[秘境の里ユーバリーファルング]です」
「そっか、ありがとう」
自身の予想に間違いが無かった事だけを確認すると、ターヤは踵を返し、二人とは反対方向――墓地の外へと向かって歩き出した。その際、皆の背中を押して強制的に連れていくようにしながら。
「おいターヤ!」
それに対してアクセルが抗議の声を上げるが、彼女は無視させてもらう事にした。
アシュレイとエマ、スラヴィは察しがついているのか何も言わず、彼女に押されるがままに歩いている。
そうしてそのまま五人の姿が墓地から消えてから、オーラはレオンスに向き直った。
「レオンスさん」
「……何だい?」
もう一度呼びかければ、今度は間が開いてはいたが返答があった。
「貴方は、カスタさんに自ら殺される事で、贖罪にしようと思われていたのですね」
疑問でも質問でもなく、確信を持った確認だった。
レオンスは、何も言わなかった。
それが肯定の証だと解っているオーラは、ふぅ、と溜め息を一つ吐き出す。
「私が言えた立場ではありませんが、貴方はそうやって、逃げようとしているだけかと」
「そうだな。そう、なんだろうな」
最初から頭では理解していて、けれど実のところは認めたくないかのようにレオンスは曖昧に肯定する。彼本人としてはそれが最良の贖罪になるのだと思っているが、僅かにでも残った冷静な部分がそれは違うと主張しているのだろう。
だからこそ、オーラはその彼を諭す冷静な部分で居ようとする。
「以前、貴方はカスタさんを『精霊に人殺しをさせる気か』と諭しましたよね? ですが今の貴方は、彼にその大切な友人を使って御自分を殺させようとしている。幾らそれしか贖罪が思い付かなかったとは言え、それは彼の叔父としては最低の行為です」
静かな怒りを孕んだ面でレオンスを正面から見据え、オーラははっきりと告げた。
そこも冷静な部分ではしっかりと理解できているらしく、彼は無言で気まずそうに視線を逸らす。
しかし、ここで終わらす気などオーラには無かった。
「貴方が、カスタさんが御自身の甥だと知ってから気にかけるようになり、彼が御自身を恨んでいる事を知ってからは、彼の手で殺されようと考えていた事は知っています」
そこで一旦、彼女は言葉を切った。中途半端な事が気になって再び向けられたレオンスの視線を捉え、彼女は微笑む。
「覚えていらっしゃいますか、私と貴方の『契約』を」
「俺は君を傍に置く事を許してもらう代わり、君の邪魔は極力しない。そういう『約束』だったな」
なぜ、そのような話を今ここで持ち出してくるのかと疑問に感じつつも、レオンスは普段のように答える。
するとオーラは、それを待っていたと言わんばかりに頷く。
「それと、貴方の隣を御借りする代わりに、貴方の邪魔も極力しない、そのようにも取り決めていましたね」
言われてみれば確かに、そのような後半部分もあったかとレオンスは思い出す。自身にとって重要なのは前半部分だったので、もう半分についてはすっかりと忘れかけていた。
「ですから、今こうして私が貴方を止めようとしているのは『契約』違反なのでしょう。ですが、私にはみすみす貴方を死なせる気などありません」
その言葉だけで、先程までの決意を大きく揺らがせている自分が居る事に気付き、レオンスは隠さず自嘲の笑みを零した。彼女は知っていて自身の想いに付け込んでいる事を頭では理解しながらも、やはり気持ちは正直だった。
「……オーラ」
「はい、何でしょうか?」
それを誤魔化すかのように、躊躇いがちにレオンスが名を口にすれば、彼女は先程までとは一転して微笑んだ。
しかし、名前を呼んだのは殆ど無意識の行動だったので何を言えば良いのか解らなくなるが、彼は咄嗟に思い浮かんだ曖昧な言葉で一歩逃げる事にした。
「名前呼びに、なっているな」
「はい。サービスですから」
けれども、彼女は言葉だけならば先刻のアシュレイのように言うだけで、途端にレオンスは複雑そうな笑みにならざるをえない。
「サービス、か。君は、本当に残酷だな」
オーラは、もう何も言わなかった。
一方、墓地を飛び出したマンスは、気付けば居住地に戻ってきていた。そこで皆に迎えられるも、皆の遠慮や気遣いが滲み出ているどこか気まずい雰囲気は、今のマンスにとっては重荷でしかなかった。
その為、彼は挨拶も話もそこそこにその場も離れ、今は里の郊外で膝を抱えて座っていた。
(何で、おにーちゃんは……)
その胸中ではさまざまな思いが一度に渦巻いて、感情のごちゃ混ぜ状態を作り出していた。故に、それを少年は上手く言葉にできずにいる。
「ここに居たのか、チコ」
唐突に背後からかけられた声に驚きはしなかったものの、振り向く事もしなかった。その声から、相手がマリサだと判別できていたからでもある。
「他の者には挨拶をしたようだが、私はされていないが?」
大した反応も見せないマンスを少々からかうかのように、彼女は声をかける。
そう言われてしまえば途端にばつが悪くなり、そのような気分ではなかったが渋々と少年は立ち上がろうとする。
「いや、立たなくても良い」
だが、それは直前にマリサ自身に制されていた。
だったらそんな事は最初から言わないでほしいと内心では文句を垂れ流しながら、マンスは持ち上げかけていた腰をゆっくりと元の場所に下ろす。