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二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(2)

「いや、まさかそのような事は――」
「そ、そうだよ! おにーちゃんはそんな事するような人じゃないよ! ね!?」
 戸惑いつつも否定の言葉を並べたてようとするエマに最後まで言わせず、マンスはスラヴィの推測を否定しようとする。そしてレオンス本人にも同意を求めた。はっきり違うと言ってほしいのだと、その必死な瞳はありありと主張している。
 だが、レオンスは心の底から申し訳無さそうに微笑み、そして首を横に振ったのだった。
「……!」
 その直後、マンスは信じていたものを根本から前否定されたかのような、呆然とした表情になる。
 益々眉尻を下げるレオンスだったが、はっきりと真実を皆の前で自ら口にする。
「ごめんな、チコ。俺が、〈マキナの悲劇〉の犯人なんだ」
「「!」」
 今度は皆が更なる驚きに見舞われ、それぞれ衝撃を受ける番だった。
 けれど、マンスはそれ以上だった。
 そして、アクセルは彼に次ぐくらいの驚愕をレオンスに向ける。
「おまえも……」
 その後に続くのであろう言葉は我に返った本人により飲み込まれたが、彼の言いたかったであろう事をレオンスは察していた。けれど、自分と彼では理由も状況も異なりすぎるのだと内心で自嘲するしかない。本人の望みを叶えて殺すのと、相手の意思に関係無く殺すのとでは、あまりに違いすぎるからだ。自嘲が、零れた。
 それを見たオーラが口を開きかけ、しかし思い止まったかのように閉ざす。
 まるで石像の如く硬直してしまったマンスに何か言おうとしたレオンスだったが、その前にスラヴィが口を開いていた。普段通りのように見えて、躊躇いを含めた様子で。
「もしかして、ペリフェーリカで〔ウロボロス連合〕のメンバーを殺したのも、エスコフィエ?」
 驚いたように彼を見て、しかしすぐにレオンスは肯定した。
「ああ」
「……やっぱり」
 その答えを聞いた時、思わずターヤは呟いていた。
 それを耳が拾い上げたらしく、レオンスが彼女を見て苦笑いを浮かべた。
「気付かれていたのか」
「あ、うん。それが起こってた時のレオン、何か変だったから、もしかして、って……」
 最後までは言えず、声は次第に萎んでいき、空気に溶けた。自分が悪い事をした訳でもないのに、どうしてかレオンスの顔を正面から見れず、ターヤはそっと上目がちに相手の顔を窺う。
 逆に、一般的には悪事と呼べる行動を働いた側である筈の彼は、苦笑したままだった。
「君は、意外と勘が良いんだな」
「……何で」
 その語尾に被せるかのように、ぽつりと小さな声が生じた。
 そちらへと視線を動かせば、顔を俯き気味にしたマンスが全身を小刻みに震わせていた。両側にだらりと下げられたその拳は、きつく握り締められている。
 嫌な予感を覚えて、ターヤは彼とレオンスとを交互に見た。
 レオンスは、何も言わずにマンスの続く言葉を待っていた。
「何で……おにーちゃんは、おとーさんとおかーさんを、みんなを……殺したの?」
 全身は怒りを必死に耐えているかのように震えていたが、その声にはまだ期待の色が残されていた。以前アルタートゥム砂漠で彼本人が否定した、ターヤと同じ主張を抱いているかのようだった。
 それでもレオンスは――真実を包み隠さず伝えると既に決めていた彼は、嘘で取り繕う事などしようともしなかった。
「その時の俺にとっては、それが最もやりたい事だったからだよ」
 大切且つ重要な細部は曖昧に誤魔化された確かな事実を、彼は甥に突き付ける。
「っ……!」
 それが、引き金となった。
 瞬間、両目の見開かれた憤怒の表情を持ち上げた少年の頭上に、色の異なる四つの魔法陣が出現したかと思いきや、そこから四つの影が出現する。言わずもがな、四精霊であった。

「マンス!」
「落ち着くんだ!」
 慌ててターヤは彼の名を呼び、エマは制止の声を上げ、皆もまた彼を止めようとするが、完全に怒りに意識を支配されているらしき少年には届かなかった。
 自身に向けられるであろうそれを、レオンスは変わらぬ表情のまま見上げていた。まるで最初から、こうなる事を望んでいたかのように。
 彼の決意を知っているオーラは、本人から先に釘を刺されていた為に動けない。
 黙って状況を見守っていたマリサもまた、未だそのままの姿勢を貫き通していた。
「信じてたのに……!」
 怨嗟の声が、その場に響き渡る。
 それに呼応するどころか引っ張られている四精霊には、契約者を止める術など無かった。
「おにーちゃんの、人殺しっ……みんなの、仇っ!」
 怒りに身を任せた少年は、四精霊の攻撃の矛先をレオンスへと向けさせる。
 残りの面々は彼を止めたかったが、四精霊の発する強い圧力に阻まれて、近寄るどころか徐々に遠ざけられてすらいた。
 そして彼らの目の前で、四精霊の至近距離攻撃が青年を襲った。
 咄嗟にターヤにできたのは、叫ぶ事だけだった。
「止めてぇぇぇぇぇ!」
『その前に、俺が防がせてもらうがな』
 だが、聞いた事の無い第三者の声を聴覚が捉えると同時、その間に割り込むように走った何かが、四大元素による攻撃をぎりぎりのところで相殺していた。
 それは、紫の電光。
「「!」」
 以前海底洞窟で見た事のあるそれに、皆はそれまでとは別種の驚きを覚える。そんな彼らの前で紫電は一か所に集ったかと思いきや、一人の女性の姿へと変化した。
『全く、おまえはいつから自殺志願者になったんだ、レイフ? まさか、俺が四精霊の攻撃を防げるとでも思っていたのか? 色恋沙汰に決着も着いていないと言うのにな。ああ、元からおまえに勝機など無かったか』
 そうして渦中に登場してみせた女性は、レオンスに視線を寄越しながら楽しそうに笑う。その姿は人型であり、和服と包帯を身に着けてもいたが、その色の無い肌と周囲に纏った紫電、そして宙に浮かんでいるという点が、彼女が精霊である事の証だった。
 今まで目にしてきたどの精霊や人工精霊とも異なり、人型をとっている彼女に一行は唖然とするしかない。
 そして、マンスは複雑そうに眉根を強く寄せていた。
「やっぱり、《雷精霊》だったんだ」
「レオンも、精霊と契約できるの?」
「どうやらここは召喚士一族の里みたいだし、あいつがマンスの叔父なら可能性はあるでしょうね」
 少年の言葉から新たな疑問を生じさせたターヤには、アシュレイが自身の推察を述べる。
 彼女を見てから、ターヤはレオンスの方へと視線を向け直す。
 彼は困ったように、すまなそうに《雷精霊》を見上げていた。
「そう言えば、君と結んだ契約は俺の護衛だったな」
『そうだとも。ならば、なぜ俺が今ここに居るのかも解るだろう? なぁ?』
「悪いとは思っているよ。けど、俺にはこれくらいしか思い付かなかったんだ」
 咎めるように茶化す《雷精霊》へとレオンスは謝りつつも、自身の選択と決意を撤回する事も否定する事もしなかった。
 これには《雷精霊》の方が肩を竦めてみせ、それ以上は何も言おうとしなかった。
 その代わりのように、冷静さを取り戻したらしきマンスが口を開く。
「おにーちゃん……ぼくに、殺される気だったの?」
 先程までの鬼のような形相と雰囲気が嘘だったかのように、彼は呆然とした様子でレオンスを見ていた。

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