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二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(1)

「召喚士一族の、面汚し?」
 訳が解らないターヤは、無意識でマリサと呼ばれた女性の言葉を反芻する。
 皆もあまり状況が掴めていないようで、レオンスと彼女のやり取りを見守っていた。
 マンスは、呆然としたまま開いた口が塞がっていなかった。
「開口一番にそう言うなんて、相変わらずだな、長」
 そしてレオンスは、どこか茶化すような声色と共に肩を竦めてみせる。
 しかし、マリサはあくまでも淡々とした表情と声を崩さない。口元は袖で隠されたままで、レオンスを見るその目には、どこか侮蔑的な色が含まれているようだった。
「ここに戻ってきたという事は、裁かれる気になったという事か、レイフ?」
 女性がレオンスに対してまたしても使用した呼称には、皆が怪訝そうな顔となり、マンスは聞き覚えがある気がして顔を顰める。しかし、意識の持っていかれ方は『裁かれる』という部分に対しての方が強かった為、それがどういう意味なのかとすぐに考えられる者は居なかった。
 オーラは、静かに瞼を下した。まるでこれから起こるであろう事を、最初から知っているかのように。
 相手の問いに対し、レオンスは笑顔を取り払って真剣な面を見せた。
「ああ、もう逃げるのは止めにするよ。けど、俺を裁くのは、長のあなたでも里の誰でもない」
 視線が動き、マンスを捉える。驚く少年の前で、青年は爆弾を投下した。
「俺の甥、チコだ」
「「!」」
 その発言に、皆は驚かざるをえなかった。
「……え?」
 そしてマンス本人は、脳が理解できなかったので間の抜けた声を出すしかない。
 そこでようやく彼に気付いたのか、マリサがそちらへと視線を向けた。その表情に僅かな驚きが浮かぶ。
「チコ、帰ってきていたのか。しかもレイフと一緒だったとは……」
「マ、マリサおばーちゃん」
 彼女と目が合った事で我に返れたマンスは、思わず縋るように名を呼ぶ。
 逆に動揺している彼を見た事で平静さを取り戻せたマリサは、元の調子を繕って応える。
「何だ?」
「レオのおにーちゃんは、何を言ってるの?」
「それは――」
「長」
 マリサはマンスに答えようとするが、その前にレオンスが彼女を遮っていた。
 再び、皆の視線が彼に集う。
「チコには、俺から話をさせてくれないか?」
 話を途切れさせられたマリサはどこか不服そうに彼を見たが、ややあって頷いた。
「良いだろう。その代わり、私も同行しよう」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
 話が纏まったところで、レオンスは一行を――と言うよりはマンスを振り返った。
 少年は未だ混乱したままの様子で青年を見ていた。
 そんな彼へと申し訳無さそうに笑いかけて、レオンスは声をかける。
「悪いけど、一緒に来てくれないか? 話したい事があるんだ」
 続けて、一行をも見る。
「君達も、一緒に」
「解りました」
 相変わらず状況が掴めずに困惑する他の面々を差し置いて、オーラは代表とばかりに頷いていた。
 これには主にアシュレイが何を勝手にと言いたげな顔で彼女を睨み付けるが、当の本人は寧ろ皆へと有無を言わさぬ顔と声を向けただけだ。
「皆さんも、宜しいですよね?」
 オーラは、暗に反論は受け付けないと告げていた。

 その勢いに気圧された一行が思わず頷き返してしまえば、途端に彼女は顔に笑みを貼り付けてレオンスの方へと顔を向けた。彼すらも苦笑させる程の変わり様だった。
「こっちだ、着いてきてくれ」
 そう言って歩き出したレオンスの後に、とりあえず一行はついていく。
 マンスは理由も何も話してくれない事に対して若干不満な表情になっていたが、マリサに促されれば渋々といった様子で皆に続いた。
 そうしてレオンスに先導された一行とマリサが向かった先は、墓標の立ち並ぶ区域だった。
「墓地……?」
 周囲の様子を見回しながらターヤは呟く。
「そのようだな」
「けど、何でこんな所に……」
 エマは彼女に同意し、アクセルは訝しげに周囲から先頭のレオンスに視線を移す。
 アシュレイもまた彼を見ていたが、その顔は何かを察しかけているようでもあった。
「ここだ」
 とある墓標の前まで来るとレオンスは立ち止まり、それが皆にも見えるように横に避けた。
 その墓標を目にした瞬間、マンスの両目が最大限まで見開かれる。そして即座にレオンスを見た。
「っ……!」
 言葉にしようとして、けれどなれなかった声だけがその口から飛び出す。
 理由を懇願する少年の瞳に、青年は悲しそうな笑みを返した。
「どうして、って顔だな。けど、ちゃんと理由があるんだよ。チコ、おまえはさ、母親に弟が居る事は知っていたか?」
 違う方向に話が動いた事でマンスは怪訝そうな顔になるが、首を横に振る。
 すると、レオンスは少しだけ肩を落としたようだった。
「やっぱりか、そうだと思ったよ」
「チコの両親は多忙な奴らだったからな、ほぼ私が育てたようなものだ。それに、お前も会った事は無かっただろう?」
 そんな彼にはマリサから説明と指摘が入れられた。
「そうだな、それなら知らなくても不思議じゃないか」
「ねえ、どういう事なの……?」
 納得したように呟いたレオンスを見上げながら、マンスは先を催促する。胸中で生じている謂われの無い不安を、彼は速く取り去りたかった。
 再び彼を見ると、レオンスはゆっくりと告げる。
「俺の本名はな、レイフ・カヴァーディルって言うんだ」
「「!」」
 瞬間、その名を知っている、あるいは聞き覚えのある面々が表情を動かした。
「カヴァーディルって、確かマンスの母親の姓じゃなかったか?」
「その名前って、確か〔機械仕掛けの神〕の……!」
 アクセルとターヤが同時に上げた声に対し、レオンスは頷いてみせる。
「ああ、俺はチコの母親ハナ・カヴァーディルの弟で、〔機械仕掛けの神〕の《道化師》レイフなんだ」
 今度こそ皆の顔が驚愕に彩られた。スラヴィでさえもが目元を大きく押し上げているところからも、それは窺えた。
 だからこそ彼はレオカディオと知り合いのようだったのかとアシュレイは気付くが、すぐに疑問を覚えたのでそれを投げかける。
「けど、〔機械神〕のメンバーは《猛獣使い》アリアネ・ヴィルシュテッターを除いた全員が七年前に殺された筈よ? なのに、何であんたは――」
 言いかけて、そこで何かを察したように彼女は口を噤んだ。
 どうしたのかとターヤは彼女を見るが、そこに一つの波紋が落とされる。
「……もしかして、エスコフィエがその事件の犯人だった、とか?」
「「!」」
 今まで以上の衝撃が一行を襲い、そして視線がいっせいにレオンスへと集中する。

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