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二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(17)

「それと、今まで通り『マンスール』って呼んでほしいんだ」
「ああ、それも解ったよ」
「それから……その、今まで通り、『おにーちゃん』って、呼んでも良い?」
 反対するつもりなどないものばかりなので全てを受け入れていたレオンスだったが、そっと窺うようにマンスが問えば、思わず目を丸くして瞬かせた。予想外だったからである。
 しかしそれを見た少年は勘違いしてしまい、慌てて弁解し始める。
「あ、えっと、あのね、別におじさんだって認めなかった訳じゃなくて、その……そっちの方が慣れちゃったからなんだ」
 必死になって理由を説明してくれる甥の姿をぽかんとしたまま眺めていた叔父だったが、唐突に彼は吹き出した。
「何だ、そんな事か。別に良いよ、マンスールの好きなように呼んでくれれば良いさ」
 途端に少年は、ぱあっと顔を輝かせる。
「うん、ありがと! じゃあ、里に戻ろ。おばーちゃんが、おにーちゃんに話があるんだって」
「長が、俺に?」
 意外な発言にレオンスは少し驚くが、マンスはどこか嬉しそうに頷く。
「うん。ぼくと同じで、おにーちゃんのしょぐーを決めたんだって」
「……そうか」
 今度こそ真の意味で裁かれるのだろうかと諦めにも似た心情になる反面、全く悲しさや躊躇いなどは感じられない少年の様子から、もしかしてという希望を抱く。
 とにかく、前者ならば何とかマリサに執行猶予を貰って、マンスと共にレオやクロリス達の墓参りに行かなければならない、とレオンスは思った。胸の閊えは、いつの間にかすっかりととれていた。
 そのような思考でマンスと共に里への道を戻ったレオンスは、その手前で待ち構えていた一行に気付く。なぜここに居るのかと驚いた彼へと、彼らは次々に声をかけてきた。
「レオン、もう大丈夫なの? マンスと仲直りできたんだよね?」
「ちゃんと生きてる? カスタに殴られた?」
「いや、スラヴィ、それは違うと思うのだが……。何はともあれ、おつかれさま、レオンス」
「マンスとも無事に仲直りできて良かったわね。まぁ、せいぜい頑張りなさいよ」
「これにて一見落着ってな。とりあえずは良かったじゃねぇかよ、レオン」
 まるで祝福するかのような言葉をかけてくる皆に、状況の掴めないレオンスは目を瞬かせるばかりだ。
「いったい、どういう事なんだ……?」
「それはな、おまえの追放が解除されたという事だよ、レイフ」
 困惑して口から零れ落ちた疑問には、答える声があった。弾かれるようにして一行の後方へと目をやれば、マリサがレオンス達の居る方へと歩いてきている。
「長!」
「チコに、いや、次代の長に匹敵する者に感謝するんだな、レイフ」
 一行の横に並ぶようにレオンスの前まで来ると、マリサは一旦マンスに視線を移してから、どこか楽しそうな笑みを青年へと向け直した。
 レオンスがまさかと思いマンスを見れば、少年はえへへと笑う。
「おにーちゃんを許す代わりに、さっきの条件を付けるからって、おばーちゃんたちにお願いしたんだ。ぼくがちゃんと見張ってるからって」
「おまえにも、おまえなりの事情があったようだからな。無罪放免にするつもりはないが、私達はチコの意思を尊重する事にしたんだ。まだ割り切れない者も居るだろうが、これからは好きな時にこの里に帰ってくると良い。それと、これからは甥の言うことは全部聞いてやるつもりでいろ、レイフよ」
 マリサが若干茶化すように補足すれば、途端にレオンスは顔をくしゃくしゃにした。
「本当に、おまえには頭が上がらないな、マンスール」
 それからマリサへと向き直り、深々と頭を下げる。
「長も、本当にありがとうございました。皆にも、そうお伝えください」
「ああ、伝えておくとも」
 しっかりとマリサが頷けば、今度はオーラが一歩進み出ていた。そうして彼女は彼に微笑みかける。
「レオンスさん、長い間、おつかれさまでした」

「それだと、まるで俺が死んだような言い方だな。けど、心配してくれてありがとう、オーラ。ところで名前呼びになっているようだけど、それは良いのかい?」
「はい、今だけの大出血サービスですから」
「そう言うと思ったよ」
 オーラは微笑みつつもばっさりと切り捨てれば、レオンスは肩を竦めてみせる。
 変わったようで変わらぬ二人の関係にターヤ達が苦笑した時だった。
「――長!」
 切羽詰まったような声が聞こえてきたかと思いきや、一人の男性が里の方から走ってきたのである。彼は困惑と焦燥とが入り混じった表情でマリサの許まで駆け寄ると、その耳元に口を寄せて何事かを伝える。それから皆に一礼すると、再び急ぐように里まで戻っていった。
 いったい何があったのかと不穏な空気を感じ取る一行全員を見回し、神妙そうな様子でマリサは口を開く。
「理由までは解らないが、どうやら〔軍〕が他ギルドの拠点を次々と襲撃しているようだ。念の為、気を付けていた方が良いだろう」
 その言葉で、ターヤは思わず弾かれるようにしてアシュレイを振り返ってしまう。
 他の面々も彼女の様子を窺うように、心配そうな目を向けていた。
 しかし、当の本人は向けられた幾つもの視線にも気付けぬまま、ただ呆然と立ち尽くす。その頭の中では、今し方言われたばかりの言葉が何度も何度も回っていた。

  2014.01.04
  2018.03.16加筆修正

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