The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(15)
これを自らの意思で使うのは初めての事だったが、今ならば使える気がした。先程《光精霊》と《闇精霊》の同時召喚で大量の〈マナ〉を消費したにも関わらず、どうしてかマンスはそんな気がしたのだ。
「――『目覚めよ全ての根源たる基盤』!」
瞬間、少年の頭上に四つの魔法陣が出現する。
それを見た皆は、この術が以前、少年が激情に支配されるがままに無詠唱で使ってみせた精霊術なのだと気付く。
「お願いみんな、ぼくに力を貸して!」
もう良いだろうとマンスはそこで声を荒らげる。
すっかりとオーラの策に引っかかり、厭く事無く彼女を追い回して追いつめている気になっていたスファギーは、そこでようやく自身に迫る危機を知覚した。
「〈四精霊〉!」
だが、気付くのが遅すぎた。
全速力でオーラが戦場を脱出したのにも気付けぬままのスファギーを、四大元素による攻撃が襲う。無論殺さないように、昨日本人に直撃させるところだったものよりは幾分か手加減されてはいたが。
「ひぎぃぃぃぃぃぃ!?」
けれどもスファギーには効果は充分すぎるくらいだったようで、激痛に襲われた彼は慌てて宿主の身体を捨てて黒い靄となり、四精霊の攻撃から必死になって逃げ出す。
同時に、四精霊の攻撃はぴたりと止んだ。
辛くも逃げ延びたかのように思えたスファギーだったが、その先には、彼らにとっては更に恐ろしい存在が待ち構えていた。
「ったく、待ちくたびれたぜ」
闇魔専用の退治屋――調停者一族である。
その事にスファギーが気付いたのは、その大剣により真っ二つにされた後だった。
「い、がっ……!?」
斬られた部分から急速に身体が消滅していく感覚に怯え、慌ててスファギーは転回して再び宿主の中に戻ろうとする。
しかし、それをその場の誰もが赦す筈は無かった。
「――〈無〉!」
最後は悲鳴を上げる暇すら与えらず、闇魔は完全に《世界樹の神子》の固有魔術により消滅させられた。跡形どころか、塵の一つすら残らなかった。
「人殺しにはお似合いの最期だな」
侮蔑の色を隠さず、もう居ない相手へとアクセルは言い捨てる。
一部始終を見ていた《雷精霊》は大きく安堵の息を吐き出し、その姿を消した。
一方、闇魔の抜けたレオンスは最初のうちは何とか立ってはいたが、流石に限界だったようで、やがてぐらりと体勢を崩して後方へと倒れていく。
それを見越したかのように待ち構えていたオーラはタイミング良く彼を受け止めるが、その重さに負けて座り込む形となってしまった。
僅かに意識のあるらしきレオンスは彼女には気付かず、ただひたすらに視線を彷徨わせ、そしてマンスを捉えると途端に申し訳なさそうに笑った。
「ごめん、な……チコ……」
残った力を振り絞りそれだけを口にして、彼はそのまま意識を失った。
オーラはその顔に滲む汗を懐から取り出した布で拭い、ターヤは慌ててその傍に駆け寄ると治癒魔術の詠唱を始める。
『おつかれさま、マンス』
それを眺めていたマンスにかけられる声があった。振り返れば、人型になって目線の合わせやすい位置まで下りてきていた四精霊が彼を見ていた。
殆ど無意識で、少年は彼らへと礼を述べる。
「みんな……ぼくに応えてくれて、ありがとう」
『否、それがおまえの強さだ。俺はおまえを認めよう、マンスール』
「!」
『そうね、もう何も言う事は無いわ。あたしもあなたを認めるわ、マンス』
『うん、わたしも君を認めるよ、マンスくん!』
『僕もだ。おまえを認めるよ、マンス』
サラマンダーの突然の言葉に驚き硬直してしまった少年へと、残りの三人からも次々に声がかけられる。けれどもすぐには現実味が湧かず、口を半開きにしたまま固まっていた。
そんなマンスを見た《水精霊》はくすくすと笑い出す。
ここでようやく少年は我に返れた。
「もう! 笑わないでよー!」
ぷんぷんと頬を膨らませるマンスだったが、寧ろ《水精霊》の表情は、玩具を見つけた子どものように益々愉快そうになっていくだけだ。
『あら、ごめんなさい。だって、マンスったら面白いんですもの』
『あーあ、ディーネちゃんの悪い癖が出ちゃったよー』
若干呆れたように《風精霊》が呟き、《土精霊》と《火精霊》は無言で呆れ顔になる。
『ふふ、ちょっとからかいすぎたわ』
充分に少年の反応を堪能してから、《水精霊》は揶揄の色を引っ込める。そして未だ少しばかり剥れているマンスの耳元に、そっと口を近付けた。
『良いかしら、マンス? あたしの真名はね――』
そうして四精霊全員がマンスに真名を教え終わった頃、音を聞きつけたのかマリサと数人の男達が里の方から走ってきた。少し離れているとは言え、四精霊まで召喚したのだから、誰かが気付いても何らおかしくはなかった。
「チコ! いったい何が――」
マンスへと尋ねかけたマリサだったが、座り込んだオーラに膝枕をされている気絶したレオンスと、その全身が傷だらけで治療されている事、眼帯があった筈の場所が酷く焼け爛れている事に気付き、おおよその事態を察したようだった。
「そうか、レイフは――」
「ああ。ずっと、闇魔に憑かれてたんだよ」
さりげなくアクセルがフォローを入れれば、マリサは大きく息を吐き出した。
「それも考慮して、レイフの処遇を考え直さねばなるまい、か」
男達もようやく知った真実に困惑しているようで、互いに顔を見合わせている。
レオンスに悪い判決が下らない事を祈りながら、とりあえずは安堵するターヤだった。
「あ、そうだ。おばーちゃん、これ、ありがと」
そこで思い出したように懐から《光精霊》と《闇精霊》の召喚文言が記された巻物を取り出すと、マンスはそれをマリサに手渡した。
「ぼくには、もう必要無いから」
そう言って微笑んでみせた少年の顔は、ひどく大人びていた。
マリサは呆気にとられたようにそれを受け取り、どこか呆然とした様子で呟く。
「おまえ……成長したな」
「おばーちゃんがそんな顔になってるって事は、本当にそう思ってくれたって事だよね」
途端に、えへへ、とマンスは年相応の笑みに戻って破顔したのだった。
翌朝、目を覚ましたレオンスは一人、マンスの両親の墓の前に膝を付いていた。
「ここに来るのも、久しぶりだな」
独り言を声に出しながら、複雑そうな顔で墓標を眺める。それから、ゆっくりとそこに向かって初めて手を合わせ、頭を軽く下げた。殺人犯の自分にはそうする事すらおこがましいとは解っていたが、それでも心が追い付いていなかった七年前にはできなかった墓参りを、今ならばできると思ったからだ。