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二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(14)

 再びアシュレイを狙って突進した彼だったが、彼女は同じくらいの速度で逃げ回る。
「何だよ、逃げてんじゃねぇよ! ビビってんのかぁ?」
「触れたら確実に死ぬと解ってて近付く馬鹿が、どこに居るって言うのよ」
 挑発するように声を荒らげるスファギーだったが、アシュレイはそれには乗らない。
 彼女がスファギーの注意を引き付けて一手に引き受けてくれている間に、後衛組の近くまで下がっていたアクセルはオーラに訊く。
「おい、あいつはどこまでレオンとシンクロしてるんだ?」
「スファギーは確かにレオンスさんが生み出した闇魔ですが、彼は事件の後に自らの左目を焼く事で、そこに宿っていた闇魔をずっと封じていました。私と出会った後は、私が眼帯に封印の術式を施しましたので、シンクロ率もスタントンさんの時程高くはないでしょうし、簡単には解けない筈なのですが……」
 オーラの言葉はそこで途切れたが、その先がある事は明白だった。
 続く部分を言うべきだとは彼女も解っているようで、ちらりと一度マンスに視線を向けてから、意を決したように再度口を開く。
「それでも、レオンスさんが精神的に大きなダメージを受けた場合は、スファギーの方が優勢になる可能性は充分ありえました」
「!」
 多大な衝撃がマンスを襲う。オーラはなるべくぼかそうとしていたが、暗にマンスのせいだと告げている事は明らかだった。
 皆もまた思わず少年へと視線を寄越してしまう。
「ですが、その点は御本人には既に御伝えしていたので、カスタさんに真実を告げると決めた際、レオンスさんはこの可能性にも気付いていた筈です。……カスタさんに殺される事で、その可能性を潰そうとしていたのかもしれませんが」
 躊躇いながらもオーラは全てを明かした。
 少年は、もう呆然と立ち尽くす事しかできそうになかった。
 そんな彼にかけられそうな言葉を必死になってターヤは探す。
「ぜんっぜん追いつけねぇ……おまえは止めだ。次は、誰にしようかなぁ?」
 だが、それが終わるよりも先に、そのような声が聞こえてきた。
 反射的に皆が意識を元に戻せば、一向に追いつけない事でアシュレイからは興味を失ったのか、スファギーが一か所に集った一行を品定めしていた。
 思わず身を竦ませてしまったターヤで、その視線が止まる。
「決ーめた、次はおまえだぁ!」
 獲物を定めるとスファギーは真っすぐに駆け出す。
「いいえ、今度は私の相手をしていただきます」
 恐怖から悲鳴を上げかけたターヤだったが、その間に割り込んだオーラが相手へと向かっていた。
 思わぬ闖入者にスファギーは面食らうものの、標的が女性ならば何でも良いのか、すぐに彼女へと狙いを変更した。
「良いぜぇ、たっぷりと可愛がってやるよ!」
 目論見通り、闇魔はオーラへと襲いかかる。
 彼女はアシュレイと同じように距離をとっていては標的を変えられてしまうと踏んだようで、付かず離れずの距離を保ちながらぎりぎりのところで攻撃を避け、なるべく皆から遠ざけるように自らも攻撃を挟んでいた。しかし相手の注意を自分だけに引き付けておく為か、相手に自分が優勢だと思わせようとしているらしく、攻撃の回数は圧倒的に少ない。
 ある意味では捨て身の攻撃に、彼女の力量を知っているとは言え、皆が冷静でいられる筈もなかった。
「くそっ、このまま黙って見てろってのかよ……!」
「闇魔が出てくるまでは、おまえの攻撃だとレオンス本人を傷付けかねないからな」
「でもシンクロ率が低い訳でもないから、追い出すにしてもターヤだと心許ないよね」
 あまり大きくならないように気を付けながら悪態をついたアクセルをフォローするかのようにエマは言ってからターヤを見るが、それはスラヴィによって封殺される。

 当の本人はその言いようが不満と言えば不満だったが、同時にそれが事実である事は痛感していたので、反論も文句も口にできなかった。レオンスからスファギーを追い出すには光属性の上級攻撃魔術が有効だろうが、今現在の自分の力量では不安が残るからだ。
「となると、やっぱりオーラに任せておくしかないでしょうね」
 一行の許まで戻ってきていたアシュレイの出した結論が、その場の総意だった。
 かくしてオーラに任せるしかなく歯痒い思いをしている彼らの傍で、マンスは未だ動けずにいた。その脳内ではレオンスに闇魔が憑いていた事、それを呼び覚ましてしまったのが自分である事、そして彼を殺さなければならないかもしれない事がぐるぐると回っていた。
(昨日は、少しの間でもあんなにおにーちゃんを殺したかったのに……今は、殺したくなんかない。おにーちゃんを、赦したい。でも、まだ、おにーちゃんがみんなを殺した理由が判らないから……)
『オベロンさま!』
 そこで再び姿を現したモナトが、立ち尽くしたままのマンスへと叫ぶように声をかける。
「モナト……」
 彼女の声に意識を引き戻された少年は、途方に暮れたような顔で白猫を見る。
 モナトがそんな彼へと何かを言うよりも早く、その場に《雷精霊》が顕れた。彼女は離れた場所でオーラと戦うレオンスの姿を認めるや、苦々しげに息を吐く。彼女との付き合いが長くない一行でも、余裕をなくしている事が判る様子だった。
『レイフの〈マナ〉がおかしいと思って来てみれば、やっぱりか……』
「トゥオーノ!」
 レオンスに殺された当事者であり、彼を見てきた彼女ならと思った時、マンスは彼女の名を呼んでいた。
 それによりマンスを見た《雷精霊》だったが、最初からそのつもりであったかのようだった。
「トゥオーノは、何でおにーちゃんがみんなを殺したのか知ってるんだよね?」
『あいつは、あの闇魔に完全に操られていたんだ。そうでなければ、あの女好きで女性には紳士なレイフが、レイプ交じりに私を殺す筈が無い』
 躊躇せず、彼女は苦い表情のまま真実を告げる。そこにはクロリスとしての感情も混ざっているようだったが、今はそこはさほど重要ではない。
 やはりか、と誰もが思った。どのような経緯でレオンスが闇魔を生み出したのかまでは解らなかったが、彼に憑いている闇魔が《殺戮の化身》という名前であるところからして、闇魔の仕業である事は既にこの場の全員が察していた。
 そして、マンスは。ようやく胸のつっかえがとれたような顔になっていた。
「良かった、おにーちゃんが自分の意思で、おとーさんやおかーさんたちを殺した訳じゃなくて」
「マンス……」
 思わず名を呼んだターヤにも見守る皆にも気付いていないのか、マンスはごちゃごちゃになっていた思考を今度こそ整理するかのように独り言を紡いでいく。
「おにーちゃんだって覚悟はしてるって言ってたから、ぼくもためらったりなんかしない。それに、ぼくは前よりは強くなったし、これがぼくのせいでもあるのなら、ぼくが何とかしなくちゃいけないよね」
 そう言って眼前の青年を見据えた少年は、懐から巻物を取り出す。
 すっかりと立ち直った様子のマンスを見たモナトは、顔を輝かせてこくこくと頷く。
『……マンスール』
 頼りがいのある表情になった彼へと声をかけたのは、他でもない《雷精霊》だった。
『レイフを、助けてほしい。頼む、次代の《精霊王》……!』
 懇願するような必死さで彼女は頼み込む。レオンス程相手を気にも留めていないかのように見えて、実のところ彼女は彼を大切に思っていたのである。
 弱々しい様子の彼女に一瞬驚きを顕わにしたものの、すぐにマンスはその望みを受け入れた。
「うん、任せて! 他もでもないトゥオーノの頼みだし、ぼくだって同じ気持ちだから」
 気合を入れて応えるや、少年は手にしていた巻物をすばやく自身の周囲へと広げる。
「『熱せよ火、流れよ水、暴れよ風、轟け土』――」
 そして相手に勘付かれないよう声量は落としながら、なるべく早口で詠唱した。

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