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二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(13)

『それじゃあ、試練はこれで終わり。マンス、後はあなた次第よ』
 脇道に逸れた話の軌道を修正し、《水精霊》は迷いを自分で何とかするよう契約者へと促す。
 対して、少年はしっかりと首肯してみせた。
「うん。おにーちゃんのことは、ちゃんとけりをつけてくるよ。そしたら、もう一度喚ぶね」
『ええ、待っているわ』
 そう返した《水精霊》を筆頭に、四精霊は皆姿を消した。
 彼らを見送ってからマンスは皆を振り返る。
「みんな、ぼくに付き合ってくれて、力を貸してくれてありがと! ……じゃあ、もどろっか」
 ちょっとだけ気恥ずかしそうに礼を述べた少年に、気にするなと口々に返してから、一行は彼と共に精霊の祠を後にする。
 全員が出た途端、空間内部に灯っていた明かりは全て一瞬で消え去り、岩壁もまた開いた時と同様にゆっくりと閉じていく。
 しかし、ターヤはそちらよりも前方に意識を奪われて思わず声を上げる。
「あ……」
 そこには、他でもないレオンスの姿があった。
 思わずマンスの足が止まりかけ、残っていた逃げたがる心が前面に出てこようとする。
(ここで逃げちゃったら、きっともおにーちゃんとは向き合えないからだめだ!)
 けれども彼は内心で強く自身に言い聞かせ、その場に踏み止まる。今ならば昨夜の答えを出して、彼に返せると思ったからだ。
 しかし、そこでマンスは前方に立つ青年の様子がおかしい事に気付く。
 彼は遠慮がちな顔や申し訳無さそうな顔で少年を見る訳でも、様子を伺う訳でもなく、ただそこに突っ立っていた。その俯き気味の目元は前髪に隠れて見えないが、纏う雰囲気には違和感を覚えさせられる。
「……おにーちゃん?」
 思わず、声が零れ落ちた。


 誰かに、名を呼ばれた気がした。
 そう思った瞬間、意識が浮上しかけ、ごぼりと口から幾つもの泡が吐き出される。そうして彼は、自身が今水中に居る事に気付いた。なぜこのような場所に居るのだろうかと考えて、そこで誰かの囁きを聞いた後からの記憶が無い事に気付く。
 ――何だ、目覚めちまったのよ。
 そこにかけられる声があった。誰なのかと問う前に、その声が続ける。
 ――良いからおまえは寝てろよ。いろいろと疲れてんだろ? なら、少しくらい休んだところで誰も責めやしねぇよ。
 それでも良いのかもしれない、その方が良いのかもしれない――聞こえてくる言葉に流されるようにそう思ってしまった瞬間、意識がぐんと水底に突き落とされた。


 相変わらず、レオンスからは何の反応も無い。
 流石に不審にしか思えず、どうしたのかと問いかけようとして、今度は複雑そうな顔で彼を警戒しているターヤとアクセルに気付いてしまった。まさか、という思いがマンスの頭をよぎる。
 その時、ゆっくりと青年の頭が持ち上がるが、それは少年の期待を裏切るには充分すぎた。
「何だ、てめぇらぁ?」
 それは、レオンスであってレオンスではない存在だった。限界まで見開かれた片目、三日月の如く左右に吊り上がった口元、下卑た笑みを浮かべる歪んだ顔――絶対に浮かべる事の無い表情となった彼が、そこには居た。
 レオンスの姿をした彼は邪魔だと言わんばかりに左目の眼帯を掴むと、そのままそれをむしり取って横合いに投げ捨てる。その下にあった左目は、酷く焼け爛れていた。
 見てしまったそれに皆が愕然とし、直視できずに目を逸らす者も居た。

 そして、ターヤとアクセルは彼から嫌な気配を感じていた。
「レオンにも、闇魔が憑いてたなんて……!」
「ったく、何でこう最近は闇魔に遭遇しまくるんだよ!」
 目を逸らしてしまったターヤは口元に手を当て、アクセルは悪態をつく。
「やっぱり、あんたも闇魔憑きだったのね」
 二人の言葉を聞いたアシュレイは、憑き物が落ちたかのように納得したように呟く。ただし、嘘であってほしかったと言うかのように眉根を思いきり寄せて。
「《殺戮の化身》スファギー……内容としては虐殺や惨殺、標的としては女性を好む厄介な相手です。皆さん、どうか御気を付けて」
 珍しく緊張した面持ちでオーラが説明する。
 それにより皆――特に女性陣は警戒を強めるが、このままにしておく訳にはいかないので躊躇いながらも武器を手にして構え直す。
 戦闘態勢となった一行を見て、レオンスは――スファギーは嬉しそうに笑みを深める。
「何だ、やるってかぁ? 良いぜぇ、殺ろうぜぇ!」
 そう言うやスファギーは飛びかかっていた。一直線に、アシュレイ目がけて。
 女性を特に狙うだろうという事は既に承知済みだった為、慌てず驚かずにアシュレイもまた相手目がけて飛び出す。
 その間にアクセルとエマも飛び出し、スラヴィはマンスとターヤを守るように立ち位置を変え、ターヤは詠唱を開始し、オーラは魔術を発動する。
 マンスは、動けなかった。
「〈蔦〉」
 瞬間、足元から現れた蔦が瞬く間にスファギーを拘束する。
「!」
 動きを制限された彼は驚き、それを好機としてアシュレイはレイピアを構えて突進する。
 けれども、彼女が眼前まで迫った時、その口元が弧を描いた。
「!」
 本能的に危険を感じたアシュレイが即座に後方に飛び退ると同時、蔦がまるで枯れたかのように瞬間的にぼろぼろと崩れ、一瞬前まで彼女が居た場所へと伸ばされた手が空を切る。
 それを目にしたアクセルとエマは動きを止めた。
「ちっ、逃したか」
 一転してつまらなさそうに舌打ちしたスファギーだったが、逆にアシュレイは気付く事があった。もしやと思い、足元の石を蹴り上げて手で掴み、思いきり相手へと向かって投げつける。そして予想通り、それはスファギーの手に触れた瞬間ぼろぼろに崩れた。
「やっぱりか……」
「何だよ、つまらねぇなぁ」
 推察が更に真実性を増した事で眉根を寄せたアシュレイだったが、別の理由でスファギーもまた表情を顰める。
 彼から一旦意識を外し、本人は見ずにオーラへとアシュレイは問う。
「スファギーの特性は、触れた物体を思い通りに『殺す』事よね?」
「はい、仰る通りです。蔦と石が脆く崩れ去ったのも、スファギーがそう『殺す』事を望んだからです」
 尋ねられたオーラは肯定して補足する。
 知っているのならば先に言っておけとアシュレイは内心では舌打ちしたものの、そのくらい彼女が動揺しているのだという事には気付いていた為、表に出す事はしなかった。
 しかし、そうなると迂闊に近付く事も触れる事もできないと気付き、一行は益々警戒を強めながら少しずつ距離をとる。
 そうすればスファギーは嬉しそうに嗤う。
「何だ、逃げんのかよ? なら、こっちから行かせてもらうぜぇ!」

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