The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(12)
「それに同じ精霊なら、僕を信じてくれるモナトとみんなの気持ちまで否定しないでよ!」
確かに四精霊もモナトもマンスには甘いところがあるが、それでも期待してくれているのだという事を彼は知っていた。だからこそ相手が例え精霊であっても関係なく、彼は怒りを顕にする。
これには一瞬虚を突かれたような様子を見せた《闇精霊》だったが、すぐさま言い返そうとする。
『テネーブリスさん』
だが、それを静かに諌める声があった。今の今まで一度も口を挟もうとはしなかった《光精霊》である。
彼女に名を呼ばれた瞬間、それまでの様子が嘘であったかのように急激に《闇精霊》は鎮火していく。それでも渋る様子は見せていた。
『だが……』
『あの子の気持ちは本物ですから。……ね?』
けれども結局は《光精霊》に押し負けて黙り込んでしまう。それは、彼が彼女にとても弱く甘い事の証明でもあった。
そんな《闇精霊》へと再度微笑んでから、《光精霊》はマンスに向き直る。
『貴方の全ての精霊を愛する気持ちは、痛い程に伝わってきました。そんな貴方なら、良い《精霊王》になれるのではないかと思います』
「!」
認めたと言わんばかりの物言いに、マンスは思わず過剰に反応してしまう。
『ですが、それが言葉にできる程、簡単な道ではない事は覚えておいてくださいね?』
そんな彼に気付いていた《光精霊》は、笑みを浮かべたまま釘を差しておく事を忘れない。のほほんとしているように見えて、実意は意外と抜け目が無いらしい。
見抜かれていた事に気付き、気恥ずかしさから少年は縮こまる。
『さて、それでは行きましょうか、可愛らしい召喚主さん?』
しかし《光精霊》がそう言えばすぐに立ち直り、再び四精霊と相対したのだった。
強力な味方をつけた少年を見て、四精霊はすばやく視線を交し合う。そして代表として口を開いたのは、最も話術に長けていそうな《水精霊》ではなく、寡黙な《火精霊》だった。
『マンスールを認めて助力するという事か、《光精霊》?』
『はい。本当に《精霊王》になられるまでは、今回一度きりですけれど』
認めてはいるが完全ではないと明言する《光精霊》の言葉に、マンスはぎゅっと両方の拳を握り締める。ここで満足していては駄目なのだと、心の奥で叫ぶもう一人の自分が居た。
答えを確かめた《火精霊》は、次に《闇精霊》へと視線を移す。
『おまえもか、《闇精霊》?』
矛先を向けられた青年は仕方がないと言った様子で、ふぅと息を吐き出した。
『ルークスが認めたのならば、文句を言うつもりは無い』
不満はあるものの、一応は認めると青年は暗に言っていた。
それもまた、マンスに頑張らなければという意識を強めさせる。
一方、二人の特殊な精霊の意見を聞いた《火精霊》は、四精霊全員を見回す。
『どうするつもりだ?』
『テネーブリスはちょっと不満そうだけれど、ルークスが認めたんだもの。異論は無いわ』
『だな。あいつらが認めるなんて並大抵の事じゃねぇ』
『うんうん!』
互いの意思を確認し合うと、四精霊は《光精霊》と《闇精霊》を見る。
二人もまたそれで理解したらしく、無反応を装う《闇精霊》の分も《光精霊》はこくりと頷いてみせておいた。
『貴方を見ていますね、マンスールさん』
それから少女はマンスへと微笑みかけ、そして《闇精霊》と共に姿を消した。
当事者たる少年を置いてけぼりにして話は進んでいた。
「……えっ、と?」
思わずぽかんとしてしまった少年へと、《水精霊》が柔らかな笑みを向ける。
『あなたの強さ、確かに見せてもらったわ、マンス』
『うん、これで試練は終了だね! おつかれさま、マンスくん!』
『おまえにしちゃ、よく頑張ったじゃねぇかよ』
『ああ、問題無いだろう』
彼女に続いて《風精霊》と《土精霊》、《火精霊》も戦闘体勢を解除する。それが、終了の合図だった。
「やったね、マンス!」
「おまえにしちゃ上出来だよな」
「おつかれさま、マンス」
「よく頑張ったわね、おつかれさま」
「おつかれー」
これを見た一行は安堵した顔になってマンスへと声をかけてから、武器を仕舞ったり息をついたりと、それぞれ緊張や構えを解いていく。
だが、マンスだけは納得がいかなさそうな顔で武器を仕舞わなかった。
モナトとオーラもまた喜んではいなかった。
「ど、どうして? どうして、認めたって言ってくれないの?」
試練は確かに受かったが、肝心の言葉を聞けていない少年は弾かれるようにして、切羽詰まったような今にも泣きそうな声で四精霊へと問うた。
それにより、五人は確かに四精霊は誰も『認めた』とは言っていない事に気付く。
けれども《風精霊》と《土精霊》は困ったように互いに顔を見合わせただけで何も言わず、元より口数の少ない《火精霊》に至っては無言を貫いていた。
そんな同僚達を見た《水精霊》は、仕方が無いと言わんばかりの顔になって肩を竦めてみせてから、契約者へと向き直る。
『それはね、マンス。あなたがまだ大きな迷いを抱えているからよ』
「大きな、迷い?」
思わず反芻した瞬間、《水精霊》が何を言わんとしているのか少年は即座に察した。
(おにーちゃんの事だ……。ウンディーネたちは、ぼくがおにーちゃんを許すか許さないか迷ってる事に気付いてるんだ)
『それに、そのままだとあなた、深淵に落ちるわよ?』
「!」
瞬間、アクセルが驚愕に塗り替えた顔を巨魚へと向ける。
彼のその反応で、皆もまた今の《水精霊》の発言が意味しているところを知った。
しかし、それを見た《水精霊》は楽しそうに笑う。
『あら、そんなに慌てなくても大丈夫よ。だって、可能性の話だもの。それに、マンスからは闇魔の気配なんてしないでしょう、調停者さん?』
「あ、ああ」
からかわれたのだと気付いたアクセルは、呆気にとられつつも憮然とした表情になっていたが、マンスは自身の胸に手を当てていた。そこに生じるかもしれないもう一人の自分に対する恐怖が、次第に膨らんでいく。
「大丈夫だよ、マンス」
そんな彼へと、思わずターヤは声をかけていた。
「だってマンスには四精霊が居て、わたし達が居て、里の人達が居て、モナトが居るよね? だから、大丈夫だよ」
こちらを振り向いた彼へと、一人で悩まずに相談してくれと彼女は伝えようとする。
マンスは驚いたようにターヤを見ていたが、やがてゆっくりと頷いた。
これならば万が一にでも彼が闇魔を生じさせる事は無いだろうと、ターヤは内心で安堵の息をつく。そして、ちょうどそこで話は一旦途切れたようだったので、戦闘が始まる前に気になった点を挙げてみる事にした。
「ところで、何でウンディーネは、わたしがニーナと契約した事を知ってたの?」
『あたし達は精霊だから、濃度が高くなくても〈マナ〉が目視できるの。だから、あなたの周りに僅かに漂っているニルヴァーナの〈マナ〉も見えているのよ』
「そうなんだ……」
流石は精霊だとターヤは驚きに目を丸くする。
「まるでドウェラーみたいだよな」
『そうだな。けど、あいつらと僕達精霊とじゃ全然違うんだ』
アクセルの言葉には《土精霊》が頷いてみせつつも、すぐに精霊としてのプライドを覗かせた。