The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(11)
『オベロンさま!』
突然かけられた声で我に返った彼が見たのは、足元で自分を真っすぐに見上げている白猫だった。
『モナトは、いつだって、どこだって、オベロンさまの味方ですから!』
彼の不安を感じ取ったらしきモナトは、彼を安心させようと、自分に言える最大限の言葉を一生懸命に伝えようとする。何を悩んでいるのかは解っていないようだったが、それでも彼女は彼だけを見ていた。
その瞳に、元気づけられた気がした。
その間にも〈結界〉の外では風が渦巻いていた。
『どうしたの、マンスくん? ずっとそのままで居るつもりなの?』
普段は気にするとすぐにネガティブになる《風精霊》だが、元来好戦的な彼女は、現在のような戦場においては高揚するという特徴があった。
故に今、彼女はとても楽しそうに風を操ってマンス達を追い込もうとしている。
「スラヴィのおにーちゃん、エマのおにーちゃん、赤!」
それには応えず、いきなり叫ぶように名前を呼び出したマンスに驚いたらしく、詠唱中であるターヤ以外の面々が彼にできる範囲で視線を寄越す。
「もうちょっと、ぼくに時間をちょうだい!」
途端にアクセルが当然だと言わんばかりに破顔した。
「任せとけよ!」
直後に炎が彼を取り巻くが、彼は思い切り横薙ぎに振った大剣の風圧で、それを霧散させる。
エマとスラヴィもまた頷く事で了承の証を示す。
皆が信頼してくれているのだと解るや否や、マンスは元々手にしていた巻物は仕舞い、新たに手にした方の巻物を勢い良く広げて構える。
「『光と闇の化身よ』――」
その瞳に、もう迷いの色は一点も無かった。
『『!』』
少年の持つ巻物を目にしてその詠唱を耳にした四精霊が、例外無く驚きを顕わにする。
『まさか、奴らを喚ぶのか――』
殆ど無表情を崩さない《火精霊》が、アクセルを相手取りながらも驚き声を上げた。
彼の言葉は、エマと攻防を繰り広げる《土精霊》によって継がれる。
『《光精霊》と《闇精霊》か!』
四精霊と同等の力を持つのではないかとされている特殊な精霊――そのうちの二人《光精霊ルークス》と《闇精霊テネーブリス》。彼らの特殊さは、二人同時に召喚しなければならない点と、他の精霊との交流もあまり好まない故に、誰とも〈契約〉を結ぼうとはしない点にあった。
ただし召喚士一族には一目置いているらしく、長には代々彼ら二人を召喚する為の詠唱文言が記された巻物が継承されていた。
とは言え、四精霊に匹敵しそうな精霊を、二人も同時に召喚するのには大量の〈マナ〉が必要とされる。加えて、彼らは自分達の認めた相手にしか助力しない為、例え召喚できたとしても、必ずしも助力が得られる訳ではなかった。
余談ではあるが、特殊な精霊には他にも《時精霊クァンド》と《無精霊ニアンテ》が居るのだが、彼らはそもそも召喚する事すら不可能ではないかとされている。
とにもかくにも、これは精霊術においては稀代の天才と称されるマンスにとっても無謀な賭けなのである。
「――『光明の如く浄化する天使と暗闇の如く包み込む悪魔よ』――」
それでも、マンスは必死に詠唱を紡ぐ。
そんな彼を、一度も瞬きする事無くモナトは見つめていた。
「――『御身が姿を顕現させ、その眩き光と暗き闇を我に貸し与え給え』――」
四精霊も彼が二人を召喚でき、助力を得られるのかという点に興味があるようで、その攻撃の手が自然と止まる。
普段ならばそれを見逃さずに付け込むアクセルやエマ達だったが、今回の主役が自分達ではない事を理解している彼らもまた、同様に動きを止めた。
「――『我が喚び声に応えよ』!」
それまでは集中の為に下ろされていた瞼が、かっと押し上げられる。
「〈光精霊〉! 〈闇精霊〉!」
瞬間、少年の眼前に白と黒、二つの魔法陣が出現した。
皆が驚きつつも声を出せずに見つめる中、そこから二つの影が姿を顕す。
一気に大量の〈マナ〉が消費された反動で前のめりな姿勢になりながらも、ひとまずは召喚が成功した事に対してマンスの心は歓喜で打ち震えていた。
『ここは……人間界?』
『そのようだな』
顕れたのは、全てが白い天使のような羽を持つ少女と、全てが黒い悪魔のような羽を持つ青年だった。召喚されても人の姿をとっているところからしても、どうやらこの二対の精霊は特殊らしいとターヤは気付いた。
二人は驚いたように一通り周囲を見回してから、四精霊に気付く。
『御前達か……』
『お久しぶりです、皆さん』
青年――《闇精霊》の方は途端に嫌そうに眉を顰め、少女――《光精霊》の方はのほほんとした様子で軽く会釈した。
前者に対しては《土精霊》が、むっとしたように眉根を寄せる。
『相変わらずご挨拶だよな、テネーブリス』
『俺はルークスと……まあ、《精霊女王》以外は最初から信用する気も無いからな』
全く意に介していない様子で《闇精霊》は彼を軽くあしらい、それに対して彼から何かしらが飛んでくる前にマンスへと視線を移した。
『御前が、俺達を喚んだのか』
「う、うん」
射抜くような冷たい視線に思わず後退しそうになるマンスだったが、何とか留まり彼と目を合わせる。息はまだ乱れていたが、そちらが気にならないくらいの緊張を覚えた。
ルークスの方はテネーブリスに対応を一任しているようで、微笑んだまま何も言わずに状況を見守っているだけだ。
『それで、俺達にいったい何の用だ?』
どこか怒った様子で淡々と問うてくる《闇精霊》に気圧されそうになりながらも、マンスはしっかりと言葉を紡ごうとする。
「ぼくは今、《精霊王》になる為に四精霊の試練を受けてるんだ。でも、ぼくは一人じゃ何もできないし、四精霊にも適いっこない。だから、ルークスとテネーブリスの力を貸してほしいんだ」
『なるほど、それで俺達を喚んだ訳か』
納得がいったというような《闇精霊》の言葉に、マンスは期待を抱きかける。
『……ふざけるなよ』
しかし、彼が吐き出したのはそれとは正反対の声色だった。
え、と思わず声を上げそうになった少年へと、《闇精霊》は更に冷えた眼差しを向ける。軽蔑しているかのように鋭く尖った眼だった。
『御前のことは知っている。大方、天才などと呼ばれて思い上がり、四精霊と契約できた事で更に調子に乗っているのだろう。四精霊も四精霊だ。御前達が甘やかすから、そいつが付け上がるのだろう。その程度の生半可な気持ちなどで――』
「生半可な気持ちなんかじゃないよ!」
幾ら相手が大好きな精霊とは言え、全てを許容できる訳ではない。《闇精霊》の物言いが頭にきたマンスは、反射的に反論の叫びを上げていた。最早、呼吸が上がっている事など頭の中から吹っ飛んでいた。今までならば尤もだとして聞き入れてしまっていたかもしれないが、現在のマンスはそうはできなかったのだ。
それが予想外だったのか、呆気にとられたように《闇精霊》が一時的に言葉を失う。
その間にもマンスは言葉を止めようとはしなかった。
「確かにぼくは精霊のことを全部知ってる訳じゃないし、まだまだぜんぜん力不足だけど……でも、そんな中途半端な気持ちで言ってる訳じゃないよ! ぼくは、精霊も人工精霊もみんな大好きだから、助けたいし力になりたいから、その為に《精霊王》になりたいだけなんだよ!」
感情をぶつけるように少年が全力で叫べば、途端に《闇精霊》が頭に血が上ったかのように強く表情を顰めた。
『っ……綺麗事を――』
ルークス
テネーブリス