The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十八章 召喚士一族‐Leonce‐(10)
「やはり、四精霊が全員揃うと圧巻だな」
「だな。……おい、マンス!」
感嘆したようなエマの呟きに同意すると、アクセルは少年へと声を放る。
「俺らはおまえを守ったり、援護したりするくらいしかしねぇからな。肝心なところは、おまえが自分で何とかしろよ?」
「言われなくてもわかってるよ!」
当然だと言わんばかりに胸を張ってみせたマンスに上等だという笑みを返すと、アクセルは手にした武器と共に前方へと突進していった。
その横をアシュレイが通り過ぎていき、その後ろにエマが続く。
後から飛び出した筈の彼女に抜かれた事がアクセルとして若干不満だったが、すぐに割り切って彼女の後を追いかける。
いつもと同じく真っ先に相手の許へと辿り着いた彼女は、跳躍して上空に居る彼らへと襲いかかる。
だが四精霊は即座に四方へと分散し、その攻撃を避ける。
彼らを追うようにアシュレイもまた一方向へと跳び、アクセルとエマもそれぞれ相手を定めてそちらへと向かう。
そのような眼前の光景を緊張したまま見つめながら、マンスはと言えば実際どうすれば良いのか判らずにいた。いつもならば四精霊の誰かを召喚しようと詠唱しているところなのだが、今回に限ってはその誰も召喚する事ができないからだ。
(こんな事、初めてだ……でも、これが試練なんだから、自分で何とかしなくちゃ!)
「――〈能力上昇〉!」
気合いを入れたところでターヤの支援魔術が発動し、皆の能力値をぐんと引き上げる。
「モナト、来て!」
未だどうすれば良いのか判らずにいるマンスもまた、とりあえずは相棒に来てもらおうと彼女の名を呼ぶ。
しかし、いつもならばすぐに顕れる筈の白猫は、今に限っては全く気配すら無かった。
「モナト……?」
怪訝そうな顔になった少年へと、一人誰のマークも付かなかった《水精霊》が幾つもの水の弾丸を飛ばす。
「〈結界〉」
だが、それは待ち構えていたスラヴィにより阻まれた。
「マンス、大丈夫?」
「う、うん……」
ターヤがかけた声にマンスは頷くも、その顔色と声色には戸惑いが隠せていなかった。
それを目敏く見つけた《水精霊》がからかいの声を放る。
『あら、マンスは何もしないの?』
「ち、ちがっ――」
『なら、どうして突っ立ったままなのかしら?』
「それは……」
モナトが来てくれないから、と思わず言いそうになって、寸でのところで口を噤む。いつも彼女は詠唱などしなくとも呼べば来てくれるので、それが当たり前だと思い込んでしまっていた自分に気付いた。そして、まるでモナトに責任を押し付けようとしている自分にも、精霊が居なければ何もできない自分にも。
(ぼくは……みんなが居ないと、何もできなかったんだ)
今になってようやく気付けた事実に愕然とする。何でもできるように思えた自分は、一人では何もできなかったのだから。
けれど、そんな少年の様子から心情を読み取った《水精霊》は、ふっと笑みを零す。それはつい先程までの挑発的で掴めないようなものではなく、心からの柔らかな笑みだった。
当の少年はそれには気付いていなかったが、ターヤはばっちりと見てしまっていた。
(もしかしてウンディーネは、マンスにその事に気付いてほしかったの?)
普段ならマンスの一声で飛んでくる筈のモナトが今に限って来ないのは、彼女達の画策のうちだったのだろうか、と彼女は内心で考える。
だが、話しかけるのを止めた《水精霊》が再び水弾を飛ばしてきた事で、ターヤは意識を現実へと引き戻される。慌てて杖を構え直し、次の詠唱に移った。
変わらず《水精霊》の攻撃は〈結界〉に阻まれ続ける中、マンスは巻物を手にして構える。
「『我が喚び声に応えよ』!」
そして唱え始めた。
人工精霊はその出自故に、〈契約〉を結んでも精霊界から召喚できる訳ではない。だからこそ詠唱文言は無いに等しいのだが、一応強制的に呼び出す手段としての文言は存在する。
モナトもまた例外ではなく、姿を現していない時の彼女は、なるべく〈マナ〉の消費を抑える為に、その濃度を薄くして不可視の状態となっているのだ。故に、彼女は姿は見えなくとも常にマンスの傍に居る筈であり、召喚する必要も無い。
しかし、今回は呼んでも反応してくれない為、仕方なくマンスは強制的に彼女を呼び出す事にしたのである。
「〈月精霊〉!」
瞬間、淡い黄色の魔法陣が少年の前に出現し、そこから白猫が飛び出す。その身体は、小さいままだった。
「モナト!」
『ご、ごめんなさい、オベロンさま……』
顕れてくれた事に安堵しながらマンスが名を呼べば、白猫は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
『その、ウンディーネさまたちに止められて……』
『でも、良い薬になったでしょう、マンス?』
尻すぼみになっていくモナトの言葉はウンディーネが引き継いだ。
そこでようやくマンスは、四精霊が精霊に頼りすぎるなという事を伝えようとしてくれていたのだと気付く。彼らは最初から、どこまでもマンスには甘かったのだ。
「うん、そうだね。ありがと、みんな」
だからこそ、マンスは《水精霊》の言葉を肯定した。
その言葉には《水精霊》だけれはなく個々に戦闘中でありながらも、他の四精霊達もまた視線や頷きを寄越す。
「ごめん、下がるわ!」
と、そこで《風精霊》と高速戦闘を繰り広げていたアシュレイが、一時〈結界〉まで撤退してきた。体力が限界に近付いたのだ。
アクセルとエマもそれぞれ《火精霊》と《土精霊》を相手にしていたが、やはり四精霊が相手ともなると一対一では辛いようだった。しかし未だ何とか渡り合えているところを見るに、四精霊も少しは手加減しているのかもしれない。
ただしアシュレイが一旦戦線を引いた事で、《風精霊》もまたマンス達の方へと向かってきていた。
『さあマンスくん、今度はわたしも居るよ!』
しかも彼女は、やる気満々といった様子でファイティングポーズをとっている。
どうしたものかとマンスは考える。相手は四精霊であり、元々戦闘向きではないモナトには、とてもではないが相手などさせられない。そもそもモナトお得意の隠蔽すら、彼らには効くのかも怪しいところだった。
スラヴィは最初からずっと〈結界〉の維持に努めているが、彼も万能ではないのだから、その守りがいつまでもつのかも判らない。
ターヤは皆を援護するべく、ほぼ絶え間無く強化系の支援魔術や治癒魔術を詠唱しており、攻撃魔術どころかニルヴァーナを召喚するどころではなさそうだった。そもそも彼女はニルヴァーナを一度召喚しただけでも魔力が尽きてしまうので、援護に徹してもらっていた方が良いだろう。
(そう言えば、おばーちゃんから預かった、あれがあったような……)
そこでふと思い出す事のあったマンスは、懐に手を突っ込んで漁ってみる。すると、予想通りそれはあった。その事に活路を見出しかけるも、すぐにそれは危険な博打なのだと気付く。
(あの二人なら四精霊が相手でもちゃんと戦えるだろうけど……でも、ぼくに、できるの?)
突如として不安に襲われ、マンスはまた立ち尽くすような状態となる。