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二十七章 燃え立つ炎‐zeichen‐(6)

「だから何でそうなるんだよ」
 はぁ、とアクセルは呆れたように肩を落とし、ひどく疲れたように溜め息を零す。
 逆にアシュレイはアクセルを押し退けるようにして横に退かせ、真っ向からソニアを睨み返す。身体に残っている疲労は、彼が間に入って止めていてくれた事でほぼ回復できていた。
「ええ、受けて立つわよ、ソニア・ヴェルニー!」
 同様にアシュレイもレイピアの切っ先を相手へと突き付け返し、益々呆れるアクセルも無視して二人は互いに対峙し合う。そのまま彼女は即座に膝を曲げたかと思えば、次の瞬間には高速でソニアへと突進していた。
 だが、それより先にソニアが彼女へと何かを放り投げてみせる。
「! 魔道具!」
 すばやくアシュレイが横に避けた瞬間、彼女が居た場所でそれは破裂した。
「あなたを相手取るのに、私が何も用意していないと思いまして?」
 瞳の奥では炎を燃えたぎらせたままだったが、ソニアは若干の余裕と理性を取り戻してもいた。その手には、セレスの爆弾と同じくらいの掌サイズの風船が幾つも乗せられている。
「爆弾から考案されたという〈風船爆弾〉ですわ」
 説明しながら、二つ目が投擲される。これもまた瞬時にアシュレイは避けるが、そこに突進で襲いかかる一頭の馬が居た。ただし彼女からしてみれば大して速くもない為、彼女が気に留める事はなかった。
「爆弾よりも軽く安価で便利だそうですから、爆弾が廃れる原因にもなったそうですの」
 同時に魔道具に関する説明が続く中、これも難無く避けるアシュレイだったが、今度は反対方向から同じ馬が突撃してくる。
「あれっ、何で!?」
「二頭目か」
 思わずターヤは慌てて一頭目を見て、同様の行動で確認したエマはそう推察する。
「相変わらず〔騎士団〕の《爆弾魔》は爆弾を使い続けているようですけれど」
 声は途切れさせず、ソニアは三つ目を投げる。
 それらも掠る事無く避けた先に、またしても同じ馬が居た。流石のアシュレイの眼も見開かれる。完全には避けられそうになかった。
「また!?」
「アシュレイ!」
 ターヤが二頭目を確認して、エマが咄嗟に名を呼ぶ。
 ソニアが、嗤った。
「結局、こうなるのかよ」
 しかし、またしてもその間にアクセルが割って入っていた。馬は盾代わりに地面に突き刺された大剣に衝突し、弾き返される。
 皆が安堵し、ソニアが表情を一変させ、アシュレイが何とも言えなさそうな顔になる。
 もう一度息を吐き出すと、アクセルは大剣を引き抜いて肩口で軽く叩いた。そして、私情は胸の奥に仕舞い込んでソニアを見る。
「おいソニア、おまえが魔物を連れてくるのなら、俺達も加勢するからな」
 今度こそ、彼女の表情はがらがらと崩れ落ちた。まるで親に捨てられた子どものように、その眉尻がへにゃりと下がる。
 それを見たアクセルは思わず躊躇いそうになるが、今の彼女は敵なのだと心の中で自身に言い聞かせた。そうして払拭すると、大剣を真っすぐに彼女――ではなく、その傍に集った三頭の馬に向ける。
 ヘタレめ、と一行の大半が思ったが、誰も口に出す事はしなかった。
「どうして……」
 表情を変えぬまま、ソニアが今にも泣き出しそうな声で呟く。
 アクセルは、答えられなかった。
「どうしてなのっ!」
 見たくないとでも言うかのようにぎゅっと目を瞑って彼女が叫んだ瞬間、両端の馬が影分身であったかのように音も無く中央の馬に重なり、三頭から一頭になった。
「「!」」
「えっ」
「合体した?」
 皆は驚き、ターヤは間の抜けた顔になり、スラヴィは少しずれた観点で首を傾げる。

 けれども、それによりアシュレイは魔物の正体を掴む事ができた。
「なるほど、《シュヴァール》だったのね。四つの頭と体を持つと言われる馬の魔物よ。おそらく魔道具で、あいつに従わせられてるんでしょうね」
 後半は皆に向けての説明となっており、それによって残りの知らなかった面々も魔物の正体を理解する。
「だから分裂していたんだな」
「あなたさえ……居なければ!」
 レオンスの呟きに重なるようにソニアが叫べば、再びシュヴァールは三頭に分かれて中央の一頭だけを残し、残り二頭は一行目がけて突進してきた。
 応じてソニアを包囲していた面々とアクセル、アシュレイは迎え撃つべく動き、少し離れた場所に居るターヤとマンスは詠唱を開始する。
 オーラは、二人の前に盾になるかのように立って状況を見ていた。
 その間にもレオンスとエマが一頭と、スラヴィがもう一頭と戦闘を開始する。
 一方アシュレイとアクセルは、ソニアと本体らしきシュヴァールと対峙していた。
「何で……どうして!」
「おいソニア!」
 シュヴァールと真正面から力比べを始めたアクセルはソニアへと呼びかけるが、彼女は感情が先走って頭の中がごちゃごちゃになっているのか、纏まっていない言葉を叫ぶだけだ。
「駄目か……」
 苦々しげに呟くアクセルの傍らで、アシュレイは後方からソニアを狙っていた。
「!」
 だが、彼女を庇うようにして、その軌道上にもう一匹のシュヴァールが現われる。
 レイピアはその身体に阻まれ、それと同時にアシュレイは一旦引いた。見れば、スラヴィと戦っていた馬の姿が消えている。
「分身は、本体の近くに移動させる事もできるのね」
「――〈能力上昇〉!」
 冷静にアシュレイが分析した直後、支援魔術が一行を覆った。全てのステータスが、僅かだが同じくらい上昇する。
 それを発動させ終えて次に移ろうとしたところで、ふとターヤは気付いた。
(そう言えば、何気無くスルーしちゃってたけど、あの馬って四頭居るんじゃ……)
 だが、視線を飛ばしても戦闘区域にシュヴァールは三頭しか居ない。どういう事なのかと思考を回そうとしたところで、背後に何かの気配を感じた気がした。
(まさか――)
 反射的に振り返った時、オーラが構築した防御魔術とシュヴァールが衝突した。
「オーラ!」
「やっぱりターヤ狙いだったわね」
 ターヤが彼女の名を呼ぶと同時、アシュレイが予想通りであった事を視認していた。マンス以外もあまり驚いた様子は無かったので、皆は知っていて泳がせていたのだとターヤは気付く。
 対して、これによりソニアは益々冷静さを欠いてるようだった。
「何で……何で、上手くいかないの!」
 それでも魔術は構築できたようで、ソニアが叫んだ直後、アシュレイの足元に彼女を中心とした大きな白い魔法陣が浮かび上がる。それは彼女をその場に固定してしまった。
「アシュレイ!」
 思わずターヤは叫ぶが、アシュレイは動じていなかった。その目は、相対していたシュヴァールを放置して駆けてくるスラヴィに向けられている。
「――〈昇天する光〉!」
「〈結界〉」
 ソニアの魔術が発動すると同時、滑り込んだスラヴィが〈結界〉を発動する。それにより少しはくらったものの、二人は大してダメージは受けなかった。

アセンドレイ

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