The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十七章 燃え立つ炎‐zeichen‐(4)
「やっぱり、おまえか」
「え、ええ、私でしてよ」
安堵と落胆と気まずさと――さまざまな感情が入り混じった声で息をつけば、一瞬びくりと肩を揺らしながらもソニアは気丈に頷いてみせた。ただし、近くに特定の人物が居ない事にはひどく安心していもいたが。
そう言えば、彼女と会うのは廃棄された神殿以来だなと思いながらも、気まずいまま別れてしまったからか、アクセルは彼女と正面から目を合わせられそうになかった。
そしてその事をよく理解しているからか、ソニアは悲しそうに眉尻を下げ気味にしつつも、彼をしっかりと見ながら自ら口火を切る。
「今日は、アクセルに話があって来ましたの」
「俺に?」
内容の如何はともかくとして、推測のできた言葉ではあった。
「ええ」
そこで言葉は途切れた。視線も僅かに逸らされる。
アクセルは彼女が自ら言うまで待つ事にし、催促する事も自分から問い直す事もしない。
ソニアは逡巡していたが、それ程間は開けず、決意を持って再度見上げてきた。
「アクセル、私と一緒に〔教会〕に来ませんか?」
事前に予測できていたようで、その実できていなかった言葉だった。故にアクセルは答えに窮してしまう。そもそも予想外の内容に対する衝撃で、すぐにはまともな声すら出せそうになかった。
今回言いたかった事をはっきりと伝えられたソニアは、無言で彼の答えを待っていた。期待半分、不安半分で、内心ではとてもそわそわと落ち着かない様子になりながら。
「〔教会〕、か」
少しの沈黙を保ってから、ぽつりとアクセルは言葉を零した。
それをチャンスだと思い、ソニアは畳みかけようとする。
「え、ええ。あなたは魔術は使えませんけど列記とした調停者一族ですし、私の口添えがあれば――」
「わりぃ、ソニア。俺には、傍で見ていてやらなきゃならない奴が居るんだ」
しかし、アクセルは最後まで言わせずに答えを告げる。
彼の言葉に、ソニアがさっと顔色を一変させた。それが誰のことを指しているのか、瞬時に理解できてしまったからだ。
「それに俺は〔教会〕が信用できねぇし、まだおまえから、あの時の答えを貰ってねぇからな」
もう一度、アクセルはあの時を同じ問いを彼女に向け直す。
「ソニア、今のおまえは〔教会〕側なのか?」
彼女は、その問いには答えなかった。
「そう、ですの……アクセルは、やはり、あの女をとるのですね……!」
「お、おい、ソニア……?」
独り言のように呟かれた言葉で、ようやく相手の様子がおかしい事にアクセルは気付く。
だが、彼女はもう彼を見てはいなかった。
「あの女さえ、居なければ……!」
言うや、彼女は踵を返してどこへともなく駆け出していく。
「おい、ソニア!」
その意図を表情と言葉から推測できたアクセルは慌てて呼び止めようとするが、最早彼の声すらも感情を先走らせた彼女には届かなかった。どんどん離れていくその背中に思わず舌打ちをしてから、彼は彼女の後を追う。
けれども少しのタイムラグが仇となり、アクセルはソニアを見失ってしまっていた。
「くそっ……あいつ、どこに行ったんだよ!?」
すばやく周囲を見回し、遠くまで視線を寄越すが、彼女の姿はどこにも見当たらない。
「あ、居た!」
どうしたものかと頭に手を当てたところで、彼は聞き覚えのある声を耳にした。即座にそちらへと視線をやれば、ターヤが小走り気味に彼の方へと向かってきていた。彼女は彼の近くまで来ると口を開く。
「さっきアシュレイとレオンが戻ってきてね、アシュレイは新しい――」
「!」
「服の可動域を確かめるから――」
「アシュレイはどこだ!?」
「自分の昼食は後で良いって……え?」
言い終わるのを待たずにターヤの肩を掴まんばかりの勢いで問えば、彼女は突然の事に困惑したような顔になる。ぽかんと、口を半開きにしたまま停止した。
しかし、それを気遣う余裕など今のアクセルには無かった。
「どこに居るんだ!」
「え、えっと……街のすぐ外で、ちょっと身体を動かしてくる、って……」
更に強くなった口調で訊けば、弾かれたように記憶を掘り起こしながらターヤは答えた。それを聞くや否や、アクセルは目的地へと向かうべく街の出入り口に向かって駆け出していた。
その場に残されたターヤは、まるで嵐が過ぎ去った後のように唖然とするしかない。こてん、と首が横に倒れた。
「アクセル、どうしたんだろ?」
残念ながら、その疑問に答えてくれる者は居なかった。
「――ふっ」
地面と平行に構えたレイピアを、弓から射出される矢の如く真っすぐに突き出す。そうして空を突き刺した直後、まるで時間を巻き戻したかのように即座に元の位置に戻す。そして瞬間移動したかのように高速で別地点へと移動し、今度は横薙ぎに空を切り裂く。
「まぁ、こんなものね」
それからすぐにレイピアを鞘に納めて体勢を楽にした彼女は、ふぅと満足げに一息ついた。つい先程までの行動は、新たに購入した服の可動域などの確認行為だったのだが、期待通り、今までの軍服と変わらぬ動きやすさだった。
(やっぱり、あたしの眼に狂いは無かったわね)
若干の自負を覚えたアシュレイだったが、すぐに気分は急降下する。
(とは言え、下のシャツと靴下はあいつが選んだんだけど)
視線をそれら二つに下ろせば、はぁ、と無意識のうちに口から溜め息が零れ落ちた。レオンスが選んだシャツと靴下はセンスが良いどころか、可動域も広い上に動きやすく、そこについては感嘆せざるをえない。
だからこそ、アシュレイは少々憂鬱な気分になっているのだ。
(あいつを連れていったのは自分の意志だけど、何だか負けた気がするのよね)
自分が選んだ組み合わせについての助言が欲しい。そう望んだのは確かにアシュレイ本人だったが、いざ実際に自身のものよりも更に良いコーディネートを提示されてしまうと、心の中では対抗心がむくむくと鎌首をもたげ始めていたのである。全くもって彼女らしい性質であった。
それでも、それを口にしなかった点だけは褒めても良いのかもしれない、とアシュレイは少しだけ自画自賛していた。昔の自分ならば、理不尽にもレオンスを怒っていたのだろうと容易に想像できるからだ。
(とにかく、流石にお腹が空いてきたし、もう宿に戻った方が良いわね)
あまり宜しくない思考は打ち切る事にし、アシュレイは街に戻ろうとする。
「!」
だが、そこで彼女はこちらへと近付いてくる一つの気配を感じ取った。それは偶々街の外に出ようとしているような名も知らぬ他人のものではなく、明らかにアシュレイだけに向けられた敵意と害意と少しばかりの殺意と――そして、紛れもない嫉妬に彩られたものだった。
このような感情を自身に向けてくる人物は、一人しか思い浮かばなかった。