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二十七章 燃え立つ炎‐zeichen‐(3)

 かくして二人は店を出て、宿屋に戻るべく岐路に着いていた。
「……全く、君は敵に回すといろいろな意味で恐ろしいな」
 はぁ、と心底疲れたような様子でレオンスが溜め息を零す。
「あの店の店員が、俺と君をカップルだと勘違いしていた事にも気付いていたんだな」
「ええ、気付いてたわよ。あれだけ分かりやすいのに気付かない方が無理な話よ」
 あっけらかんとしてアシュレイは言う。その胸元には、買った服一式が入った少し大きめの袋が抱き抱えられていた。
 やはり気付いていたのかと、レオンスはもう一度溜め息をつきたくなった。
「なら、どうしてふざけたりしてみせたんだい?」
「別にあんたとカップルだと間違われたところで、あたしは痛くも痒くもないからよ。寧ろ、あんたがそこまで気にしてたとは驚きね」
 暗にからかえるネタが増えたと優位に立ってみせたアシュレイに触発されたレオンスは、仕返しとばかりに以前の出来事を掘り返す。
「ズィーゲン大森林でソニア・ヴェルニーにアクセルとの仲を勘繰られた時の君は、あんなにも動揺していたと言うのにな」
「なっ……その話を今ここで蒸し返す訳!?」
 途端にアシュレイの余裕は木っ端微塵に崩れ去った。
 してやったり、とレオンスが再び彼女に勝る。
「君が人をからかおうとするからさ」
「ほんと、あんたって性格が悪いわよね」
「なら、その言葉はそっくりそのまま君に返させてもらうよ。そうだろ?」
 その言葉が意味するところをすぐに理解した為、アシュレイは肯定も否定もしなかった。
 それはそれでつまらないと思うレオンスだったが、また下手なことを口にして彼女の優勢になっても困るので話題を変える。
「ところで、オーラのことを訊くのは止めたのかい?」
 ところが、言われて初めてアシュレイはその事を思い出したようだった。
「ああ、そう言えば、そんな目的もあったわね。でも、何かもう良いわ。もうばれちゃったけど、あたしに知られたくない事があるように、あいつにも訊かれたくない事があるんでしょうから」
 あっさりと引き下がってみせたアシュレイからは、出かける前のような下心は何一つ感じられなかった。これにはレオンスの方が驚かせられるしかない。
「随分と引き際が良いんだな」
「相手の立場になって考えられるようになっただけよ。……ただ、やっぱり気にならないと言ったら嘘になるけど」
 大した事ではないとばかりにアシュレイは鼻を鳴らしてみせたかと思いきや、ぽつりと付け足される言葉があった。
 おや、とレオンスは思う。これはもしかして先程同様デレの兆候なのだろうか、と。
「そうなのかい?」
 故に、相手の逆鱗に触れないように言葉少なに踏み込んでみようとする。
 すると、アシュレイは一旦固まってから、視線を落としてぼそぼそと言葉を紡ぎ始めた。
「だって、何かずるいじゃない。あたしが素直じゃない事は自覚してるつもりだけど、でもさっきは一応あいつのことを頼ったんだし、あいつだって、少しくらいあたしを信用してくれても良いじゃないの」
 恥ずかしそうに視線は抱き締めた包みへと向けながら、正直なところを吐露するアシュレイを、レオンスは目を瞬かせながら見ていた。それから、思わず笑みを零す。
「そう思うのなら、本人に直接言ってやるんだな」
「それができたら苦労しないわよ。それに、あいつにはまだ気に入らない部分の方が多いし」
「具体的にはどんなところなんだ?」
 思わずずけずけと踏み入ろうとしたレオンスに、打って変わって胡乱気な眼を向けたアシュレイだったが、すぐ溜め息交じりに口を開いた。
「まぁ、あんたなら良いか」

 一旦、言葉は切れた。
「あいつの気に入らない箇所は、それこそ挙げたらたくさんあるんだけど、特に気に入らないのはその卑屈な姿勢よ。どうにもあいつは貼り付けた仮面と『運命』って言葉を免罪符にして、現実から目を背けて逃げようとしてるようにしか思えないんだもの。そのくせ、さっきみたいに素に戻れば全力で抗おうとしてるんだから、どっちかにしなさいって話よ」
「意外と、君は彼女のことを見ているんだな」
 心の底から驚いたように目を見開かせる。監視しているとは言っていたが、そこまで見抜けるのはオーラに対してよほどの興味が無くては駄目だろうからだ。
 そんな彼を、気付いているのかいないのかアシュレイは呆れたような眼で見た。
「前にも言ったと思うけど、あたしの眼は誤魔化せないわよ? それに、あんた達二人のことは信用してないから監視してる、とも言った気がするけど?」
「けど、今の君は、前よりは俺達のことを信頼してくれているように見えるけどな」
 途端に図星だったらしくアシュレイが黙る。その頬には、僅かな赤みが差している。
 噛み付かず、この様子だけならば随分と可愛らしいんだけどなとは思ったが、それではアシュレイ・スタントンではないかとレオンスは自身の思考に苦笑する。
 と、アシュレイが足を止めた。
「どうしたんだい?」
 数歩程先に進んでしまう事となったレオンスは振り返り、そしてその瞳が大きく揺れている事に気付いた。
「あんたにも、訊きたい事が、あるのよ」
 ひどく躊躇したような声だった。
 それだけで、彼女が何を言わんとしているのかレオンスは手に取るように察してしまった。
「あんた、やっぱりあたしと――」
 そこまで言って、しかしアシュレイは自分から口を噤んだ。
「やっぱり、何でもないわ」
 前言を取り下げた彼女は振り払おうとするかのように彼を見ようとせず、小走りにその横を駆け抜けていく。
 レオンスは無表情のままその姿を追ったが、すぐその後に続こうとはしなかった。
 一方その頃、アクセルは特に当ても無くぶらぶらとベアグバオの中を歩いていた。昼食は二人が帰ってきてからという事になってしまったので、それまでの暇な時間を散策で紛らわす事にしたからである。
「ったく、アシュレイの奴……」
 歩きながら、ぶつくさと文句を口から零す。別にアシュレイが悪い訳ではなかったが、どうにも悪態をつかねば心の波が収まりそうにはなかったのだ。
「何でレオンと行くんだよ。別に俺でも良いじゃねーかよ」
 第三者や客観的立場から見れば、それが見紛う事無き嫉妬である事は明らかだったが、当の本人には今は自覚が無かった。
 しかし、アクセルの心中を特に占めていたのは別の事だった。
「……だいたい、あの返事はどうなったんだよ」
 思わず、ひどく拗ねた声が口から零れ落ちる。
 プレスューズ鉱山にて、彼はアシュレイに〔軍〕の《元帥》ではなく自分に依存しろという告白紛いの台詞を向けた筈なのだが、その後の幾つもの騒動のせいで、すっかりと有耶無耶になってしまっていたのだ。当の彼女はと言えば関連する話は一つもしてこないし、まるで無かった事にされているかのようでもあった。
 とにもかくにも、それが最もアクセルは気に入らないのである。
 と、そこでアクセルは自身に近付いてくる一つの気配を拾った。躊躇いがちに、けれど決心したかの如く徐々に距離を詰めてくるその気配は、よく知ったものだ。
「ソニアか?」
「っ」
 訝しみつつも振り返ってみれば、やはりその正体は幼馴染みだった。

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