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二十七章 燃え立つ炎‐zeichen‐(2)

「いや、少し気に入らない事があっただけだよ」
「?」
 訝しげに首を傾げるアシュレイだったが、レオンスは答えずに先程の疑問を口にする。
「ところで、どうして俺をここまで連れてきたんだ? 別に、店の中まで連れてこなくとも良かったんじゃないのかい?」
 彼としては当然の疑問のつもりだったのだが、問われた方の彼女はと言えば、直後に顔を爆発的なまでに真っ赤に染め上げてみせた。
 思わずぽかんとしたレオンスだったが、すばやく揶揄の表情となる。そうすればアシュレイは目敏く反応してくる訳で、すぐさま噛み付いてきた。
「なっ、何よその顔は!?」
「いや、顔を真っ赤にする程の理由があったのかと思うと、な」
 わざとらしく言ってみれば、益々彼女の顔に溜まった熱は上昇していく。
「べっ、別にそんなんじゃないわよ!」
「なら、いったいどういう訳なんだい?」
 反論するアシュレイの様子が明らかな嘘を隠し通そうとする子どものようで面白く、ついつい際限無くからかってしまいそうになるレオンスだったが、このままだと後が怖いと気付いて止めようとする。
「……別に、ただ、あんたなら、その……服を選ぶ時に、詳しそうだから相談できそうかな、と思って……」
 だが、そこに彼女は自ら爆弾を投下してきた。初対面の彼女ならば決して言うどころか考えもしかったであろう内容を、躊躇いがちに、羞恥に彩られた様子と声色で表に出してみせたのである。
 あまりに予想外すぎて、寧ろレオンスの方が硬直したのは言うまでもない。これはいったい誰の夢なのかと本気で考えたくらいだ。
 恥ずかしさのあまり、レオンスと目を合わせられずに服を注視していたアシュレイだったが、いつまで経っても反応が無かったので怪訝に思い、そっと視線を動かしてみる。そして物凄い表情で彼女を見ながら固まっている彼を見て、思わず羞恥も吹っ飛んだ。
「あんた、何してる訳?」
 心底呆れたように訊けば、そこでレオンスは我に返ったようだった。
「あ、いや、あのアシュレイから、何とも珍しい台詞が聞こえてきたような気がしたんだ」
「ええ、言ったわよ間違い無く言ったわよ」
 衝撃的すぎて無かった事にしようとしているレオンスに苛立ち、アシュレイは半ばやけくそ気味に言い返す。
 すると彼は、アクセルとはまた異なる意地の悪い笑みを浮かべた。
「随分あっさりと認めるんだな」
 嵌められたのだと気付いた時には遅かったが、ただでやられるアシュレイではない。
「ええ、認めるわよ認めてやるわよ。今回あたしがあんたを誘ったのはオーラのことを訊くだけじゃなくて、服を選ぶのを手伝ってもらおうとも思ってたからだってね!」
 もうどうにでもなれとばかりに本音を曝け出してやれば、今度はレオンスの方が呆気に取られたようだった。してやったり、と少しばかり気持ちが軽くなった。
 対して唖然としていたレオンスだが、店員達の事を思い出してそっと見てみれば、案の定微笑ましそうな目で見られていた為、逆に頭を抱えたくなる。これはとっとと服を選んで出た方が良いと思い、彼はアシュレイを見た。
「それで、服を選ぶ手伝いをするのは構わないけど、どんなのが良いんだい?」
 随分と協力的な態度の彼に違和感を覚えながらも、彼女は自身の基準と言うか好みを告げる。
「そうね……動きやすくて露出が少なめので、下はズボンが良いわね」
 先程見たままの通りだったので、レオンスは思わず苦笑させざるをえなかった。
「やっぱりか。君はスカートは履かないんだな」
「スカートは動きにくいし、物によっては風の抵抗を受けそうだから、あまり好まないわね。それとも何、履いてみてほしかった訳?」
 意趣返しとばかりに意地の悪い笑みを向けてくる彼女に、つい普段の調子で言い返しそうになって、即座にこの場には余計な野次馬が居る事を思い出す。
「いや、スカートを履いた君は想像したくもないな」

「地味に失礼よね、それって」
 どこか釈然としない様子で眉根を寄せてから、アシュレイは眼前に並べていた幾つかの服を顎で示してみせた。
「で、この辺りが無難かと踏んでるんだけど、あんたはどう思う?」
「そうだな……」
 並べられた服をまじまじと観察する。
 最初から上下セットの物もあれば、アシュレイが自分でコーディネートした物もあった。彼女が今現在着用している軍服にも似た少し硬い印象を与える服、逆に少しだけ露出が増えた若者っぽいラフな印象の服と、受ける印象に類似点は無い。全てに共通しているのは、先程本人が言った通り、露出が少なく動きやすそうという点だけだ。
 即決はできなさそうだと踏み、レオンスは一度アシュレイへと視線を移した。彼女が一瞬怯むのも構わず、身長に体格、髪型に容姿、雰囲気と、さまざまな部分をなるべくすばやく観察していく。それからもう一度並べられた服を見て、その中から一つの組み合わせを手に取った。
「多分、君にはこれが一番良いだろうな」
 彼が選んだのは、アシュレイ本人が考えた中でも最もラフな服だった。袖無しで胸元にポシェットのようなポケットが付いたジャケットと、その下に合わせる袖が七分丈なシャツ、かなり丈が短めのズボン、ニーソックス、指先の無い手袋という組み合わせである。色合いが基本的に暗色系なのは彼女らしいと言うべきか。
 彼ならばそれを選ぶと予想していたのか、彼女が驚いた様子は無かった。
「そうね、心機一転、こういう服装にしてみるのも良いわよね」
 そう言って彼女は受け取ろうとするが、ここで終わらせるレオンスではない。
「それと、あとは……」
「は? まだあるの?」
 その手をスルーして何かを探すように視線を巡らせ始めた彼に抗議するアシュレイだが、当の本人は聞こえていないのか聞く耳を持たないのか独り言を止めない。
「そうだな……あれが良いだろうな」
「ちょっと、聞いてないでしょあんた」
 アシュレイの文句は見事なまでに彼の耳には拾われず、彼女は誠に遺憾であると言わんばかりに眉根を寄せた。それはもう、怒りの一歩手前の表情くらいに。
 レオンスは服を手にしたまま目的の場所まで行くと、とある物を持って戻ってきた。
「え、ちょっ――」
 それを目にしたアシュレイが頬を引きつらせるが、気にせずレオンスは元の組み合わせから選んだ幾つかとそれらとコーディネートし直し、棚の上に置き直す。ひくり、という音がアシュレイから聞こえてきた気がした。
 レオンスが持ってきたのは、元々アシュレイが選んでいたシャツの肩部分と左腕の大半を切り落としたようなシャツと、左足はニーソックスで右足はハイソックスという組み合わせの靴下だった。しかもシャツに至っては、胸元が見えそうなデザインである。
 元々のシャツとニーソックスをこれに変えろという事なのかと理解した瞬間、アシュレイは頭が噴火したかのように先程以上に赤くなった。
「心機一転するのなら、色はともかく恰好はこれくらいしてみたらどうだい?」
 どこか勝ち誇ったような声を耳にしながら、アシュレイは怒りと共に自身の身体が小刻みに震える感覚を覚えていた。真面目に選んでくれたのかと思えば、彼が何かしらの発散の為に自身をからかっている事が判ったからでもある。
「あんた、あたしで遊びたい訳?」
「さて、どうだろうな?」
 彼は肩を竦めてはぐらかしたが、答えはイエスなのだと彼女は気付いていた。更なる怒気が湧き上がり、相手の顔面に右ストレートを叩き込んでやりたくなる。
 けれども、それでは負けたも同然だと思った為、アシュレイはその服をすばやく手に取ってレジへと向かった。滲むどころか怒りそのものになっていた顔には軍人として培った営業用の笑みを貼り付け、店員に会計を促す。勘違いしたままの店員に「彼氏さんはプレゼントしてくれないんですねー」などと少し残念そうな顔で言われたので、「そうなんですよ、酷いですよね」と演技派役者顔負けの台詞を返しておいた。背後でレオンスが動揺している気配が伝わってきたので、ざまぁみろと内心でほくそ笑んだ。

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