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二十七章 燃え立つ炎‐zeichen‐(1)

 鉱山の麓ベアグバオに一行が戻ってきた頃には、すっかりと日は高く上がっていた。
「おなか空いてきたなぁ」
「確かに、今朝は誰も食事を取っている暇なんてなかったしな。一度、宿に戻ってから昼食にした方が良いんじゃないか?」
 思い出したように空腹を訴えてくる腹部に手を当てながらターヤが呟くと、レオンスが同意した後に提案する。
 皆もまた胃が同様の訴えを起こしているらしく、反対する者は居なかった。先程までの重いんだか重くないんだか判らない微妙な空気は空腹感には勝てなかったらしく、自然に霧散しつつある。
 宿屋に取っていた二部屋の片方――男性用の部屋に辿り着くと、ここまでに蓄積してきた疲労を思い出したかのように皆はベッドや椅子に腰かけた。
 普段は壁に背を預けるだけのアシュレイもまた、今回ばかりは椅子に腰を下ろしている。
「で、昼食はどうするんだ?」
 すっかりと頭の中が食事のことでいっぱいになっているアクセルは皆を見回す。
 言いだした張本人であるターヤは、うーん、と頭を回し始めた。
「宿の食堂か街の店に行くか、食材を買ってきて自分達で作るか、だよね」
 とは言え、宿屋の部屋にキッチンが備え付けられている訳ではない。
「エマ、ベアグバオに何か美味しい店ってある?」
 話題を振られたエマはそこで我に返ったようにターヤを見るも、すぐに、ふむ、と顎に手を当てて思案し始める。
「そうだな……ベアグバオだと、やはりこの街特有のマードレ・グスティが有名だろうな。だが、今はちょうど昼食時だからな、店はどこも混んでいると考えるべきだろう」
「あ、そっか」
 言われて初めて、基本的に人々は自炊を好むが、確かに昼時は旅人や商人などで、どこの食事処も八割方混んでいるものなのだとターヤは思い出す。途端に、そのような事にも気付けなかった自分が少し恥ずかしくなってきて、エマの少し変な様子の事などすっかりと頭から吹き飛んだ。
 そんな彼女をからかいたくなりつつも、アクセルは最も無難な案を掲げる事にする。
「なら、宿の食堂に行こうぜ。宿泊客なんだし、席が空いたら融通してくれるだろ」
「そうだね」
「その前に」
 スラヴィが彼に賛同したところで、それ以上は遮るようにアシュレイが言葉を挟んでいた。
 それにより皆が彼女に視線を向ければ、当の本人はただ一人だけを見ていた。
「もう少し訊きたい事があったんだけど、答えてくれる?」
 その眼が向けられた先に居たのは他ならぬオーラだった。
 そっとマンスが気になるらしく様子を窺う。
 彼女は問われる事をあらかじめ予期していたのか、驚いた様子も無くアシュレイと真っ向から視線を合わせている。ただし、その顔に笑みは無かった。
「ハーディ・トラヴォルタは、あんたのことはあんたに訊けって言ってたけど?」
 答える気はあるのかと、珍しくアシュレイは普段よりは一歩下がった位置から問うていた。
 意外な展開だったらしく、オーラが数回だけ目を瞬かせる。
「その前に、昼食にしないか?」
 だが、彼女が何かしらの声を紡ぐよりも速く、レオンスが口を挟んでいた。
 これにはアシュレイが思いきり眉を潜め、オーラが呆れたように彼を見て、そして一回だけ息をついた。けれども何も言わないところを見るに、元から問いに答える気は無かったのだろう。
 相変わらずオーラに対しては過保護と言うか過剰なレオンスに他の面々も呆れる。
 予想通りオーラを庇ってきた彼を強く睨み付けたアシュレイだったが、またしても、いつものように言及の手を止めず追撃する事はしなかった。
「なら、あんた、あたしにちょっと付き合いなさい」
 その代わりとばかりに、どこか渋々といった様子で提案を掲げた。
 彼女の様子が通常とは異なる事に意外性を見出していた面々は、この発言を受けて更に驚きを加速させる。

 そしてアクセルに至っては、これでもかとばかりに両目を見開いていた。
「なっ、おまっ……!」
「どうせオーラに自分のことを話させる気は無いんでしょ? だったら、その代わりにあんたの食事は後回しにして、先にあたしの用に付き合ってもらうわよ」
 しかし彼の言葉を遮るかのようにアシュレイは続ける。
 益々アクセルの表情が明らかに崩れていくが、逆にレオンスはそこから彼女の魂胆を読み取っていた。
 つまるところアシュレイは、二人きりという逃げられない状況下にレオンスを追い込み、あわよくばオーラについて何かしら訊き出してやろうという考えなのである。
 ふむ、とレオンスは少しの間思案して、彼女の思惑に乗ってやる事にした。
「解りましたよ、お嬢さん」
 近づいて芝居がかった動作で手を取り、恭しく礼をしてやれば、アクセルが衝撃を受けている様子が視界の端に入った。実は彼をからかってみるのもアシュレイに付き合う事にした理由の一つなのだか、それは秘密である。
 ただしアシュレイは気付いていたようで、益々顔の険を濃くしていたが。
「それで、君の用と言うのは何だい?」
 それが文句や罵詈雑言と化しても困るので即座に話題を提供すると、相手は一瞬だけ憮然とした表情になるも、すぐ小馬鹿にしたような顔になる。
「決まってるでしょ、服を買いに行くのよ」
 何を訊いているのかと言わんばかりに眉根を寄せたアシュレイには、皆が思わず呆気に取られた顔になったのだった。


「……なるほど、こういう事だったのか」
 ベアグバオに連なる店の一角――服飾品を扱う店舗の内部にて、レオンスはようやくアシュレイの意図を理解していた。
 彼女はつい先刻〔軍〕を辞めた為、今着ている軍服を脱ぐ事に決め、その代わりとなる新たな衣装を買いに来た訳である。
「何だと思ってた訳?」
 その隣に立つアシュレイは彼の方は見ずに眼前の服を品定めしながら、声だけを放る。彼女の前には動きやすそうで露出の少ない服が幾つか棚の上に並べられており、本人の趣味と言うか服に求める要素を端的に表していた。
 せっかく素材は良いのだから、もっと可愛らしい服を着れば良いのにとは紳士としての精神から思いつつ、実際に口にすると起こられる事は火を見るよりも明らかなので、そこについては口を出さないレオンスである。
「いや、いきなり話題に服が上がってきたから、すぐに理解できなかっただけさ」
 代わりに、呟きに返された呆れたような問いへの答えを述べる。
 ふぅん、と自分から訊いておいてアシュレイは興味が無さそうだった。再び手元に用意していた幾つかの候補から、これから着る事になる服を選ぶ作業に戻っている。
 再び放置されて手持無沙汰になったレオンスは、何も店内まで自分を付き合わせなくとも良かったのではないかと思ったところで、先程から店の従業員が興味深そうに何度もこちらを窺っている事を思い出した。
(あれは……間違い無く、俺とアシュレイがカップルだと誤解しているな)
 堂々と大きな溜め息をつきたくなった。レオンスは自身が端整な容姿をしているという自覚はあるし、アシュレイが世間一般的には『可愛い』や『美人』という部類に入る事も知っている。しかし、まさかそれだけでカップルに間違われてしまうとは困ったものだ。その事を知るとアシュレイが機嫌を悪くして八つ当たりをしてきそうな上、レオンス自身もどうせ間違われるのならばオーラとの方が良い。
(けど、十代二十代の男女が二人で服を買いに来るという時点で、そう思われても仕方が無いんだろうな)
 ふぅ、と溜め息をつくと隣の少女から睨まれた。
「ちょっと、何溜め息をついてんのよ」

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