top of page

二十七章 燃え立つ炎‐zeichen‐(13)

「はい。その通りですので、ラセターさんはターヤさんとカスタさんの護衛を宜しく御願いします」
「うん、解った」
 こくりと首を縦に振るや、すぐにスラヴィは後方に下がると同時にターヤとマンスをも後退させ、すばやく自分達三人を〈結界〉で取り囲んだ。
 そちらを確認してから、残りの面々は眼前の魔物に意識を戻す。
 トープはそれを待っていたかのように、ようやくのそのそと動き出した。
「律義に待っててくれるなんて優しいのね」
「そういうふうに躾けられているからな」
 言葉とは裏腹にアシュレイの声には皮肉の意が込められており、そこにレオンスは苦笑する。
 しかし、彼女はそちらよりも彼の発言内容の方に意識を奪われた。
「どういう意味?」
「来るぞ!」
 けれどもエマに警告された為、渋々そちらは後回しにせざるをえなかった。その事で理不尽だとは知りながらも相手の魔物を恨みつつ、アシュレイは真っ先に跳び出していく。
 予想通り、高速で跳びかかられた土竜は即座に足元の穴へと引っ込んだ。
 その隙にアクセルは穴の上を飛び越えて向こう側へと渡り、土竜の気配を追った。
「あー……くそ、土の中だといつもより判りにくいな」
「だが、完全に消えている訳ではない」
 土中だと普段よりも相手の気配を読みにくくなるようで悪態をついたアクセルには、エマの指摘が入る。
「解ってる――よ!」
 少々の苛立ちを抱えたまま言い返しながら、アクセルは手にしていた大剣をすぐさま足元に突き刺した。
 だが、悲鳴が上がる事は無かった。
「ちっ、流石に地面の中では速ぇみてぇだな」
 そう言いながら彼は僅かな気配を追って更に奥へと進もうとし、
「うおっ!?」
 突如として素っ頓狂な声を上げてずっこけた。
「アクセル!?」
 驚いたターヤは思わず集中を切らしてしまい、ちょうど彼にかけようとして組んでいた支援魔術は消滅してしまった。あ、と気付いた時には遅く、激しい自己嫌悪に襲われた。
 マンスもまた同様の行動を取ってしまったようで、恨みがましくアクセルを睨んでいる。
「ったく、何でここにも穴があるんだよ!」
 そんな後衛組に気付いていないアクセルは、怒気も顕わに不覚にも片足を突っ込んでしまう事となっていた穴から抜け出す。そして、その中から繋がる地中の通路を通っているであろう土竜の魔物へと怒りをぶつけた。
 アシュレイとエマは彼に対して呆れていたが、レオンスはと言えば笑いを堪えていた。
「気を付けろよ。この辺りには、至る所にトープが今まで作ってきた穴があるからな」
「そういう事はもっと早く言えよ!」
 尤もな言葉を彼に叩き付けてから、アクセルは再度舌打ちする。
「しっかし穴はたくさんあって、しかもどこから出てくるのかは解らねぇって事かよ。最初は簡単かと思ったけど、意外と手こずらされそうだな」
「これくらいじゃないと『門番』は務まらないからな」
 そうは言いつつも、レオンスはそこまで難しくは考えていないようだった。
 二人の会話を聞いたターヤは、まるで土竜叩きのようだと無意識のうちに思い、すぐ我に返る。はて『土竜叩き』とは何だったであろうかと考えて、比較的早く、それが自身の世界のゲームの一種である事を思い出した。

「エスコフィエはコツでも知ってるの?」
 レオンスの様子に気付いたスラヴィがすかさず問えば、彼は曖昧に頷く。
「コツと言うよりは行動パターンだな。生き物というのは何かしらの癖を持っているものだから、それさえ知ってしまえば難易度は下がるよ。多分、次はそこの穴から出てくるだろうな」
 そう言ってレオンスがアシュレイの背後の穴を指で示した直後、そこから片腕が飛び出した。
「!」
 即座に彼女は跳び退ったのでその爪が当たる事は無かったが、確かにレオンスの言う通りであった。
「よく知っているのだな」
「こいつの事は知っているからな――次は多分そこだと思うよ」
 エマの言葉に応えながら次に示されたのは、アクセルの斜め後ろだった。
 好機とばかりに彼は振り向きながら大剣を振るうが、寸前で察知したらしき土竜は俊敏な動きで土中に引っ込んでしまったので、その攻撃が当たる事は無かった。
 これは厄介だと言わんばかりにエマが僅かに眉を顰める。
「せめて、一瞬でも動きを止められれば――」
「――『我が喚び声に応えよ』!」
 と、ちょうど良いタイミングでマンスの詠唱が完成した。
「〈土精霊〉!」
 少年が気合いを入れて叫んだ瞬間、地面が震えた。
 次いで通路ごと地面が揺れたかと思いきや、ある穴から悲鳴と共に土竜が飛び出してきた。
「出た!」
 反射的にターヤが叫ぶと同時、アクセルが大剣の刃を横にして頭上へと振りかぶり、そしてそのまま土竜の頭上へと叩き付けた。ごんっ、という鈍い音と共に土竜が悲鳴を上げ、そのまま地面に落ちる。下半身は穴の中に入っていたが、その目はすっかりと回っていた。
 実に、呆気無い幕引きであった。
 ターヤがまさに土竜叩きだなどと思ってしまったのは言うまでもない。
「意外と呆気ねぇな」
 間の抜けたような顔でトープを見下ろしながら、アクセルは大剣を鞘に納める。
 彼と同じく勝負は着いたと見た面々も、武器を仕舞い警戒体勢を解く。相変わらず戦闘に参加する気の無かったオーラだけはそのままであったが。
 意識が正常に戻ってきたトープの傍に近寄ると、レオンスは膝を付いて声をかけた。
「もう良いのか?」
 そう問えば土竜はこくりと頷き、そして穴の中へと潜る。すぐに地響きのような音が聞こえ始めるが、それは最初とは反対に徐々に小さくなっていき、最後は聞こえなくなった。
 それからレオンスは立ち上がって皆を振り返る。
「トープは俺達を認めてくれたらしい。良かったな」
「それって寧ろ、あんたが言われるべき言葉なんじゃないの? この先に行きたかったのはあんたなんだから」
「それもそうだな」
 何を言うのかとばかりに眉を潜めたアシュレイに同意してから、レオンスは全員を見回した。
「それじゃ行こうか。トープの審判も越えたから、そこの分かれ道を左に行けば、すぐそこだよ」
「そうだと良いけどな」
 わざとアクセルが若干刺のある声で先程の事を掘り起こしてみれば、青年は無言で肩を竦めてみせただけだった。
 そうして進行を再開した一行は、分かれ道を左折して少し行ったところで、レオンスの言った通りすぐに出口らしき光を前方に見つけた。
 どこか鼻が高そうにレオンスがアクセルに視線を寄越す。
「ほら、今度は間違いなかっただろ?」
「だな」
 参りましたと言わんばかりにアクセルは降参のポーズをとってみせた。

ページ下部
bottom of page