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二十七章 燃え立つ炎‐zeichen‐(12)

 やっぱりオーラの方が上手なんだなぁ、とターヤはその光景をのんびりと見ていた。
(そう言えば、最近アクセルとエマは、こんな感じのお約束みたいな漫才っぽいやり取りはしてないよなぁ)
 まるでその役目がアシュレイとオーラに受け継がれたようだ、と彼女の思考はどこまでも呑気な方向に回っていた。
「ねえ」
 と、そこでスラヴィがアシュレイへと声を放る。
 話しかけられた方である彼女は、それを好機とばかりに彼へと首ごと視線を移した。
 オーラが残念そうに頬に手を当ててみせたが、それがポーズである事に皆は気付いていた。
「何よ?」
「サービスって、具体的には何の?」
 だが、こちらでもまたアシュレイにとっての爆弾が投下される。
 案の定、彼女は硬直していた。
「何で、スタントンはトリフォノフにサービスをする必要があったの?」
 しかし相手の様子になど構わず、ぐいぐいとスラヴィは足を踏み入れていこうとする。先程と言い今と言い、結構お茶目なところのある彼の事なので、わざとではないのかと外野になった面々は推測していた。
「ねえ、何で?」
 本人の口から答えを聞くまで止める気は無いらしく、スラヴィは追及の手を止めない。
 意地でも答えたくはないアシュレイだったが、あまりにも相手がしつこいので思わず口を滑らしてしまう。
「そっ、それは……」
 言葉を紡いでしまってから慌てて口を紡ぐが、それにより益々話さざるをえなくなってしまったようにアシュレイは感じた。人は途中で話を止められると、寧ろ気になってしまう生き物だからだ。
 予想通り、スラヴィはずいと一歩分精神的な距離を詰める。
「それは?」
 思わず視線を逸らすが、その先で彼と同様に気になっているらしきターヤとマンスの期待に満ちた、無邪気な子どもそのものな顔を見てしまった。
 ついでに言えば、当の本人の表情をも。それが決定打だった。
「……鉱山で、あたしの心の拠り所になってくれるって、言ってくれて……嬉しかったから」
 観念して躊躇いがちに口にすれば、途端に激しい羞恥に襲われた。自分では見えずとも、両方とも頬が急速に真っ赤になっていくのが解る。自分以外は愚か、当の本人の顔など見れる気がしなかった。同時に全速力でこの場から逃げ出すか、全員を昏倒させて無かった事にするかしたかった。
 ところが、いつまで経ってもスラヴィからは何の反応も無い。流石に気になって恐る恐る視線を動かしてみれば、彼は無表情ではなく何とも言えなさそうな顔をしていた。
「何か、むず痒くなってきた」
「……だったら最初から訊いてんじゃないわよ!」
 その直後、アシュレイがわなわなと全身を震わせ始めたのは言うまでもない。握り締めた拳は首の辺りまで持ち上げられており、今にもスラヴィに殴りかかれそうな体勢だった。
 慌てて皆は彼女を止めにかかる。
「お、落ち着いて、アシュレイ!」
「スラヴィはあのような性格だからな、からかわれているのだと思って、大人の対応を取った方が良いだろう」
 ターヤとエマが彼女を宥め、マンスとアクセルはスラヴィに苦言を呈す。
「スラヴィのおにーちゃん、やりすぎだよ」
「本当に、おまえって良い性格をしてるよな。……まぁ、今回だけは礼を言った方が良いのかもしれねぇけど」
 だがしかしアクセルが余計な一言を付け加えてしまった為、聴覚の良いアシュレイはそれを耳で拾うと同時、再び怒りにその身を震わせた。

 すると、今度は非難の対象がアクセルに置き換わる。
「アクセルのばか!」
「赤のどあほ!」
「貴様という奴は……!」
「そ、そのくらい別に良いだろうが! せっかくアシュレイが俺にデレたんだぞ!?」
「黙れ! あんなこっ恥ずかしい台詞二度と言うもんか!」
 わーぎゃーと声を荒らげる面々を、巻き込まれるのを防ぐべく外野に徹するレオンスとオーラ、そして事の張本人であるスラヴィは面白そうに眺めていた。
 しばらくして、大声を出しすぎたせいで疲れた五人は、ぜーはーと肩で息をしながら自然と口論に終止符を打っていた。
「つ、疲れたぁ」
「のど痛い……」
「叫びすぎたか」
「何でこんな事なってんだよ」
「あんたのせいでしょうが」
「そろそろ良いかい?」
 そこにもう良いだろうと見たレオンスが声をかければ、五人はばつが悪そうな顔になる。
 実際はスラヴィが元凶なのにと彼を恨めしく睨み付けてから、アシュレイは普段通りに努めようとしながら頷いた。
「え、ええ、良いわよ」
「それなら先に進もうか。もうそろそろだとは思うんだけどな」
 そう言うとレオンスは再び歩き出す。
 彼の後に続きながら、その言葉により若干この道に厭きかけていたターヤとアクセル、そしてマンスの気分は上昇しかける。
「おっ、って事は、そろそろ目的地とやらに着くのか?」
「いや、そろそろ門番と遭遇するんじゃないかと思ったんだ」
 は? と皆の眉が訝しげに寄せられた時だった。
 すばやくアシュレイが戦闘における構えを取ったかと思えば、一秒程遅れて、レオンスとオーラを除いた気配の読める面々も同様の体勢になっていた。
 それにより何か来るのかとターヤもまた身構えれば、前方から揺れと共に音が聞こえてきた。それは次第に大きく強くなっていき、途中からは四足歩行の巨体がゆっくりとこちらに向かってきているようなイメージを彼女に抱かせる。
 マンスが不安そうにレオンスを見上げた。
「おにーちゃん、これって……?」
「ああ、マンスは知らないのか」
 その物言いには誰もが違和感を覚えたが、そこについて尋ねている暇は無かった。
「こっちに向かっているのは、この秘密の抜け道に配置された門番だよ」
 いやそれは解るからと誰かがツッコミを入れるよりも早く、突然地響きが止まった。
 現状を予期した全員が黙り、前衛組と中衛組は近くに居る者と互いに目配せし合う。そして武器に手をかけ、オーラへと視線を送った。
 彼女は首肯し、燃え盛る火球の浮かび上がる右手をそっと今までよりも高めに持ち上げ、その勢いを強める。
 すると周囲が一気に明るくなり、前方の様子が先程までよりもよく見えるようになった。
「「!」」
 一行から数十メートル離れた場所に居たのは、一体の魔物だった。地面に開いた穴から上半身を覗かせている相手の前足は短く、ずんぐりとした巨体の割には大きめで、そこには鋭い爪がついている。
 想像していた姿とは違った事にターヤは驚くが、地面の下を潜ってきたとしても確かに地響きはするだろうとすぐに納得した。
「土竜の魔物《トープ》ですね」
 その言葉で皆は嫌な予感を覚え、アクセルが代表するかのように問う。
「って事は、地面に潜るって事だよな?」

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