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二十七章 燃え立つ炎‐zeichen‐(11)

「しかし、採掘所と鉱山から行く事ができ、尚且つ山脈の中を通るという事は、採掘所と鉱山の深部が繋っているという事と何か関係があるのだろうか」
 これまでの情報から思考を巡らせたエマだったが、その呟きにはレオンスが感嘆したような表情になる。
「流石はエマニュエルだな、正解だよ。その二つのダンジョンを繋ぐ通路は[秘密の抜け道]と呼ばれているんだが、俺はそこを通りたいんだ」
 何を思ったのか、それまでは殆ど情報を明かさなかったレオンスだが、補足するように情報を一つだけ皆に提示してみせた。けれどもその言い方からして、そこが目的地という訳ではないらしい。
 ふむ、とアクセルは相棒を真似して顎に手を当ててみた。
「けど、そこと採掘所と鉱山は目的地じゃねぇんだよな。となると、違う場所とも繋がってるんだな、その秘密の抜け道って奴は」
「これ以上は着いてからのお楽しみだな。その為にも、まずは鉱山に行こうか」
 暗にそれ以上の情報を与える気は無いのだと告げて、レオンスは先陣を切って元来た道を戻り始めた。
 アシュレイは何か言いたそうにしていたが、仕方が無いと言わんばかりに彼についていく。
 皆もまたその後に続いたが、その中でマンスは一人、レオンスが口にした地名に聞き覚えがあるような気がしていた。秘密の抜け道、という言葉を聞いた事があるような気がするのだが、それがいつどこでなのかは全く思い出せなかった。
 そうこうしているうちに一行は坑道の出入り口まで辿り着き、そこを抜けて鉱山へと足を踏み入れる。そのまま深部まで行くのは今朝と同じだったが、その最奥の壁の向こうには《侵蝕の影》イーホジオンに破壊された事で隠された道が見えていた。
 最終確認をするようにスラヴィがレオンスを見る。
「ここを行くんだ?」
「ああ、ここを通れば目的地に行ける筈なんだ」
 曖昧な物言いにはアシュレイが呆れたように眉根を寄せた。
「筈なんだ、って適当すぎじゃないの?」
「俺もこっちの道は通った事が無いからな。だから確信を持っては言えないんだよ」
 追及を避けるように、レオンスはその通路へと足を踏み入れていく。
 徐々に蓄積している不満を払拭できていないアシュレイは、変わらぬ憮然とした表情のまま彼の後を追う。自分はようやく信頼するようになったのだから、そちらこそ信頼してみせろとは思っているのだが、口に出すのは恥ずかしいので心中で靄にしている状態だった。
 そしてマンスは今度もまた一人、皆とは異なる感覚になっていた。
(ここ、前に見た事があるような……)
 どうしてか、その通路――秘密の抜け道に既視感を覚えていたのだ。


「……何で、俺はさっき躊躇ったんすかね」
 特に目的も行く当ても無くふらふらと適当に歩きながら、《精霊使い》は独り言を零す。その脳内では、先程の出来事が何度も何度も回っていた。
「何で、俺は目的を果たそうと思わなかったんすかね」
 彼は〔ウロボロス連合〕の《精霊使い》であり、逃げた人工精霊を捕える事が今現在の最も重要な目的である。とは言え、その目的は今のところ全くもって達成される気配が無いのだが。
「別に、目的がなかなか達成されそうにないからって訳じゃないんすよ」
 言い訳のように言葉がぽろぽろと口から滑り落ちる。
「ただ、どうしてか今までみたいに動けないんすよね」
 先程男性が《鋼精霊》を発見したのは偶然だった。確かに彼はかの人工精霊を探してはいたが、ちょうどその時間帯は休暇のようなものだったのである。だから見つけた時はたいそう驚き、普段のように策を用意する訳でも近付く訳でもなく、ただ呆然と立ち尽くしてしまった。
 そんな彼に《鋼精霊》の方が気付き、怨恨もあってか逃げずに対峙してきた。
 少しもこれまでのような意欲が湧かず、どうしたものかと《精霊使い》が内心困っていたところ、そこに四精霊を従えた少年とその仲間達が現われた為、どちらにしても良くない状況だと踏んだ彼はひとまず退散する事にしたのである。

 しかし普段ならば、このような敵前逃亡にも等しい行為など彼は殆どする事が無かった。あるいは、したとしても後で自分をひどく恥じただろう。特に相手が、精霊と契約した召喚士系《職業》の者ともなれば。
「やっぱり、あの日から俺は変になってるんすね」
 あの日、とはマンスが彼らの目の前で四精霊を召喚してみせた日の事を指すが、《精霊使い》はその事にはあまり触れたくはなかったので曖昧な表現を選ぶ。
「……一度、本拠地に戻った方が良いっすかね」
 どうしてか、彼は無性に《鉱精霊》の前で話をしたくなった。


 鉱山の深部から伸びている通路こと秘密の抜け道は、当然の事ながら人の手が入っていないのでとても暗かった。
 故に一行は〈ハマの灯〉や魔術などで光源を作り、それで前方や周囲を照らしながら歩いていた。しかし、どこまで行っても同じような光景しか見られないので、どのくらい歩いたのかも判らない。
「ねぇ、レオン」
 そんな中、ふと疑問を覚えたターヤは先頭のレオンスへと声をかける。
 彼は振り返る事はしなかったが、応答はしてくれる。
「何だい?」
「ここは秘密の抜け道って言うそうだけど、抜け道って事は、偶にでも誰かが使ってるって事だよね? レオンはここの事を知ってたし、もしかして、この先にレオンの実家でもあるの?」
 ターヤとしては気になった点をそのまま口にしてみただけだったのが、どうやら良い感じのところを突いていたようで、振り向いてきたレオンスが虚を突かれたような表情になっていた。しかしそれも一瞬の事で、彼はすぐに顔を元に戻した。
「まあ、一応はそんなところだな」
 今度は逆にターヤの方が驚愕する。ふと思い浮かんだ適当な憶測だったのだが、当たらずとも遠からずといったところだったとは思いもしなかった。
 皆もまた同様の反応を取っており、マンスに至っては目を丸くしている。
「エスコフィエさん」
 そこでオーラが口を開いた。
 レオンスは、やはり振り返らなかった。
「宜しいのですか?」
 意味深な問いかけだった。彼に関わる何かを、彼が今まさに行こうとしている場所に関わる何かを彼女が知っているという事が、そこからは窺えた。
 前を向いたまま青年は首肯する。
「ああ、俺はもう決めたからな」
「そうですか。それならば、私はもう何も言えません」
「悪いな、オーラ」
 苦笑したような声が返されるが、オーラはもう何も言わなかった。
「ちょっと、何二人の世界を作ってんのよ」
 呆れ半分、揶揄半分といった様子でアシュレイが発現する。
 途端にオーラがぐるんと即座に首を回して彼女を見た。それからすぐ顔に普段通りの笑みを貼り付けて微笑む。ただし、そこには含みがあった。
 最初の動作が正直なところホラーのようだとターヤは密かに思ってしまったが、本人には絶対に内緒である。
「あら、そう仰るスタントンさんこそ、先程はトリフォノフさんと非常に宜しい雰囲気を形成されていたように思われますが?」
「んなっ……!」
 見事なまでの切り返しには、アシュレイの方がうろたえ始める。
「ちっ、違うわよ! あれは、あくまでサービスであって! 別に、そんな訳じゃ――」
「そう思えてしまっている時点で、既に充分トリフォノフさんに心を許しているように思えますけど?」
「うぐっ……」
 図星だったようでアシュレイが言葉に詰まる。

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